第一章 船を導く黄金の鳥②
皿洗いを終えたオレは、姐さんの後をついて二階に上がった。窓辺では、二羽の
「オルフェー、ちょっといい?」
「はい、なんですか」
部屋からは、あの少しかすれた中性的な声が返ってくる。
「旅の人が、あんたの話を聞きたいんだって。星都にも何度か行ったことがある人なんだけれど──」
「! 今出ます!」
『星都に行ったことがある』と聞こえた
亜麻色の巻き毛を揺らしながら、
──ぐぉっ
あまりの美しさに一瞬息が止まりかけたが、どうにか気合で
「どうも初めまして、シモンだ。さっきの演奏すごかったぜ」
「ありがとう! 僕はオルフェ。よろしくね、シモン!」
「お、おう。
「ごめんよ、
「んにゃ、全然」
「よかったあ……! あ、そうだ。旅の話をするんだよね? 僕、旅を始めたばかりだから、まだまだ知らない事いっぱいで。シモンの話がたくさん聞きたいんだ」
「おう、旅の
そんなオルフェとのやり取りを聞いていた姐さんが、後ろからオレに声を掛けた。
「じゃあ、あたしは晩の営業の仕込みしてるから。何かあったら呼んで
「あいよー。あんがとなー」
「はい、ありがとうございました! さあ、シモン。入って」
姐さんが階段を降りて行ったのを
「……なあオルフェ。話する前にちょっといいか?」
「どうしたんだい? シモン」
部屋に入って早々、オレはツッコミを入れざるを得なかった。
「アレ、
部屋はシンプルな一人部屋だ。ベッドと
そのサイドチェストの上に、昼の演奏のおひねりがたっぷり
「気になるかい?」
「不用心過ぎるだろ。オレが
「え?」
「えっ、て……」
あまりにも警戒心のない反応に、身構えてきたのが
「いいか。旅をするなら金の管理はしっかりしろ。金がなきゃ旅の
──まあオレは全部前の街に忘れてきたけど。
「それに大金を持ってるって知られたら、
オルフェはオレの話に至って
「スリかあ……だから街を歩いた後、よく
「もう
「うん、わかったよ!」
大変元気で真っすぐな返事をしたオルフェは、すぐに抽斗の金をまとめ始める。
──何つーか……調子外されるわあ……。
この男、とにかく
「この街に来る前は
「あ、え、えーっと……」
どういった経路でこの街に来たのか、と旅人として
「に、西側の港がある街だよ! 朝市に行ったら貝を生で
「お、おう」
──いや
呆れるほど
「西側の港街って言ったら、アレだろ? 『
一か月前に天変地異に
「……『
『
どこまでも澄み切った緑青の
──さーて、どう返すか。
ここで変に
オレは
「ほら、一月前に天変地異があったって聞いたからよ。何か知ってるなら聞いておきたくてな。折角そっちから来た
そう答えると、オルフェはオレが訪ねてきた
「うーん、ゴメン。僕も
──うん、やっぱコイツなんか知ってんな。
『
何か知っている可能性がある以上、
「そりゃあまた、大変だったなあ。船ってことは、ひょっとしてソフィア教国に来たのは初めてだったりするのか?」
オレは同情を
「うん、そうなんだ。だから僕、教国のこと全然知らなくって」
そう言ってオルフェはオレの方に
「シモンは、星都サン=エッラに行ったことがあるんだよね?」
「おう。酒場の姐さんに聞いたけど、お袋さんの故郷なんだって?」
オルフェは頷くと、荷物の奥から赤い布で包まれた『何か』を取り出す。
「母さんが
どうやら母親のものらしい
「僕を産んでから亡くなるまで、ずっと星都に帰れなくて。いつか、
それに、とオルフェは顔を
「色々あって住んでいた所に居られなくなって、父さんも……いなくなってしまったから。正直、
「いや、こっちこそ悪かったな……星都に行くのは、お袋さんを
赤い布で
──これが演技だったら大したもんだが……。
オレはオルフェについて分かった事を整理しながら、どうすべきかを考える。
まず悪魔の力が
ただ、今の
そして星都に行く目的は母親を弔うため。これは多分……嘘を言っていない。星都に向かうだけならば、ここまで
ただ
オレは少し考えてから、こう切り出した。
「なら、オレと一緒に星都に行かないか?」
オレの提案に「え?」と顔を上げたオルフェに、オレは人好きのする
「教国に来たのが初めてなら、星都への道も分からねえだろ? オレも丁度星都に用事があるし、ついでに道案内できるぜ」
「え、えーと……申し出は、ありがたいんだけど……」
「それに、星都には知り合いが何人かいるんだ。お前の住む場所探すくらいなら手伝ってもらえるよ」
「ん、んー……」
「お袋さんのご家族、探したくねえか?」
その言葉に、オルフェの緑青の瞳が大きく
