4 婚約者へ電話

 家へ帰って、私は部屋で、前に調べておいた電話番号に電話した。


「もしもし、虹川さんのお宅でしょうか? 私は美苑大学付属高等部の志野谷依子と申しますが……」


 婚約者の家へ電話をかけ、電話に出た家政婦の人に取り次ぎをお願いした。

 しばらく待っていると、婚約者に繋がったようだ。


「もしもし、初めまして。虹川月乃さんでしょうか。私は志野谷依子と申します」

『初めまして、虹川月乃です。志野谷さん、でしょうか……。何のご用事ですか?』

「はい。私、美苑大学付属高等部の一年A組です。虹川さんが婚約しているという、瀬戸征士くんのクラスメイトです」

『それは瀬戸くんがお世話になっています』


 案外冷静な声。冷静さを崩してやろう。


「実は……。虹川さんには申し訳ないのですが、私と瀬戸くん、仲良くしていて……好き合っているんです」


 言ってやった! 嘘はついていない。瀬戸くんは、クラスメイトとして私が好きだと、素直なところが好きだと言っていた。


『そ、うなんですか……?』


 動揺している。きっと、あの写真も見たに違いない。もうひと押しだ。


「はい。瀬戸くんは私のことが好きだけど、婚約も自分の一存では解消出来ないって悩んでいます。しがらみの多い婚約だって……。虹川さん、どうか彼を自由にしてあげてください」


 考えた台詞を口にする。瀬戸くんに関して、私の想像してみた内容を話してみた。婚約者はしばらく黙り込んだ。

 少し間をおいてから、やや震えた声が聞こえた。


『……わかりました、志野谷さん。そんなにお互い好き合っているならば、私の入る余地なんてないですね。婚約は、解消します』

「……!」


 あまりにもあっさり言われ、却ってびっくりしてしまった。しかし思惑通りだ。強引な企業グループと、年上の魔手から、私が瀬戸くんを守り抜いた。嬉しい。


「ありがとうございます。私達、幸せになりますね」

『はい、お幸せに……。では私は、婚約解消の手続きをするので、これで……』

「はい。失礼いたしました」


 電話を切った。

 やりきった。私の勝利だ。これで、瀬戸くんは私と付き合ってくれる。

 早速週明け、告白してみよう。


 ♦ ♦ ♦


 月曜日になった。私は登校してきた瀬戸くんに、元気に挨拶をした。


「おはよう、瀬戸くん!」

「…………」


 彼は挨拶を返さず、無言で青褪めていた。硬い表情。珍しい。


「瀬戸くん、あのね。話したいことが……」


 告白をしようと、話しかけ続ける。しかし瀬戸くんは私の話の途中で、自分の席に行ってしまった。

 椅子に腰掛けると、両手で端整な顔を覆い、下を向いた。


「瀬戸、おはよう。……どうかしたのか?」


 瀬戸くんの仲良しの深見くんが、瀬戸くんの顔を覗き込んだ。


「…………」

「おい、どうしたんだ。顔色が普通じゃないぞ。具合悪いのか?」


 瀬戸くんはちょっと沈黙した後、掠れ声を出した。


「……具合が、悪いわけじゃない」

「じゃあ、どうしたっていうんだよ。お前、本当に普通じゃないぞ」


 深見くんの問いかけに、瀬戸くんは心底辛そうに言った。


「……月乃さんに、婚約、解消された……」

「ええっ!?」


 深見くんは、教室中に響き渡るような声を上げた。

 やっぱり婚約解消したんだ。私の考え通りに、事が運んだんだ。


「婚約解消って……。何でまた、突然。理由は?」

「全然わからない……。電話も出てくれない。メールも返ってこない。家へ行っても、会っても、くれない……」

「そんな、まさか……あの、人のいい、虹川先輩が……」


 瀬戸くんは、更に深く俯いた。長い指の間から見える顔色が尋常でない。

 私は席に近づいてみた。


「婚約解消したんだって? これで、誰とでも付き合えるじゃん」


 そう私が言うと、ちらりと瀬戸くんはこちらを見た。


「……お前に、何が、わかるって言うんだ……!」


 ひどく低い声で、呻くように言われた。

 何がわかるって……私は瀬戸くんの為に、強引な企業グループへの婿入りを阻止してあげたんじゃない。感謝されて、良くない?


「瀬戸くん、あのね……」

「……しばらく、僕に、話しかけないでくれ……」

「…………」


 青褪めた顔でそう言われると、それ以上話しかけられない。仕方なく私は自分の席へ行った。


「志野谷さん……」


 隣の席の山井さんが、不安そうな顔で名前を呼んでくる。

 私はどうしたらいいのか、わからなくなってきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る