第20話Lost Heaven

ロレイヌ連邦国、正門前。

大戦で最も人が多い戦場にて。

数百、数千という単位で各国の騎士や兵士たちが次々と死に絶えていく。

そんな阿鼻叫喚をまるで、綺麗な旋律だと言わんばかりに。

悪魔の一体である“グラトニー”は、満面の笑みで絶望を食らい尽くしていた。

「あァァ、美味しいなァ!ここは何だか、今までの人間よりも美味しく感じるよ!ねェ?二人とも──」

後ろを振り返ったグラトニーは、他の悪魔達の姿が見えない事に気付いた。

「あれェ?はぐれちゃった?」

言葉使いにそぐわない巨漢の悪魔。

そんな魔物とも言えるグラトニーの前に、瀕死のアラゴンが立ち構える。

「おい、そこのデカいの。お主の相手はこのわしじゃ」

「ん~?これ、あんまり美味しくなさそうだなァ」

つまらなそうな顔を隠しもしない悪魔に対し、アラゴンは自身の力を解放する。

それは一瞬の出来事。

音も立てずに忍び寄るアラゴンが刀の乱撃を浴びせる。

「おおっと!もう、痛いってばァ」

「……あまり効いとらんの」

アラゴンの能力は気配を消す力。

一見、低級なようにも思える能力。

しかしそれは剣の達人が扱えば“見えない者を相手にする事”に等しくなるのだ。

老いて尚、移動や剣撃の速度は殆ど衰えていない。

けれどその斬撃はあまり意味を為さなかった。

この大陸の者たちはまだ悪魔というものを知らな過ぎたのだ。

「それで終わりかなァ?」

「……お主の言う通り、わしにはこれが精一杯じゃな」

確かに衰えてはいないのだが、しかし先ほど受けた瀕死に値する傷が動きのキレを阻害してしまう。

ロレイヌでは指南役として、そしてヒイロの師としてその剣術を研ぎ澄ませてきたアラゴン。

だが相手が悪魔ともなると技術だけではどうにもならなかった。

「それじゃあボクは食事に戻るとしようかなァ」

悪魔にとって感情の起伏が少ない人間は、好んで食べたいと思わない。

加えてアラゴンは既に重傷で自身の死を悟っている。

故に殺す価値がないと判断し視線をさ迷わせた。

いくらでもいる獲物の中で、たまたま目があった人物。

ルベール王の側近、ハロルドが標的に選ばれた。

「じゃあ、あれにしようかなァァ!」

「──く、来るな!ええい、何をしている!貴様ら、私を守らないか!」

ルベール軍を率いていたハロルドが兵達に命令を下す。

兵らを盾にする様に、ハロルドが戦線の離脱を試みた。

「はぁ、はぁ……。くっ、逃げきってやる!こんなところでくたばってたまるか!」

野心家であるハロルドは、実を言うと王の寝首をかく算段を繰り返していた。

絶好のチャンスは、先のアーシェ達との戦い。

ハロルドは密かに動けない王を殺すタイミングを伺っていた。

けれど臆病なハロルドは結局行動に移せず、“とある人物の入れ知恵”で作戦を変えた。

エリカが動けないのをいい事に軍を独断で動かして他国を侵略するという、とても雑な作戦にだ。

(な、何で!何でこうなった!?)

相次ぐ乱入。

あまりにも規格外な者共を目の当たりにして、ハロルドはようやく世界を知った。

自分の様な小者では、上に立つなど到底不可能なのだと。

「グフッ!追い付いちゃった!」

「やめ、やめろ!」

ガシッと身体を鷲掴みにされるハロルド。

もはや抵抗の余地はなかった。

「いただきまーす」

「あがっ──!!」

それは惨たらしい光景。

ハロルドは身体を掴まれたまま、頭部の上半分を噛み砕かれた。

(……おぞましい生物じゃわい)

そんな内心ごと気配を消したアラゴン。

最後の力を振り絞って悪魔へと刃を向ける。

しかし。

「──もう見え見えだってばァ」

音速の移動を体現しているアラゴンの、更に後ろに張り付いた悪魔。

(くっ!このデカさでこのスピードか!)

