第19話Devils incarnation

ロレイヌ連邦国、正門前にて。

激戦が繰り広げられている戦場では、混沌とした空気に支配されていた。

「おい……。こんなの、どうすれば」

誰も理解が出来ない。

「……無理だ。もう、終わりだ」

誰も抗う事が出来ない。

「シーラ様……。私達はいったい、何の為に戦っていたんでしょうね」

「言うな、ユリィ。我々が諦めてどうする?だが、しかし。これは……」

何もかもが蹂躙されていく。

たった三体の悪魔によって。

「──ギャハハ!いいねいいね!もっと苦しめ、戦慄け!それだけ美味くなるからなァァ!!」

「──最低ですね、“グリード”。品性の欠片もありません。もっと慎ましく表現出来ないのですか?」

「──まあまあ。グリードも喜んでるんだよ、“プライド”。だから仲良くしようよ?だからァ、早く食べちゃわないとね。新鮮な内にィ!」

そうして周囲の兵士や騎士達を薙ぎ払い、或いは吹き飛ばしながら彼らは周る。

悪魔が食べるのは、負の感情そのもの。

それはつまり人間が追い込まれた末に思い浮かぶ様な、絶望の類い。

「な、なんなのさ!あんたらは!」

「あちゃー。やめたほうがいいですって、マジで」

先ほどの乱入してきた外の大陸の部隊、彼らは完全に面食らった状態でいた。

そんな中で先ほどの隊長格の女が悪魔達へ文句をつける。

「あ、あたしらの獲物を横取りすんなよ!」

「もー、ほんまにダメやってー」

側近の少年が止めるも虚しく、既に遅かった。

真っ先に反応したのはグリードと言う悪魔。

鮮やかな緑色のバサついた長髪で、加えてギラついた眼に歪みきった笑みがいかにもな悪人面を見事に醸し出していた。

そんなグリードが機嫌を損ねた言葉を発する。

「あァ!?んだ、テメーは!!」

口の悪さが目立つ。

たったそれだけの事なのに、人間を威嚇するには十分だった。

「え!?ち、違っ……!あ、あたしは、ただ……」

「アカンわー、もう知らんで」

少年がそう言って早々に、自身の隊長を置き去りに逃げ出した。

「お!いい具合に美味そうになってんじゃねーか!!」

喜びを表したグリードが女に近づいて行く。

そして悪魔の手が女へと伸ばされ。

「や…、やめっ──」

パァン!と体内から爆破されたように、女の身体が周囲に飛び散った。

血飛沫が煙状となってその場を赤く染め、その返り血を浴びながらグリードは喜びを表す。

「ギャハハ!!久々のご馳走は最高だなァァ!!さーて、次の飯は──」

「下卑た面だ。ここまで虫酸が走る様な顔も、そう多くはないだろう」

スッ、とグリードの前に立ちはだかるシーラ。

そして背後にはユリィも控える。

「おいおい。生きの良い奴が多いぜここは。で?俺を喜ばせてどーすんだ!?アァン!?」

「シーラ様、こいつらが悪魔なのですか?確かにそんな顔はしてますけど」

悪魔の威嚇に動じないユリィ。

もちろんそれはシーラの能力あっての事。

ユリィを含め能力で精神を御するからこそ、こんな堂々とした態度でいられるのだ。

「まったく。こんなつまらぬ者共を呼び込むとはな。ヨハンも地に落ちたものだ」

余裕たっぷりを装う二人に対し、グリードが動く。

「……そうかい。じゃあしょうがねェ。少し、遊んでやるかァァ!!」

「ぐっ!!」

グリードのオーラが強まる。

当然ながら、シーラ達に余裕などありはしない。

けれどここで虐殺を眺めるだけなど、到底出来ない相談である。

なので対象の一人だけでも注意を引き、その間に他の騎士達を避難させるつもりでいた。

だがやはりシーラ達の力の比ではない。

人間の理解を遥かに超越した、未知の恐ろしさがここにあった。

最早引き付ける事も難しい。

全滅の二文字も頭に過る、そんな場面で。

人間の枠を越える者が一人、ここで介入する。

「それじゃあ盛大に、死ねェェ!!」

「──ちょっと、何をやっているの?」

瞬間、グリードの動きが停止した。

