第一章 船を導く黄金の鳥①
「──何をしているのかね、
天使も
司祭の視線はベッドで四つん
オレは
「
「ふざけんなクソガキャァァアアア─────!!」
司祭が暖炉から火掻き棒を引き
「衛兵、衛兵ー! あの男を捕まえろー!」
「は!? マジか!」
後ろから火掻き棒を
あちこちの路地から衛兵が合流し始め、いつの間にか火掻き棒を構えた司祭を先頭に十名近い衛兵が集まってオレの半ケツを追っている。
「ったく、
そんな事をぼやきながら走るうちに、街を囲う
当然どっちも
「【
使用したのは、【身体強化】の『
「
「ま、まさか悪魔なのか!?」
──は?
下から聞こえる衛兵たちの
「オレが悪魔だと!? バカ言ってんじゃねーぞ! 地上に生まれて十八年、
「やかましいわ婦女暴行犯が!!」
衛兵たちの前に立つ司祭が火掻き棒を振り上げて
「やっだなあ司祭様。オレはあの女性に頼まれて、悪魔祓いをしてただけですよ」
『頼まれて』を強調して言えば、司祭が
だがそうとは知らない衛兵たちは、司祭から犯罪者よばわりされたオレに険しい顔を向けている。
このまま何も言わずに逃げれば指名手配犯にされかねない。オレは無罪を主張すべく、ことさら大きく
「そもそも、悪魔とはいかなるものか。
激怒した
反逆者たちは神罰として、
夢を通じて人間に取り
「悪魔たちは
肉体的・精神的に追い
「そうした悪魔たちを退ける
左手を
「さる高貴なお方の
そう言ってオレは胸の前でハートの形を作った。
「そう、愛! 彼女を囲った高貴なお方は、
「そこでこの
「
「不法
火
「要するに間男じゃねえか!」
「
──チッ、言いくるめられなかったか。
気づけば城壁を警備していた衛兵たちが、
「では司祭様!
オレは捨て
「【
空中で【身体強化】の秘跡を発動し、五点接地で
● ● ●
「ヤッベー……荷物と金、全部あっちに置いて来ちまった……」
真夜中の街道のど真ん中、オレは
「まあ、最低限の装備とヘソクリはあるけどよ」
オレは
フード付きの
最後に鉄板を仕込んだ
両足で銀貨八枚に銅貨十六枚。合わせて八百十六デールが全財産。街で
オレは無情な現実に
──こう、都合よく商人の馬車が
盗賊が賞金首であれば
「なーんて都合のいいことあるわけねえんだよなあ、これが」
この辺りで盗賊の被害があるなんて話は聞かなかったし、そもそもこんな真夜中に女子どもを連れた商人が移動をする
「しょうがねえ。次の街まで、もうひとっ走り……」
そう言って腰を上げた時だった。
ジリ、と首筋の裏が
「キャー!
遠くから若い女の悲鳴、そして複数の足音がこちらに向かってきた。
──マジかよ
あまりにも
「
フードを深く
「【
走りながら【身体強化】の秘跡を発動。真っ暗な街道の先を強化された視力で見通せば、土で
「キィッ、キィッ、キッキッキ!」
オレはベルトの後ろから投擲用の釘を三本
「【
【武器強化】の秘跡。鉄製の黒い釘を、
「「ギギギィイイイイ!!」」
頭に釘が突き
見上げることで
白銀の
立ち上がって振り返れば、
悪魔の
「あ、あの……ありがとうございます」
道の真ん中で立ちすくんでいた白いドレスの女が、恐る恐るオレに声を
「ああ、もう
「え、ええ。あなたがいなかったら、
フードを被ったまま返事をしたオレに、女ははにかんだ
「その、もしよかったら、何かお礼がしたいのですが……」
「ほう、ほうほう。では一つお願いが」
身体の前で指先をもじもじと合わせながら、
「とっとと、そのねーちゃんから出てけやクソ悪魔が」