「はい、おしまァい」

(申し訳ありません……、カレン様──)

ガリョッ!グチャッ!と。

聞いてるだけで吐き気を催せる様な音が反響する。

そしてそれは周囲を取り囲む兵達の絶望を、最高潮までに高めてくれる音であった。

「「う、うわあぁぁぁ!!」」

一斉に逃げ惑う人間を見たグラトニーは、この上ない笑顔を浮かべた──。




「それで?シーラ、だったかしら。貴女はわたくしについて来れて?」

「この期に及んで貴様は何を寝ぼけた事を言っている。いいから早くやれ、時間が惜しい」

正門から少し離れた位置にて。

エリカとシーラは、悪魔の一体であるグリードと対峙していた。

「グオォォォ!!テメー、よくもォォ!!」

エリカの能力によって動きを封じられているグリードが怒り猛る。

けれど『動くな』という命令も効力が切れるのは時間の問題だった。

そこで出した提案が、エリカの脳信号をシーラにも送るというものである。

命令によって身体能力の上限を強引に解放する、以前使ったエリカの切り札だ。

「まったく。貴女といいあの小娘といい、口の聞き方がなってないわ。わたくしにお願いをするべきではなくて?」

「何の事だ?貴様の手駒になろうと言っているのだ。寧ろこちらに頭を下げろ」

「……はぁ、呆れてものも言えないわ。言っておくけど、その致命傷を負った身体が壊れても文句は聞かないわよ」

自分が刺したシーラの腹部から、血が滴っている事にエリカは気付いていた。

「構わん。ただし、貴様に頼るのは釈だが。……ユリィを頼む」

視線を向けた先にいるユリィは、シーラにより戦闘への参加を止められていた。

「……分かったわ。それじゃ、行くわよ!」

ビリッ、と頭に電流が走る様な感覚。

脳信号とは即ち、電気信号である。

ささやかな命令を送る分には何も感じない。

けれどこれは脳を強く活性化させる為、それなりの強さの電力が生じるのだ。

「なるほど。これは予想以上だな」

シーラは感覚で理解した。

身体機能がこの一瞬で格段に上昇した事を。

「いいから、早い内に仕止めるわよ」

共に身体強化を終え臨戦態勢の二人。

通常であれば、エリカはこの状況を楽しんでいる。

それが出来ないのは敵が強大である以上に、シーラを死なせたくないと思っているからだ。

エリカはシーラを密かに気に入っている。

アーシェもそうだが、良く良く考えてみるとここまでの苦悶を体験させてくれた初めての人間だった。

いわば、興味を持てる貴重な人材。


そして悪魔への命令が解けた。

「……よォ、随分と面白れー事してくれたじゃねーか。覚悟は出来てるな?」

そう言ってグリードが静かに力を溜める。

右の拳を強く握り、思い切り振り被ろうと構えをとる。

「いい?同時に行くわよ」

「ああ、了解した」

二人も静かに構え、それぞれ持っていた細剣と大剣をしっかりと握る。

互いに敵を見据え戦闘準備は万端。

「ふぅ。じゃあ、──死ねェ!!」

一気にオーラを解放したグリードは、一直線に向かってくる。

その速さは瞬間移動に近い程だ。

「オラァァ!!」

ドォン!!と、殴りつけた地面には大きなクレーターができていた。

刹那の出来事。

だがそこにはもう二人はいない。

「アァ!?──ぐっ!!」

常人の域を越えたスピードでエリカとシーラが続けざまに斬り込む。

エリカの細剣は突きの連打で。

シーラの大剣は斬撃の嵐で。

幾重にも繰り出す攻撃は、スピードが圧倒している分その殆どがヒットしていた。

だが斬り崩すことは難しく、実際この悪魔は殆どダメージを追っていないようだった。

それでも攻撃を緩めない二人。

敵の拳を回避しては刃を振るう、を繰り返す。

グリードによって地面には幾つもの凹みが出来ており、けれどシーラとエリカはその全てを見切っていた。

武を極めし者たちであるが故に、互いの動きや息遣いで連携は容易く取れる。

それどころか非常に合わせやすいとさえ思った程、二人の呼吸はピッタリだった。

これがもし始めから敵同士でなく互いに切磋琢磨していたら、もしかしたらこの悪魔を倒せていたかもしれない。