驚きのあまり目を見開くシーラ。

「き、貴様!何故ここに!」

悪魔の動きを文字通り“止めた”人物が、シーラのセリフを遮って文句を言ってのける。

「このわたくしを痛め付けた貴女が、こんなのを相手に何をやっているの?って、さっきから聞いているのよ」

少数の兵を連れてこの場に現れかつての敵に檄を入れるのは、ルベール王ことエリカだった──。




シンは急ぐ。

疾駆する騎馬も、悲鳴を上げないのが不思議な程の速度で以て。

「チックショー!!こんな遠かったのか、この国は!」

率いるのは、聖騎士隊の中でも優秀な精鋭隊。

ルベールでカレンと合流したシンは、直ぐ様アラゴンの守護する自国へと戻るよう命令を受けた。

嫌な予感がする、と。

そんな道すがら、突然の巨大な爆発音である。

それももう何度目か分からない。

(アラゴンの爺さん、無事だろうな!?)

聖騎士隊の副隊長であったシン。

アーシェ亡き今、その隊の隊長を任されていた。

アーシェの後任。

それはシンにとってこれ以上ない程の重責。

期待に応えなければならないという思いが強いからこそ、必要以上に力んでしまう事も理解はしている。

だからアーシェのような実力も発揮出来ないし、そもそもそんなポテンシャルは持っていないと。

少しばかり卑屈にも考えてしまっていた。

だからシンは気付かない。

自分が如何に重要な役割を与えられているかが。

そしてそれに気付くのは、全てが決着する寸前であった――。


やがて見えてきた戦場。

そしてその域から、一人の少年が逃げ出したのを見つけるシン。

(あいつは、確か!)

「隊長!どうしますか!?」

シンは少しだけ考え、やがて覇気を放つようにして隊に指示を飛ばす。

「いいか皆の者!あの鬼教官の泣きっ面を拝める又と無い機会だ!精々肩でも貸してやり、日頃のお礼に御老体を労ってやれ!——精鋭隊、アラゴン殿の援護を!!」

「「はっ!!」」

戦場へ突入する隊を横目に、シンは逃げ出した少年を単騎で追う。

ルベールの道中で道を塞いでいた、気の抜けきった様なあの少年だ。

「おい、待て!止まれ!」

「あー、あんたはさっきの」

気だるそうにこちらへ振り向いた少年に怒りを覚えたシンが掴みかかろうとした所で。

「お前!この状況どうしてくれんだ──」

「──驚きましたね。こんな場所で、いったい何をしているのですか?このゲス野郎」

呼び止めたのも束の間、プライドと呼ばれていた悪魔の一体がこちらへとやって来た。

「あーあ、見っかっちゃった。オレこの人、めっちゃ苦手なんよなー」

「お、おい!何だ、こいつは!?」

シンが驚愕の顔を見せる。

漆黒とも取れる長い髪に、まるで人形の様な無表情さを張り付けた女だ。

そして何より、この女の纏うオーラは明らかに人とは違う。

あまりに禍々しく呼吸も苦しくなる程だ。

なのにこっちの少年の方は、未だに気だるげである。

「ゆーとくけど、この状況を作ったんはこの女共や。せやからオレ、行っていい?」

「いい訳ないだろ!」

「いい訳ないでしょう?」

「おー、息ぴったり。パチパチ」

シンは反射的に、女は冷静に。

そんな奇妙なハモりに何故か拍手を送る少年。

けれど如何せん、少年は空気を一変させ始める。

「あんなー。オレ今、機嫌悪いねんて。あんまうっさいと、ほんまにしばくで?なぁ、“傲慢”?」

こちらもまた、人間では有り得ない異様なオーラ。

それに傲慢と呼ばれた悪魔が応戦の意を示す。

「仕方ありませんね。目的とは違うのですが、こちらのカス風情には少し痛い目にあって貰いましょう」

(おいおい……。今この世界で、何が起きてるんだよ!?)

シンは自分の知らない存在に対して、ただ息を呑むしかなかった。

こうして大戦は瞬く間に広がり。

全てを支配するのは文字通り。

人の理解の境界線を失った、混沌である──。


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