腰のポーチから取り出した星水を女の頭からぶっ掛けた。
「ヒッ、ギイアア゛ア゛ア゛!!」
星水の降りかかった場所を押さえ、女は
「ったく。
女が着ていた白いドレスは、故人が
オレは二本の短剣をまとめて左手に持ち、右手に
「【理に
オレが手の甲を向けて退魔の言葉を唱えれば、女の死体はガクガクと
オレは魔晶を拾い上げ、地面に倒れた遺体の
「悪いな、ねーちゃん。【
オレは遺体を
● ● ●
「ありがとうございます、
「とんでもありません。当然の事をしたまでですから」
昨晩の戦いの後。悪魔が取り憑いていた女性の遺体を
「あちらの女性は昨夜
老女司祭が頭を下げようとしたのを制して、オレは質問した。
「こうしたことは、今までにありましたか」
「いいえ。このような事は
「やはり一か月前の、『
一か月前、その島でこれまでにない天変地異が起こったと、
さらに島から現れた
そこでソフィア教国の星都サン=エッラにある教皇庁は、オレを始めとした
「ハッキリしたことは言えませんが、無関係とは考えられないかと」
オレの
「それで司祭様。少しばかりお願いしたい事があるのですが」
「はい、なんでございましょう」
「色々あって、旅の荷物をあらかた
申し訳なさそうな表情でそう言えば、老女司祭は快く
【身体強化】をしていたとは言え、
そして道中倒した
「……兄ちゃん、一人でこれ全部買うのか?」
「これでも
雑貨店と古着店で野営の道具と
カウンターに並べた武器の数に、店主のおっちゃんが
「そりゃ
「似たようなもんかな。人間相手じゃないけど」
オレが手袋をめくって七芒星の紋章を見せれば、おっちゃんが目を
「
「それほどでもある」
「いやいや
ひとしきり
「って事はよお、兄ちゃん……アレ、持ってんのかい?」
「そりゃそうさ。悪魔祓いの
オレは腰のベルトから
「おお! そいつが、
「おっと。タダって訳にはいかねえなあ」
手を
「悪魔相手だと武器の
「んだよ、聖職者だってのに現金な
「おいおいおいおい、たった三百? 安く見られたもんだなあ。二千」
「そもそも値切りの材料にしてんじゃねえよ、
「やっだな~。
「まったく、口の回るガキだな。しょうがねえ、二千二百だ」
「聖職者は頭と口回してなんぼだよ。ほい、どーぞ」
「ハァー……美しいもんだなあ……」
オパールにも似た
「はーい、時間切れだぜー」
おっちゃんが短剣に見とれている間に、オレは武器の装備を終えていた。
ホルスターの背中に
腰のベルトの後ろ側にはひとまとめにした鉤付きロープを
「いやはや、堂に入ってんな」
「まあな。仲間内からは『百器』のシモンなんて呼ばれてるよ」
おっちゃんから星銀の短剣を受け取り、腰に差し直す。
「ところでおっちゃん、最近この街で変わった事とかある?」
オレがそう投げかければ、おっちゃんはカウンターから身を乗り出した。
「それがよ……行きつけの酒場に最近妙な
「妙な奴?」
「
「酒場にとっちゃ有り
「そうなんだけどよ」
おっちゃんは一段声を落として
「悪魔ってのは美男美女ってのが相場じゃねえか?」
「
悪魔は人間を
そして
「もうすぐ昼飯時だからな。今から行けば、
「そうかい。あんがとよ」
おっちゃんから酒場の場所を聞いたオレは、新調した武器をひっさげ
──それが、オレの運命を大きく変えるとも知らずに。
● ● ●
「え、ヤバ」
武器店のおっちゃんに教えてもらった酒場には、とんでもない人だかりが出来ていた。
こぢんまりとした二階建ての店の前に
──コレもう
「はーい!
店内はまさに満員御礼。テーブルはすべて
ざっと見回したが、どうもねーちゃん以外の従業員はいないらしい。武器店のおっちゃん
さて、店に入った以上は何か
カラーン、カラーン、──……と
「は? 何?」
ゆっくりと階段を降りてくる人物を、
現れたのは、つばの広い
白のシャツとズボンの上から
オレより少し上背があるものの、
──アイツが噂の、吟遊詩人か。
階段を降りきった吟遊詩人は、片方の手に椅子、もう片方の手に木の
「こんにちは。今日も
吟遊詩人がその場から足を踏み出すと、前に居た客たちが
「
前口上をさっさと切り上げた詩人は、抱えていた竪琴を
「イ゛っ──!?」
オレの首筋の裏に
「は、えっ……はあっ!?」
突然起こった規格外の現象に、左手で首の後ろを押さえたまま、腰に差した星銀の
その間にも前奏は進み、酒場の景色はドンドン変わっていく。
竪琴の音色に合わせて
いつの間にか客の姿は消え、オレと吟遊詩人だけが豊かな森の真ん中に泉を
前奏が終わり、歌が始まる。
「♪西の楽園の森の奥 泉の
魂が吸い込まれるような歌声だった。男とも女とも違う中性的な歌声が、竪琴の調べと
「♪
詩人が歌っているのは、『精霊歌』と呼ばれる種類の曲だ。
地方の教会では子どもたちと歴史の勉強をする時に
──でも、今はそんな事はどうでもいい。
「♪恵みは
詩人の歌に合わせて、泉から水の身体を持った美しい
「♪空もまた巡る 雲から雨へ 風もまた巡る 雨から
竪琴が
「♪
嵐の中、詩人は高らかに歌う。どんな苦難が
そして激しい
「♪嵐は去り 雨は
静かな歌声が
そして雲の切れ間から一条の光が泉に向かって差し込むと、光の中から泉の乙女が再び姿を現した。
「♪西の楽園の森の奥 泉の精霊の名を『恵みのリュエル』 古より寄り添う我らの恵み 遍く命に寄り添うリュエルの恵み」
歌の最初に聴いた旋律が、歌の最後に再び奏でられ、曲が終わる。
シン、と静まり返った森の中で、オレと詩人の男だけが無言で向き合って──。
パン、パン、と
気づけば森は消え、オレは満員の酒場のカウンター前に立っている。
聞こえてきたのは手拍子じゃない。
鳴りやまぬ
まるで神話の世界からそのまま出て来たかのような男が、そこに居た。
大きすぎも小さすぎもしない真っすぐな鼻と
詩人の男の帽子に向けて大量の銅貨が投げ入れられる中、武器店のおっちゃんの言葉が頭をよぎる。
『
「……ハハ、
オレは首筋の痛みの
──あの演奏は、悪魔由来の力だ。
演奏が終わり、大量のおひねりを一通り受け取った
あっという間に
オレはカウンターに座ってねーちゃんに話しかける。
「まだ作れるモンある?」
「あら、見ない顔ね。後で皿洗い手伝ってくれるなら、
「じゃあそれで」
賄い飯を作ってくれている合間に、オレはねーちゃんに
「それにしてもスッゲー演奏だったね、さっきの人」
「ああ、オルフェ? ホントびっくりよ!
おそらく注文を
「それで弾かせてみたら、お客さんが見た事ないくらい入って来て! もーてんやわんやよ! で、
「え、
「
ねーちゃん──未亡人に『ちゃん』はねえな──もとい
悪魔が
そのため
──もう少し
「確かに、あの演奏ならどこでもやっていけるわな。オレなんて実際に森に入ったみたいだったし」
「あはは、そうねー。もう
姐さんは事もなげにそう言って、炒め物を皿に盛り、スープとパンを添えてオレに
オルフェの曲によって引き起こされた
──だとしたら、あの幻視は意図的に視せてるものじゃない?
塩の
そう言えば酒場に近づいても、姿を見ても、首の裏の痛みは感じなかった。
演奏が悪魔の力由来なのは確定。しかし──オルフェ本人は、果たして悪魔なのか?
「難しい顔してどうしたの? 口に合わなかった?」
「いやいや、めっちゃ
「ああ。なんでも、星都サン=エッラに行きたいらしいわよ」
「星都に?」
「死んだ母親の故郷で、そこに行くための路銀を稼いでるんですって」
オレは適当な
詩人オルフェがやって来たのは一昨日。同じ空間で
目的地は星都。死んだ母親の故郷とのことだが、
──んー、今ある情報だけじゃ判断つかねえな。
オレは手早く飯を食べ終えて、姐さんに声を
「ねえねえ、ちょっと頼みがあんだけどさ」
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