第一章 天才薬師のヴァイオレット①
ヴァイオレットは二十年前、ダンズライト
幼い頃から学ぶことが大好きであり、家庭教師もマナーの講師も皆、彼女の
『お前に
公爵令嬢であり、そんな優秀なヴァイオレットに王族からの縁談が
しかし、その縁談を受けたのが不幸の始まりだったのだ。
優秀なだけでなく、責任感が人一倍強かったヴァイオレットは、ダッサムの婚約者になってからというもの、
『ダッサム殿下、
問題は婚約者──自身の二つ年下のダッサムが、あまりにも勉強ができず、それをまずいと思っていないことだった。
それでも、その原因がマイペースな性格であるとか、勉強は得意でなくても武術や
『おい女……公爵令嬢の貴様ごときが私に勉強を教えるだと!? 私のことを誰だと思っている! 次期国王となる高貴な人間なんだぞ!? 謝罪しろ!!』
『は、い……?』
能力は高くないのに、プライドと地位だけは立派なダッサム。
自身が何者よりも尊いと信じ、他者への
ダッサムと会って半年ほどで、ヴァイオレットはそう確信したが、それでも彼を支えるのは自分の使命なのだと思うようにした。
現国王と
ダッサムには根気よく付き合っていくしかない、足りない部分は自分が補えるように
ダッサムとマナカが愛し合おうと、それを
招待客たちが
「
マナカが聖女の力を発動した瞬間、
(呼吸が浅くて苦しそう……じっとりと
直後、「私です!」と言って駆け寄ってきた彼の従者らしき白髪の男に、ハッとしたヴァイオレットは、彼に問いかけた。
「シュヴァリエ皇帝陛下は魔力持ちですか?」
「は、はい! その通りです!」
「やっぱり……それならこの
この世界では、かれこれ数百年前に魔法が使える者はいなくなった。
そのため、マナカのような魔法が使える異世界人が貴重とされる。
しかしときおり、魔法は使えないが、魔力を有した者が生まれることがある。
ハイアール国には、現在魔力持ちはいないが、隣国のリーガル
(魔力持ちの者は、他者の魔力に
呼吸困難や胸の苦しみから始まり、最終的には死に至る、それが魔力酔いだと
昔は魔法を使えた者が多く存在したのだが、彼らは魔法を使用するたびに魔力回路に
勤勉なヴァイオレットは魔力酔いについても
(
「おい! 皇帝陛下はどうなされたのだ! 答えんかヴァイオレット! まさかお前が毒でも盛ったのか!?」
だというのに、
王族教育をまともに受けていれば、魔力持ちや魔力酔いのことは当然知っているはずなのに、この
「今は殿下の相手をしている
「なっ!? 王子の私に邪魔だと!? 不敬だぞ貴様!」
不敬もなにも、人の命が
ヴァイオレットは内心そう開き直ってダッサムを無視すると、
「意識はありますか、皇帝陛下……!」
「うっ……あ、ぐっ……ヴァイ……オレット、じょ、う」
何度かこういったパーティーで顔を合わせたことがあるヴァイオレットの名前をきちんと言える
ヴァイオレットは少しだけ
「陛下は今、我が国の聖女、マナカの
「……っ、あ、あぁ……」
シュヴァリエの意識がなければ、彼の従者に一言入れるつもりだったが、本人の意識があるなら彼に許可を取るのが一番だ。
ヴァイオレットは、失礼いたしますと言ってシュヴァリエの頭を自身の
「今すぐ
「はいっ!!」
会場がざわつき、背後からはダッサムの
この会場にいるほとんどの者が、シュヴァリエの体になにが起こっているのか分かってはいないだろうから、それは当然だろう。
けれど、ヴァイオレットは違う。常に
「ヴァイオレット様! 薬箱を持って参りました!」
「ありがとう……! 助かったわ!」
ヴァイオレットは従者から薬箱を受け取ると、それを開いて目的の薬を取り出す。
「シュヴァリエ
彼女がダッサムの
「国家
ハイアール王国では、他国の
そんな我が国で一番取るのが難しいとされている──薬の調合、処方まで自由に行うことができる、それが国家薬師の資格だ。
妃教育で
「──
ヴァイオレットが薬を自ら作ることに興味を持ち始めたのは、
これと言って大きな出来事があったわけではないけれど、体の弱い母が薬師に処方してもらった薬を飲むことで、少しだけ元気に過ごせる様子を毎日見ていたからだろうか。
薬師のお
いつか自分が作った薬で、母をもっと楽にしてあげたい、元気にしてあげたい。
「シュヴァリエ皇帝陛下、これを飲めば魔力酔いは治まるはずです。少し苦いですが、飲めますでしょうか……?」
「……っ」
そして国家薬師になったヴァイオレットは、今はもう国一番の薬師と名高い。
貴族
現に、今手に持っている
そもそも、魔力酔い止め薬を作ろうと思った
というのも、魔力持ちが存在する帝国の
それを聞いたヴァイオレットは、自身の調合技術がもしかしたら役に立てるかもしれないと、魔力酔い止め薬の開発を始めたのである。
それに、将来ハイアール王国の
そんな思いから、ヴァイオレットは魔力酔いの症状が書かれた文献を参考にして作り上げたのだ。
(早く、シュヴァリエ皇帝陛下をお助けしなければ)
ヴァイオレットは、薬の瓶の
「シュヴァリエ皇帝陛下。お口を開けていただいてもよろし──」
「ぐっ……がッ……」
「皇帝陛下?」
しかし、シュヴァリエの口の中に薬が入っていくことはなかった。
「皇帝陛下! お
「<外字><外字>っ……ゔッ……!」
相当辛いのか、顔を真っ青にしているシュヴァリエの口元から
(……この様子では、無理かもしれないわね)
意識はあるように見えるが、あまりの苦しさにこちらの声が届いていないように思う。
おそらくこの状態のシュヴァリエの口に薬を注いでも
「どうしよう……どうしたら……っ、このお方を助けられる……?」
彼らはヴァイオレットに「なにかできることはあるか」と
反対に、ダッサムとマナカを含む
というのも、シュヴァリエは、大国、リーガル
その命を救ったとなれば功績も大きいだろう。しかし、その反面、もしもシュヴァリエを助けることに手を貸して、彼を助けられなかったら。
そのことをリーガル帝国に問題にされることがあれば、彼を助けるために手を貸した人間が罪を背負う可能性があると考えたに
「……っ、薬を飲ませなければ助けられない……。けれど、このままの状態では皇帝陛下本人の力だけで飲むことは難しい……今、私がこのお方にできることは……」
協力してくれる従者たちはいれど、決定権は自分にある。
今、シュヴァリエの命を
「……! そうだわ……! これなら……!」
その時、必死に頭を回転させたヴァイオレットにはとある考えが
「なにか良い考えがあるのですか?」と食い入るような視線で見つめてくるシュヴァリエの従者に、ヴァイオレットは問いかけた。
「
「え? はい」
その返答を聞いてからは、自身の従者を見て、「貴方も……結婚していたわね……」と呟くヴァイオレット。
ぽかんとしている従者たちから、再びシュヴァリエへと視線を移す。
「……シュヴァリエ皇帝陛下には悪いけれど、ご夫人を傷付けるのはいけないものね……」
「「ご夫人?」」
声が
「シュヴァリエ皇帝陛下……! 後でなんなりと裁きは受けますから、ご
やや
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます