第18話Discord
◇
「なあ、ヨハン。俺には何で、お前と出会う前の記憶がないんだろうな?」
「ふむ……。どうして、だろうね。けれどヒイロ、ある程度の推測は出来るんじゃないかな?例えば君は別の大陸で産まれた、とかね」
「それ、記憶を失くす理由になってんのか?」
「原点の話さ。実際、この大陸で君の出生を知る者はいなかった。そして、君は気付いているかい?」
「何に?」
「君の瞳の事だ。時折、君の左目が緋色の輝きを帯びる。古来よりその色は悪魔の象徴なんだよ。だからその二つの要素には、関連性があるんじゃないかと僕は思っている」
「迷信だろ?そんなもんいるわけ」
「ヒイロ。僕だって信じたくはない。でも世界は決して優しいものでもない。いいかい?書物にはこう記されている。悪魔は“七体”存在し、そして彼らはこう名乗った。──『大罪の悪魔』と」
◆
不穏な空気が三者の間に流れる中で。
思案していたヒイロは、自身の見解を再度組み立てる。
(……そうか。選択を迫られているというのは、そういう事だったのか)
眠らされていたヒイロは知らなかった。
既に他の大陸の殆どが悪魔の餌食となってしまっていた事を。
事態の急速化を見越していたヨハンとでは雲泥の情報差があった。
もちろんそれも彼の計画の内だったのだろう。
だからヨハンは最初からこの地の人間を含め、大陸もろとも悪魔に売り渡す気でいたという事になる。
なる筈なのだが。
(でも何だ?こいつはその先に何を見ている?)
「ねぇ。さっきから、何の話をしているの?それに、今の爆発は?」
カレンが二人に問い掛ける。
その表情は、不安そのものだ。
「姉さんには後々知って貰う事になるだろう。今何が起きているのか。これから何が起きるのか。それから“僕と姉さんの秘密”についても、ね」
そう告げるヨハンが、今度はヒイロに視線を向けて語り出す。
「今回外から来た彼らは、過去に滅ぼされた大陸の生き残りだ。と言っても彼らは悪魔を見たことがない。襲撃を受けたのはずっと昔の話だからね。まあ一人変わり者もいるけど」
何やら愉しそうな表情をしているヨハン。
「今回、彼らには餌になってもらった。悪魔は争いを好むんだ。おおよそ五万、まあそれくらいでいいだろう。それだけの生贄がいれば自ずと悪魔達は現れる。いや現れざるを得ない、と言うべきか」
「そうやってお前は何を築くつもりだ?人のいなくなった世界か?」
ヒイロは怒りの目を向けヨハンへと静かに言葉を発する。
けれどヨハンも当然引き下がらない。
「ヒイロ。僕が間違っていると思うかい?でもどうだろう。人はいつまで経っても感情を抑制出来ない。その結果がこれさ。いとも容易く戦争へと発展してしまった。始めから調和を望んでいれば、彼らの様な脅威から人々を守れたかもしれないのに。実に愚かしい」
やれやれといった素振りのヨハンに、ヒイロは黙ったまま続きを促す。
「そもそも世界と人間とでは求めるものが真逆なのさ。人が平和や幸せを望むという事は、それだけ得られていない事実が世界にあるという証明に他ならない。それはつまり、暗に示されているんだ。悲劇なくして世界は成り立たない、とね。それを人類は身を以て知るべきだ。君なら理解出来るだろう?」
ヒイロは一度目を閉じ、そしてゆっくりと見開く。
その左目は妖艶な緋色に染まっていた。
「ヨハン、お前は何も分かってない。お前の出した結論は不十分だ」
「……不十分?何がだい?」
「確かに人は愚かだ。正しい選択を選び続けられる奴なんていない。だが人が何かを思い行動して結果が生まれる。それら一つ一つの事実を組み上げながら、少しづつ人の手で作り上げていくことこそが世界本来の在るべき形だろ。それがどんなに歪なものであろうと、例え悲劇であろうと。俺達はそれを受け入れ次に繋げていくしかないんだ」
強い意志を言葉に宿し、緋色の瞳が輝きを放ってヨハンを射抜く。
「今のお前は人を愚かだと見下してるだけの、神を気取る道化に過ぎない」
放つ威圧的なオーラがヨハンを怯ませる。
シーラの精神に干渉する能力に近いものであり、同時にそれはヒイロ本来の能力の副産物でしかない。
「……知っていたよ。君ならそういう見解を示すだろうとね。でも、もう遅い」
そう言ってヨハンがこの場を後にしようと踵を返す。
「君ならきっと、僕の意図にもいずれ──」
「おい、待てよ!今なんて」
ヨハンの言葉を聞き取れずに呼び止めるも、彼は姿を消した。
そして突如現れた存在により、この場は急速な緊張感に包まれる。
それはまるで、圧倒的な上位の風格。
「──フフ。美味しそうね」
神秘的なまでの美しさを放つ、“悪魔”であった──。
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