第1話 ~田舎の町の落ちぶれたオッサン~
「どうだ。スリーカード」
「残念。フルハウスだ」
「だ~、また負けた」
「ハハハ、またダンテの勝ち越しだ」
大きな木造の建物、冒険者ギルドの片隅で「ワイワイ」騒ぎながら酒を飲んでポーカーにふける一団がいた。
その中央の大きなテーブルで2人の男が向かい合っていた。
1人は負けてうなだれる若い冒険者。
対面ではイスを傾けてユラユラさせながら掛け金を自分の財布に入れている無精ひげのオッサンがいる。
このオッサンが「ダンテ」だ。
鉛色の短く切った髪の頬がやや痩せた加齢臭のしそうなオッサン。
ヘラヘラした顔をしながらも眼光は鋭く、特に赤い灼眼が印象的。
また、ダンテが着ている装備品は傷つきくたびれているがどれも上等な物で、ダンテが歴戦の冒険者なのが伺える。
「おぉうい、ダンテよぉ。あんま勝過ぎってってとぉ相手居なくならぁぞ」
観戦していたひげもじゃの鍛冶屋のドワーフがガラガラの声でろれつの怪しくなて来たヤジを飛ばして、グビリグビリと豪快に木のジョッキに残っていたエールを飲み干した。
「ハハハ、イイだろう。俺は生まれつき運もいいんだ」
そう呟いてダンテは襟についたファーごと首の後ろを搔いた。
「おいおい、運が良いならこんな田舎でくすぶっていないだろ」
「いいんだよ。俺はこの田舎で余生を過ごすって決めてんだよ」
ダンテは負けた男にそう返してエールを飲む。
そうここは田舎だ。
カエサル大陸の東西を分つエルガ大山脈、その東側の中央部のユール地方の山脈側の穀倉地帯の片田舎の町「ローゴ」。
東西の貿易は海運が主流の為、活気づくのは南北の町でここの様な中央部はのどかなものだ。
「何でだよ。カワイイねぇちゃんもいないのに」
「可愛い姉ちゃんは居ないが、ゴッゴッゴッンップハ。エールが旨い。」
「エールが旨いのは認めるが、それ以外何もない」
「そんなことはないぞ。探せば可愛い娘は居る」
「マジで!」
「冒険者ギルドの「ファティマ」とか……」
「確かにカワイイがボクはアイツを異性とは絶対に認めない!」
若者は叫ぶと一気にエールを煽った。
「なんだよ、昔はよく遊んでもらっていただろ」
「遊んでもらってたんじゃなくって遊ばれていたんですよ!アイツに騙されてボクの人生は狂ったんだ」
ダンテは当時を思い出して笑いながらジョッキを口に運んだ。
「ぶえっくしゅ!」
そしたらくしゃみでエールが顔面にぶっかかった。
「ぉおう、鼻に入りやがった」
「風邪ですか」
「バカ言うな。誰かが俺の噂話してんだ」
チーーーン。
「ダンテさんなんかの噂とかする人って居るんですか?」
「いるよ。友人とか」
「友人なんて居たんですね」
若者は本気で感心していた。
「居るだろ。チェス仲間とか」
「その最後の1人だったうちの爺ちゃんが亡くなって消滅したはずじゃ」
「…………」
「…………」
「あいつだ。都に居た時の冒険者仲間に戦斧を使う奴がいてな」
「へ~~」
「騎士団に入って【獅子】の2つ名を貰った「デュルゴ」って奴だ」
「ぶっ!」
飲んでいたエールを吹き出した若者のリアクションから「知っているのか?」と尋ねると。
「知ってますよ。「デュルゴ」、「デュルゴ・ファーゴ」と言えば王国騎士団【獅子の足】の団長で【金獅子】で有名ですよ」
「へぇ~~、アイツ出世したんだ」
ダンテが感慨にふけっていると。
「ダンテさんの知り合いだったのですね」
「駆け出しのころにな。よく面倒見てやったもんだ」
「あっ、誇張とかいいです」
「信じろよ!絶対にアイツが尊敬する俺を思い出して噂してたんだ」
「ありえませんね」
「断言すんなよ!」
「だってデュルゴ卿は1年前に亡くなってますから」
「あ、……そうなの」
ダンテは浮かしかけた腰を戻して呟く。
「アイツも逝ったんだ」
「酔っぱらってトイレで転んで亡くなったそうです」
「あ、あぁ……トイレで」
悲しいというより面白いと思ってしまった。
デュルゴはたたき上げと言えども騎士団長になっていたので騎士候ではなく、少なくとも男爵位以上の叙勲を受けている。
つまりは爵位持ちの貴族である。
貴族の家のトイレは庶民の木造のトイレとは違って、豪華な大理石や玄武岩といった石造りのトイレである。
だが貴族とは言ってもパーティーで酔っぱらいが集まって用を足せば床に零す奴が出てくるものだ。
磨かれた石が液体で濡れていると―――よく滑る。
ただでさえ酔っているのだ、滑って転んで失神、では済まない。
石に頭をぶつければ人の頭が割れて簡単にDIEする。
トイレだけに。
「他に俺の噂をしそうなやつは―――」
思い当たる奴が居たのだが。
「いい。どうせアイツはロクなこと言ってねぇ」
首を振って忘れることにした。
「何ですかそのリアクション」
「何でもない」
「ニャハハハ、ふりゃれたオンナかぁ」
