第15話Master and pupil

急ぎ騎馬を走らせるヒイロの腰には、漆黒の刀が携えられていた。

数刻前――。

ヒイロが記憶を取り戻して、ユリィと遭遇した後。

カレンの動向を知ったヒイロは単身ルベール帝国へ向かう為、ロレイヌ連邦国の国軍駐屯地敷地内にて騎馬を調達していた。

(俺の考えが甘かった、もっとカレンの心情にも配慮するべきだったんだ!そもそもアーシェは俺を逃がす為に死んだというのに、くそっ!)

アーシェの仇討の為に聖騎士隊を動かしたカレン。

記憶を失っていたとは言え、自分が原因になるのだから本末転倒もいい所。

逃げ惑う事しか出来ていなかった自分が不甲斐ないどころか許せない、と。

そんな憤りすらヒイロは感じていた。

だが同時に、酷く冷静な自分もいる。

もう起きた事は仕方ないのだと。

実際そう割り切らなければ先には進めない。

何より今優先すべきはカレンの安否だ。

ヒイロはルベール王を警戒している訳ではなく、そこに現れるであろうヨハンこそが気掛かりなのだ。

ヨハンは先手を討つ為に画策しているのであり、だからこそカレンという“重要人物”を放って置く訳がないと考えていた。

けれどそれ以上に。

ヒイロがカレンの元へ駆け付けたい個人的な理由がある。


考え事をしながらヒイロは騎馬の鞍に片足を掛ける。

騎馬は大人しく跨らせてくれるようであり、ヒイロはそのまま勢いよく騎乗しようとした、その時。

自身の今居る馬小屋にて、入口からこちらへ向かってくる足音が耳に入った。

慌てて馬から飛び降り、その方向へ目を向ける。

そこに現れたのは反抗組織を見事返り討ちにした老齢の剣士、アラゴンだ。

今度はルベール軍を迎撃する為の準備を行っていたところ、たまたま通り掛かったのであった。

目が合ってしまった二人はどちらからともなく刀を抜く。

アラゴンは木彫の鞘から音もなく、ヒイロは所持していた漆黒の鞘を口に銜え、右手で引っこ抜く様にして。

互いに様子見はなかった。

間隔も束の間、一瞬にして幾つも切り結ぶ。

ガキィン、ガキィン……!!と何処かけたたましいまでの音を鳴らしてぶつけ合う刃。

阿吽の呼吸で始まった突然の“剣劇”。

時間にして凡そ数秒。

その後、距離を取ったアラゴンが先に口を開く。

「……ふむ。てっきり腕が鈍っておると思っとったんじゃが。まあ息抜きくらいにはなるかのう」

昔から散々聞いてきた老人の小言。

多少の文句は言いたくなるも、今はそれどころではないと捲し立てる。

「言ってろジジイ。悪いが急いでるんでな、説教なら後にしてくれ」

そう言って再び騎馬に跨るヒイロ。

アラゴンは考えるような素振りを見せ、ヒイロに対し一つだけ尋ねてくる。

「ヒイロよ、お主は何処まで此度の戦に関わっておるのじゃ?」

それに対しヒイロは真顔で応じる。

揺るぎない決意を込めた表情であった。

「それを確かめに行く。それとなジジイ、――カレンは死なせない。これだけは約束してやる」

そう言ってヒイロは騎馬を走らせる。

アラゴンもそれを阻む事はせず、素直に道を譲った。

すれ違いざま、二人は簡潔な言葉を投げ合う。

「死ぬなよ、ジジイ」

「お主もな、愚弟子」

互いに振り返りはしなかった。

そのままヒイロは駐屯地を抜け、単身ルベールへと向かう。

ロレイヌの正門を抜けるそのタイミングで、ヒイロは右手で胸に十字を切った。

育てられ鍛えられた自国に、別れを告げるようにして――。




一方。

クリム城内部、王の謁見の間にて。

急ぎ戻ったシーラは良からぬ遭遇を果たしていた。

「どういうつもりだ、ヨハン!」

名を呼ばれた男は何でもないかの様に挨拶をする。

「やあ、シーラ。二ヶ月ぶり、だったかな?でも君がここに来たという事は、どうやらヒイロは気付けなかった様だね」

「何の話だ!」

敵意を剥き出しにするシーラの眼前では、血だまりに倒れ伏している自国の王の姿があった。

「もちろん気付いたところで同じ事だ。どうしたって手がまわらないし、まわったところでやはり同じ事なのさ」

「何の話だと聞いている!」

憤りを露にしたシーラに、ヨハンはそっと語り掛ける様に言葉を紡ぐ。

「君はとても真っ直ぐな目をしている。だから見えないのさ。目の前の人間が、どう周囲に関わっているのかがね」

「……まさか、お前が?」

困惑していたシーラだが、自身の抱いていた疑問に対してようやく答えが出た。

ヒイロがユリィ越しに伝えてきた黒幕の存在。

反抗組織の進軍は混戦を招く為のもの。

そしてクリム王を手に掛けたのは疑いようもなく目の前にいるこの男である。

これだけ材料が揃えば、もう十分だろう。

「最初からヒイロは利用されていたのか」

「……さて、僕はもう行くよ。これから客人が来るんだ」

シーラの言葉には応じず、この場を後にしようとするヨハン。

「待て!お前の目的は何だ!」

振り返るヨハン。

一瞬の逡巡を経て、一つの真実をシーラに語る。

「目的?……そうだな。君は、――を知っているかい?」

語り出した内容はヨハンとヒイロだけが知る、驚愕の事実だった──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る