そんな発想が過る頃には、二人はもう理解していた。

現状では到底この悪魔を倒せない。

勝てないのだと。

「シャラクセー!!これでも食らってろ!!」

攻撃を受けたまま、グリードは片手を地面につける。

その接した部分から数秒をかけて地面の割れ目がいくつも広がり、ゴゴゴ……!!と唸りを上げる。

やがて大地が大きく開き、崩落した。

広範囲に渡る大穴が空き、底が見えない程深く抉れてしまう。

「くっ!全員退避だ!」

「「うあぁ!!」」

シーラの指示も虚しく、逃げ遅れた騎士達が次々と落ちて行く中でユリィまでもが地割れに吞み込まれる。

「ユリィ!!」

しかし間一髪のところシーラがユリィの腕を掴み、そのままユリィは宙吊り状態となった。

「シーラ様!離して下さい!」

大きく開いた穴に吸い込まれる錯覚を覚えるシーラ。

けれどこの手は離すつもりなど毛頭ないと、残った力で何とか留める。

「馬鹿を言え!部下を見捨てる訳がないだろう!お前もそう言ったじゃないか!」

「でも!」

そんな無防備なシーラに、グリードが背後から近付く。

「おいおい余裕だなァ。だったら纏めて落ちろよ!」

「貴方こそ余裕じゃない」

エリカが割って入り悪魔に刺突を繰り出す。

しかし先ほどからやはり、悪魔の肉体に剣が上手く通らない。

まるで岩に向けて剣を振るっているようだった。

「けっ、オレ様が余裕なのは当たり前だろ!弁えろ下等生物!テメーらに勝ち目なんかねーよ!」

「がはっ……!」

ガンっ!、と悪魔の振った腕に吹き飛ばされるエリカ。

そのまま距離があった木の幹に身体を強く打ちつけてしまう。

(ちょっと、不味い……わね──)

意識が遠退くのを感じる。

保たねば間違いなく、死を意味する。

「ったく、ダリィなオイ!ほら、テメーも終いだ!」

「ぐああぁっ……!!」

「シーラ様!!」

腹の傷口を素手で抉られるシーラ。

血が溢れ吐血するも、決してその手は離さなかった。

「もうやめてっ!!シーラ様、離してっ!!」

「……ユリィ、お前は、生きろ。……はぁっ!!」

最後の力を振り絞る様に自身の能力で精神力を最大限まで高めたシーラは、ユリィを地上へ放り投げる。

その反動でシーラは底なしの穴へと呑み込まれていく。

(……きっとお前には、業を背負わせてしまうのだろうな。すまない、ユリィ)

最期までユリィの事を気に掛けながら、最後にシーラは自身の妹の顔が過っていた。

(ユリィ、リーナ。願わくはどうか、お前たちが幸せであれるような。そんな世界に成る事を私は……、切に――)

シーラの身体が深い闇に吸い込まれるようにして落ちていった。

それを目の当たりにしていたユリィは、とうとう気が触れてしまう。

「シーラ、様……いやっ……、いやぁぁぁぁあっ!!」

「あー、ウルッセー。テメーも消えろ」

ユリィに手を翳すグリード。

そこに空かさずエリカが体当りして軌道を逸らした。

「逃げるわよ」

「いやっ!!シーラ様っ!!」

有無を言わさずにエリカがユリィの手を引く。

「逃がすわけねェだろォ!──くっ!?」

敵への命令も二度は効かない。

なので周囲に倒れ伏していた兵士達に信号を送って操り、悪魔の追随を妨げたエリカ。

対象が死体であれど破損していようと、身体を動かす脳と神経に損傷がなければ信号は受け付けるのだ。

「テメーは……、マジでウザッてーな!!」

その隙に二人はこの場から脱する。

「うっ……う……、シーラ……様っ……」

「泣いている場合なの?……どうやらシーラは、貴女を買い被っていたようね」

多大なる犠牲者を内心で弔いながら。

成す術もなかったエリカは産まれて初めて、煮えたぎる様な怒りを感じていた。

こうして悪魔達の行った大量虐殺により、ロレイヌ国は陥落した。

大戦ロストヘブン。

それは正しく、人々の救いが失われた戦い。

希望はもう、喰らい尽くされたのであった──。


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