「黙れ酔っぱらいドワーフ」
「えぇ~~、気になるなぁ~~」
「あぁ~~、そう言えばもう1人居たな」
「話を逸らさないでください」
「この町にもう1人いい女が―――」
「マジかどこどこ、どこの誰?」
「屋敷のお姫様」
「高嶺の花過ぎる」
「ィラ~ひゅめにきゃんぱ~~い」
「エイラ姫様だからな。にしてもな~んでおっちゃんはドワーフなのにエールに弱いのかね」
そう言てダンテはドワーフのおっちゃんから、エールの入ったジョッキを取り上げる。
「あう、あう」
エールを取り上げられたおっちゃんは虚空を見つめ、そのままテーブルに突っ伏していびきをかき始めた。
「ええい。ボクは絶対に王都で一旗揚げて可愛い嫁さんをゲットしてやるよ」
「がんばれよ~。無茶は若いうちにしておけよ」
若い冒険者はここローゴの出身である。それが立身出世を目指して王都へ上京していたのである。
それが、今回エールの買い付けに来た商隊の護衛して里帰りしたのである。
「どうだ、次は別のゲームでもう一勝負」
「やめときます。ダンテさん本当に運がいいから有り金全部まきあげられそうです」
「そうかい」
そう呟いてダンテは1口煽る。
若者にとってダンテは子供のころから町に住んでいて、たびたび遊んでもらったオジサンだ。
詳しくは知らないがダンテが何か事情を抱えて、ここローゴの町で隠遁生活しているのは今では察しがついていた。
そしてダンテが長く町で暮らしてきて面倒見もいいことから、冒険者として町の顔役の1人だ。
それがこんな町の酒場の片隅でヘラヘラしながらゲームをしているの見ると、変わらず街は平和なんだな。と若者は安心した。
「よっと、そろそろ帰ります。続きは親父と飲みます」
「そうか。気を付けて帰れよ」
「ダンテさんこそ飲み過ぎないようにしてください」
若者はそう言って酔いつぶれたドワーフのおっちゃんを見る。
「大丈夫、大丈夫。おっちゃんもこっちで見とくし安心して帰りな」
「そうですか」
「余計な心配すんな」
そんなやり取りをして若者の帰りをダンテは見送った。
その後、ダンテは酔いつぶれたドワーフのおっちゃんを仮眠室、もともとは違う用途の部屋だったが酒場で酔いつぶれるドワーフなんかがちょくちょくいるので仮眠室になった。に放り込んでからギャンブルを続ける一団から離れて酒場の奥まった席に移動した。
奥まった一席についてから注文をエールからラガーに変えて、加えて黒毛魔牛のローストビーフをウエイトレスに代金とチップを支払って注文した。
注文が届くまでダンテは窓から月を眺めながら独り言ちる。
「若者よ~、行き急げ。オジサンになっても止まるんじゃね~ぞ~。でも田舎でのスローライフもわるくないぞ~、っと。」
ダンテは若かった頃のことを思い出しながらも、今の生活にも満足しながら、先に運ばれてきたラガーをちびちび行く。
そして遂に来たお待ちかねのご馳走。
黒毛魔牛のローストビーフ。
高級肉にして高ランクの魔物である黒毛魔牛、その赤身肉の塊を丁寧に熟成、旨味が凝縮された肉の表面を強火でこんがり焼き上げ、低温オーブンで中を赤いままじっくり浸透加熱。
そのローストビーフを厚さ4mmに、少し厚めに切ることで柔らかさと歯ごたえの絶妙なバランスを出し、また肉の旨味をたっぷりと蓄えている状態だ。
まずは何も付けずにそのまま一切れパクリと食べる。
美味い♡
濃厚な赤身肉の旨味が程よいシーズニングでひきたてられており、噛みしめるたび熟成され加熱されたことで蕩けた肉汁がにじみ出して口いっぱいに広がる。
これを噛みしめながらラガーをグビリと煽る。
一口目で大きな多幸感を味あわせながら、それをラガーの苦みのある液体でサッパリと喉の奥にいざない胃の中でも味を感じるような満足感。
しかし、このローストビーフの楽しみはこれだけではない。
次はこのソースを付けて食べる。
このソースはこの酒場の料理長の秘伝のレシピらしく、何種類もの果物とスパイスを煮詰めて作ってるそうだ。
そのソースを付けて口に運べば、ピリッとしたスパイスとフルーツの酸味が肉の旨味と混じり合って口の中でオーケストラのハーモニーの様な味わいの変化を楽しめる。
幸せ~♡
これもしっかり噛みしめて楽しんだら、ラガーで胃の中に。また一つ胃の中が幸せで満たされる。
次に付けるのはワサビである。
このワサビと言うのは、このローゴの町の特産品である香辛料であり野菜でもある。
茎と葉の部分は普通に食材として利用できる。
で、くせが有るのが根っこの部分で、そのままかじってもそんな変わった味はしないのだが、とあるすり下ろし方をするとツーーーーン!と鼻に抜ける刺激を生み出す。
このワサビのすり下ろしをローストビーフにちょこんと乗せて口に入れればツーーーーーーーン!とした刺激の跡に肉の旨味が
ガツン!
