第17話Progress satisfactory

ギィン、ギィンと。

ぶつかり合う金属音があちこちで飛び交う。

既に大戦はエリカの指示なしに軍を動かしたハロルド率いるルベール国との戦闘へと移行していた。

「親衛隊、前へ!遊撃隊は一旦下がって!」

クリム軍を率いるユリィが、忙しなく隊に指示を送る。

「ふぅむ。ちと数が多過ぎるのう」

長年ロレイヌの守護騎士達を統べてきたアラゴンも、数の差に圧されていた。

「ユリィ様!いかが致しますか!?」

この場にいたクリムとロレイヌの軍を合わせた総数の約二倍にあたる敵軍。

兵士達も悲鳴を上げたくなる状況であった。

「騎馬隊は援護を!私が前線へ出る!」

そう告げたユリィは空かさず両手に武器を取り上下に振る。

銃となったそれらを構え、騎馬を駆り敵陣へと向かう。

「はぁっ!!」

銃声を幾つも鳴らしながら、周囲の敵を撃ち抜いていくユリィ。

けれど援護を担う騎馬隊も徐々に数を減らしていき、力尽きるのは目前であった。

(くっ!てゆーか私、いつもこんなだな)

自分の力の無さに嘆きながらも、仲間を見捨てる気はない。

けれどやはり不可能なものは不可能なのだ。

自身の乗る騎馬を抑えられ飛び退いて着地するも、そこは既に敵部隊のど真ん中。

銃の乱射も追いつかず弾切れ寸前だった。

体力の余力もない、そんな時。

刀の形状をした剣を振って駆けつけたアラゴンが、ユリィに助太刀する。

「ユリィ殿、焦ってはいかんぞ」

「アラゴンさん!すみません!」

「なぁに、謝る必要はないて。……じゃがまぁ、焦りたくなるのもわかるがのう」

背中合わせになるユリィとアラゴン。

援軍はもうここまでたどり着けそうもない。

ここを死地と捉えてもおかしくない、そんな状況の中で。

「私は……、最後まで諦めませんから!」

「その意気や良し!まあ、ちと老体には堪えるがの」

足掻き続ける事には意味があるのだと二人は思う。

もしかしたら一瞬先は希望に変わっているかもしれないのだから。

そんな中、突如として敵部隊の後方から悲鳴が聞こえてきた。

「何!?」

だがそう易々と希望は訪れてはくれないのか。

それは友軍でも敵軍でもない。

全く別の勢力の介入であった。

「少し、遊んじゃってもいいよねぇ?」

「まー、下っぱのオレに止める権利はないんで」

大多数の部隊で構成された、未知なる者達。

纏う衣服もここでは見ない物であり、更にその手には見た事もないような武器が握られていた。

「ひゃははっ!ほーれほれ!」

鞭のような武器が宙を広く舞い、それをまともに受けたルベールの兵達は成す術もなく血飛沫を散らせて倒れていく。

そうして一気に薙ぎ払いながら、女は楽しむかのようにして一方的に嬲っていった。

「……何が、起きてるの?」

(これは!不味い事になってしもうたの)