「母さんの、家族……」
「ああ。例えば、お袋さんの父親や母親──お前にとっての
「僕の、家族……」
疑いながらも、ほんのわずかに期待が籠った声で
「こう見えて、オレは色んな所に顔が
どうする? と投げかけてみれば、オルフェはややあってこう言った。
「シモン。君の提案はとても
「別に。しいて言うなら一人旅に
想定外の返答にキョトンとした顔のオルフェをそのままに、オレは立ち上がって部屋のドアに向かった。
「なあ、夕方は何刻に
「え、えっと。
「じゃあ、そん時にまた来るよ。もし断っても、星都までの道くらいは教えるさ」
そうしてオレはヒラリと手を
窓辺に居た
● ● ●
オルフェとの話を終えた後、オレは一度教会に
酒場は
「いらっしゃい。あら、また来たのアンタ」
「
「ま、調子良いこと言って。どうせオルフェ目当てでしょ」
酒場の
「よお。
「あ、おっちゃん」
武器店のおっちゃんは姐さんにオレと同じものを注文すると、こっそりとオレに
「それで、どうだったよ。例の
「どうもなにも。ハチャメチャに顔が良いだけの世間知らずな兄ちゃんだよ」
そう伝えると、おっちゃんは
「そうかそうか。本職の兄ちゃんが言うなら間違いねえな。いや何、女一人で店切り盛りしてる所に若い男が転がり込んだなんて聞いたら、心配でよお……」
言いながら、料理をしている姐さんをチラリと
──そんなに心配なら、さっさと口説いちまえばいいのに。人生、好きに生きた
なんて考えていると、
陽光に
「こんばんは、
昼間と同様、酒場の中央で
「実は、旅の方に星都まで案内していただけることになりまして。急な話になりますが、明日、この街を
その宣言に、酒場中が大きくどよめいた。客たちが顔を見合わせながらオルフェの出立を
──いよっし! 口説いたった!
オレだけに向けられた視線、オレだけに意味が分かる笑み。
「おい、兄ちゃん。アンタまさか……」
「
「お、俺は別に……」
まごつくおっちゃんを
「僕もこの街に別れを告げるのはとても
口上を終えて一礼したオルフェに、オレと客たちは温かな
演奏と同時にオレの首の裏に痛みが走り、酒場の景色は一転して夜の
「♪
高らかな
悪魔に
オルフェの指が
「♪暗くうねる海原 空には星もなく 幼き兄妹は ただふたり船の上 悪魔の影に
暴風と
「♪『兄さん
──? なんだ? この嫌な感じ……。
澄んだ高音と
「♪
オルフェの演奏とオレの危機感が最高潮に達した
客たちが突然のことに
黄土色の毛皮を
聖典に
「い、いやああああああ!!」
店主の姐さんの声を皮切りに、客たちが
「おっちゃん! 街の連中、全員教会まで
「わかった、お前さんは!?」
「決まってんだろ、仕事すんだよ」
背負っていたボウガンを構えれば、おっちゃんは何も言わずに
「【
オレは逃げる客を
「……ようやく見つけたぞ、『
「
見ればライオン頭とヤギ頭が、自分の下に居る『
──あ? 誰と話して……。
そこまで考えて、ふと気づく。
キマイラが降って来た酒場のど真ん中に、ついさっきまで誰が居たか。
「う、るさい……僕は、島には、
キマイラの視線の先。
──額から、悪魔と同じ
「お前の意思など関係ない。その
そう言ってキマイラが鋭い鉤爪の生えた前脚を
「グオッ!?」
「ギャアオ!?」
連射機能付きのボウガンから
「よお! イイ尻してんな
カウンターを乗り越え、大量の矢羽を生やすキマイラの後ろに回り込んで、マガジンに込められた矢を全て打ち込む。
「おのれ、何者──」
二つの頭の内、振り向いたライオンの頭の鼻っ柱に星水が入った
オレはボウガンを捨てて、背中の
「シャアアア!」
「うお危ねっ!」
尾から生えた緑の蛇が、
「ハッ、上等!」
【身体強化】で上がった
キマイラは悲鳴を上げながらも
「
オレは即座に
「シモン、君、一体……」
「口より先に足動かせペチャンコになんぞっ、
入り口まであと半歩の所で、首の後ろに
「こ、の、人間
オレは両腕でオルフェを
「カハッ……っ
いくら【身体強化】をしていても、限度ってもんがある。悪魔の
──絶体絶命、って
「おい、オルフェ。生きてるか?」
「シモ、ン……?」
乱れてもなお
服越しに伝わる体温以上に、オレの身体が内側から熱くなった。
「おう……ちょっと、動けるなら
「……何で助けてくれたの?」
「いいから、さっさと逃げろってんだよ」
「ちょっと待って。今、治すから」
オルフェは身を起こして、オレの頭越しに腕を伸ばす。破けた服の
「母さん、お願い。力を貸して」
オルフェがそう唱えると、
「