と爆発するのだ。
クゥーーーーー、最高♡
このツーーーン!がツーーーン!が癖になるんだ。
これもラガーで胃の奥へ。また幸せが溜まってしまった。
この3つの食べ方をその時の気分で繰り返していく。
ダンテはフォークにローストビーフを刺して月を見上げる。
その月は今では帰れない故郷の風景と、冒険していた時に見上げた物と変わりはなかった。
パクリとフォークのローストビーフを口に含みラガーを飲む。
その繰り返しで皿に乗っていた分を食べつくした。
「ご馳走様。今日も満足満足」
あの若者はエール以外何もないと言っていたけど、少なくともここの料理長の料理が美味い。
噂ではここの料理長は異世界からやってきたとかなんとか、それで普通じゃない料理が作れるとかって話がある。
異世界人ねぇ~~。
まぁ、あのヒグマみたいな見た目の料理長ならあり得る話だろうかねぇ。
いいじゃねぇ~かスローライフ。
夜に美味いもん食って、美味い酒飲んで、その日暮らしのお仕事で平和に1日を過ごす。
出世の為に人を騙したり、蹴落としたりする上流階級よりよっぽど良い。
そう思いながらダンテはこの日最後の酒を飲み干して帰路についたのだった。
独身貴族のお屋敷に。
チュン、チュン。
朝、窓から差し込む朝日の光が顔に当たりダンテは目を覚ました。
目をこすりながら寝床から起き上がり欠伸をする。
水場で顔を洗い、朝食を食べながら空を見る。
「今日はいい天気だな。雨なんか降りそうもないな」
パンの上にベーコンエッグを乗せただけの簡単なものであるがダンテが自分で作った物だ。
てか、独身貴族なら料理くらいできて当たり前だろう。平民ならいざ知らず。
とか思いながらダンテは今日の予定を考える。
「とりあえずギルドに顔出して、緊急のクエスト出てなかったらいつも通りスライム狩りにでも行くか。……天気もいいし弁当でも作って遠出するのもいいかもな。そうと決まればさっそくギルドに行きますか」
ギルドに行くと、
「街道にキングスライムが現れました!」
「な~んて言われる事もなかったし。てか魔王も退治されたし、八大竜王のパワーバランスも安定してるし魔物たちも大人しくなってるし、世の中平和平和。怖いのは盗賊か悪徳貴族ってか~」
ダンテが鼻歌を歌っていると。
「相変わらず吞気ですね~~、ダンテさんは」
ギルドの受付カウンターの中からロリータドレスに身を包んだ赤毛の可愛いガキが顔を出した。
「ぃよぉうファティマくん、君も俺と同じで隠居してきたクチだろうが」
ファティマはローゴの町で最も冒険者ランクが高く、Bランクの魔導士だ。
ちなみにダンテはFランク。昨日の若者が駆け出しのGランクである。
「同じじゃないよ。あとくん付けするなし」
「うっせぇ、そのなりで何人の男を騙して食い物にしたよ」
「ダンテさんこそ今まで食べてきたオンナの数を数えていないでしょうが」
「サラリと人をクズ扱いするな。これでも数えるまでもなく0だ」
「カッコつけて言うことですか。しかし騙されなかったのはダンテさんくらいだよ」
そう、ファティマは男なのだが若い男が好きで女のふりをして男を漁っていたのだ。
ダンテに正体がばれてからも趣味は変わらなかったが、一応は隠居という形で大人しくしている。
それでもたまに騙されるやつも居たりするのだが。
「それよりキングスライムはいないのか?」
「いたらぼくが狩りに行ってますよ」
ファティマにとっては冒険者は昔取った杵柄であくまで肩書なのだが、それでもちょくちょく狩りには出ているのだ。
ダンテが昨日食べた黒毛魔牛もファティマが狩ってきたものである。
ローゴは田舎であるため自然も多く、西側の山間部は高ランクの魔物が出る危険地帯である。
そこで採れる素材は高値で取引されるのでエールと並んで町の収入源として扱われている。
が、ローゴには腕利きは少ないので隠居者の2人にも仕事がよく回って来るのだ。
割もいいので道楽的に狩りに出ては町の人に振舞う2人は町での信頼を得ていた。
たとえその2人が得体の知れなかった余所者であっても。
ダンテとファティマは最早ローゴの町の立派な住人である。
「ところでダンテさん、———臭いよ」
「あぁ、昨日は遅くまで飲んでたから」
「そうじゃなくって、お風呂入ってる?」
「入ってるぞ。3日前にな」
「ふ――――今すぐ風呂に入ってこぉぉいい!」
人として立派かどうかは置いといて。
落ちぶれたオッサン冒険者、ドラゴンの女の子を拾ってまたもや伝説を築く。 軽井 空気 @airiiolove
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