呆然と眺めるだけのユリィに、自身の知識から結論を見出だしたアラゴンが危険を知らせる。

「ユリィ殿、ここは不味い。一旦離れて──ぐっ!」

「アラゴンさん!?」

ユリィの頬が血潮に濡れる。

ユリィを庇う形で背中を大きく斬られたアラゴンがそのまま倒れた。

「あれぇ?こいつは殺しちゃダメな奴だったっけ?」

「あー、そやったよーな?わかりませんね」

こちらまで迫って来た謎の者達が言い合いをする中で、ユリィは気にせずアラゴンに声を掛ける。

「アラゴンさん!しっかりしてください!今、救護班に手当てを──」

「よい、無駄じゃ……」

「そんな!でもっ!」

「それより早く……逃げなさい……」

アラゴンの忠告も虚しく。

こちらに割って入るのはアラゴンを切り付けた当人で隊長格らしき女。

そして隣には、いかにも気だるげな少年。

「ちょっとぉ!逃げられたら困るんだけどぉ!あたし達はこの国のトップ連中に用があるの!」

「はー、オレらに殺す気はなかったんやけど。多分」

だがそんな二人の言葉などユリィの耳には全く入らない。

「……アラゴンさん。私やっぱり、逃げません」

「駄目、じゃて……。こ奴らは外の……」

「関係ないです!仲間を見殺しにする様な人間に、隊を率いる資格はありませんから!!」

そんなユリィの固い意志が届いたのか。

馬の駆け寄って来る音と共に、凛とした声が響く。

「──良く言った!やはりお前は私の見込んだ通りだな、ユリィ!」

疾風の如く駆けつけたのは、隊や国民への避難指示を終えたシーラだった。

「シーラ様!」

「ユリィ!アラゴン殿を連れて救護班の下へ向かえ!」

「はい!」

謎の勢力の乱入により機能停止となったルベール軍を素通りしてユリィとアラゴンは退避する。

それを見送ったシーラは乱入して来た問題の人物たちへと視線を移す。

「さて、お前達。好き勝手に暴れるのはここまでだ」

「はぁ?えっらそうに!あんた一人に何ができんのよ!」

女が決まり文句を発するも、最早ここで争う事に意味はない。

それを知っているシーラは少しの間をおいて、ヨハンから聞かされた事実を告げる。

「お前達も利用されたに過ぎない。この大戦を餌にして、直に『悪魔』が来るだろう――」




その頃。

ルベール国の王都を抜けた平原にて。

この地に残っていた兵士や国民らを引き連れたヒイロは、カレン率いる聖騎士隊と合流していた。

大群衆の列は今回、大戦真っ只中のロレイヌ正門方面には行けない為、迂回して裏門から入国する予定であった。

そんな大行列が進行する中、カレンが疑問を口にする。

「あの方はどこへ行ったの?」

それはエリカの事である。

自国で起きた問題にもかかわらず、当の国主がいないとはどういう事なのか。

まさかとは思うが、今更国民を見捨てた訳ではないだろうかと疑うカレンにヒイロが言う。

「あー。あいつなら遊びに行ったよ」

「……本当に、信じられない王様ね」

呆れ返るカレン。

ヒイロもエリカの目的地を教えて貰った訳ではないが、けれど見当はついている。

それなりの理由を持って、恐らくは大戦が行われている正門へと向かったのだろう、と。

(ま、あの感じなら実際、遊び気分が含まれてるんだろうけど)

内心でそう思ったヒイロ。

だがそれでも自分のやるべき事は変わらない。

如何にして争いを最小限に留めるか、極力犠牲者を出さないようにするかが今後の鍵となるだろう。

だが既に大戦は勃発している。

今更自分が手を尽くしたところで、とも同時に考えが過ってしまう。

そしてさも当然であるとばかりに。

前方から歩いてくる一人の人物が何気ない素振りでこちらに声を掛けてくる。

昔から見慣れた歩き方でゆっくりとした足取りの、そして今は怒りを覚える声の男だ。

「——忙しそうだね?ヒイロ」

「遅かったな。どこで寄り道してたんだ?」

「少し、友人と会っていてね」

臆面もなく現れたヨハンに対し、カレンが問い掛ける。

「ヨハン?何故あなたがここに?」

「久しぶりだね、姉さん。でも僕がここにいるのは最早、必然なんだ」

カレンは実の弟が首謀者である事を知らない。

何を言ってるのか分からない弟に対して、けれどこの時既にどこかで嫌な予感がしていた。

懐疑的な表情でヨハンを見つめ、その言葉の真相を促す。

「どういう事?」

そんな姉に対してヨハンは淡々と、本当に何でもない事のように話し始める。

「それは僕が戦争を引き起こした張本人だからさ。僕らの父上を殺したのも、僕自身だ」

「……え?」

ヨハンの言葉は嘘偽りのない真実。

父を手にかけ更には能力である『刷り込み』をし、自分の姿はヒイロだという植え付けをしたのだった。

「見ていたのだろう?あの日殺害を図り逃げ出したのは、僕だったんだよ」

「……そんな」

数年前の自国の城での出来事。

カレンは父が殺された現場にたまたま出くわしていたのだ。

犯行に及んだ者は完全にヒイロの姿であった。

だからヒイロを恨む事が正しいのだと思っていたし、当然疑う余地もなかった。

ならばこれまでの全ての経緯は何だったと言うのか。

そんな信じられない様な事実に直面し、やや混乱状態のカレンに代わりヒイロが口を挟む。

「そしてそのまま、今度はエリカを利用した」

「おや、気付いていたのかい?」

「からかうなよ。そもそも俺は、あいつとは面識がなかったんだからな」

ヒイロがエリカに初めて会ったのは、アーシェに助けられたあの時だった。

けれどエリカはヒイロを“知っていた”。

つまりここでもヨハンの刷り込みが行われていたという事になる。

勿論ヨハンが行った刷り込みはこれだけではないのだが、こうしてヨハンは見事ヒイロを大罪人に仕立て上げたのであった。

「くくっ、冗談さ。でも、そうか。君はもう僕の能力に気付いているんだね?」

「ああ。記憶操作の類いだろ?或いは認識操作か」

「その通りだよ。素晴らしい。それでこそ悪役だ」

そんな二人のやり取りを聞いてカレンは幾つもの疑問を覚える。

この二人が昔からの親友なのは知っている。

そもそもヒイロを紹介してくれたのはヨハンだった。

ならばどうしてヨハンは親友のヒイロを貶めるような真似をしたのか。

何故こんな争いを引き起こしたのか。

そして、悪役とは何なのか。

「ヨハン……。あなたは、どうして……」

「……そうか。君はまだ伝えていないんだね?」

「……。」

沈黙するヒイロ。

フッ、とヨハンは笑みを溢す。

これがそもそもの原点であり、そしてこれまでずっと隠し続けていた“ヒイロの秘密”。

口にしたらもう元には戻れないであろう秘匿すべき禁忌。

それを今、ヨハンは言葉にする。

「ヒイロはね、産まれながらの悪役なんだ。彼こそが正真正銘の、『悪魔』なのだから」

「悪魔?いったい何の話を──っ!?」

カレンが疑問の言葉を口にしていた最中、物凄い爆発音と地響きが届いた。

それはロレイヌ国方面からである。

「どうやらご到着のようだ」

ヨハンの言葉によってヒイロは自身の予感が正しかった事を知る。

やはりロレイヌで起きている大戦こそが本命の“餌”になっていたという事。

「もう気付いているだろう?君が想定していた『三国戦争』はその通り、 目的の為の手段でしかない。でも僕は、君とは真逆の答えを出した。僕の本来の目的とは、“君以外の全ての悪魔を誘き寄せる事”さ」

それを聞いたヒイロが顔を強ばらせる一方で。

ヨハンの口元がゆっくりと歪んでいくのだった──。


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