うん、と頷いたオルフェが続ける。
「母さん、星都じゃ『
話している間にも、オルフェの傷はオレ同様に
【身体強化】【武器強化】などの秘跡は、教会で
それこそ──オレが赤ん
「おのれぇ……
バキリ、と瓦礫を
オレは立ち上がってオルフェの前に立ち、キマイラの
「ようチビちゃん、フラッフラだなあ。
「傷が癒えた程度で調子に乗るなよ
オレの後ろで、ヒュ、とオルフェが息を
半魔。悪魔と人間の間に生まれた種族。七星教内では『
星水をかぶって
「そうとも、その男は
土で
「どうだ、
ニタニタと笑う双頭の
「どうして、そこまでコイツを
「「
キマイラの双頭が、興奮を
「我らが
「そして
「其奴は『箱舟』を動かすための
「其奴を渡しさえすれば、我らは地上を
「人間の平和! 悪魔なき世界! 貴様ら
「「さあ、
「──うるっせえんだよバ────カ!!!!!!」
オルフェを寄越せと絶え間なく
「ったく、ニャーニャーメーメー
ペッ、と地面に血混じりの
「いいかよく聞け。
右手の
「聖典も読めねえチビちゃんに教えてやるよ。序文に
左手の親指で背中
「お前らの
真っ白な母親の
涙は女の武器なんて言うが、
「……ねえ、シモン。僕ね、何にもないんだ」
ポツリ、とオルフェが消え入りそうなか細い声で
「母さんも死んで、家も燃えて、父さんが戦ってるのに、僕は逃げることしか出来なくて……僕、ぼく」
「もう、独りはいやだよ」
オレは跪き、オルフェの瞳を真っすぐ
「約束するぜ、オルフェ。オレはお前を独りにしねえ、泣かせねえ、そして──悪魔なんぞに渡しやしねえ!」
そう宣言すると、オレの背後で二頭の獣が
「下らぬ? 我らの悲願が下らぬだと!?」
「半魔の涙に
「ヤッベ、
「
涙をぬぐって立ち上がったオルフェが、
「【
古代語による魔術の
「【来たれ我が手に】【
光が
それだけじゃない。
「ア゛ア゛ア゛!」
「やめよ! その音をやめよお!」
キマイラが聖琴の音色を聴いた瞬間、身をよじって苦しみ出した。よく見れば、オレが全身に付けた矢傷と、切断した
「えっぐ。加護のダメージ
「うん。でも、
「よっしゃ任せろ。専門分野だ」
オレはニッと笑うと、
「【
【身体強化】と【武器強化】を
「おのれ、おのれえええ!」
「悲願を前に、
もだえ苦しみながらもキマイラは
「逃がすわきゃねえだろ、死に
オレは
キマイラはそれに構わずに高度を上げ、ロープを
オレは強化した
「来るな、来るなあ!」
「
キマイラはオレを振り落とそうと、速度を上げて
「♪
聖歌だ。『船を導く黄金の鳥』。酒場での続きが、オルフェと聖琴によって
「♪兄の
見上げれば、いつの間にか空が真っ黒な雷雲に
「♪
不意に、オレのすぐ横に鳥の羽が
「♪『いいえ 兄さん 私はそこに居ないわ その手を
澄んだ歌声と共に黄金の鳥が海の上から舞い
「クソ、
「おのれ、離れよお!」
「やかましい! 二
ロープの
「は、
ライオンの
「っガ、ア……っ!」
聖琴で増幅された【身体強化】の効果で
──くそ、もう少しで……!
「シモン!!」
海に落ちるオレの身体を
聖琴の調べが【
「助かった。ありがとよ、オルフェ」
オルフェは聖琴を奏でながら、
「♪『悪魔よ 僕はもう迷わない この手が選ぶのは お前の
オルフェの歌に悲鳴を上げるキマイラの翼に向けて、腰の後ろに差していた
「オルフェ! 上に飛ばせ!」
オレの指示に、オルフェが黄金の鳥をキマイラの真上に飛ばす。オレは抜き放った二本の星銀の短剣を持って、鳥の上から飛び降りた。
「【理に
「♪嵐を切り
白銀の短剣が、旋律と共に黄金の光を
「ア゛──ア゛ア゛ア゛ア゛ア!!!!!!」
胴と首が切り離されたキマイラは、
● ● ●
「はーあ、太っ腹なこったな。あんだけ
「シモンだって同じことをしただろ?」
「あれは
キマイラの
昨夜の討伐後、教会に
そして何を思ったのか、オルフェ自身も店に
「変にケチって
「うん……本当に
一か月前に起きた『
その
そいつこそ、『
「その悪魔どもが言う『神』に心当たりはあるか?」
「ううん。母さんが家に結界を張って、僕が攫われないようにしてたから」
「で、お
無言で
「わっ、ちょっとシモン!」
「なあに安心しろ! どんな悪魔だろうが関係ねえ!
オレはオルフェと
「独りにしねえよ、絶対に」
「……うん!」
見上げれば、天の果てまで見通せそうな
誓星のデュオ 祓魔師と半魔の詩人 鳩藍/角川ビーンズ文庫 @beans
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