第13話Ruler on the board
◇
「君は、『外の世界』について考えた事はあるかい?」
「外?それは家の扉から出た時の話か?」
「くくっ、君の発想は面白い。でも違う、世界そのものの話だ。この大陸の向こうにはね、別の大陸が存在している」
「海を越えた先に、って事か?それなら誰だって知ってる。でもそこには何も無い。誰もが知る常識だろ?」
「そうだね。けれど常識なんてものは所詮、過去の人間が示唆してきたルールの一種に過ぎない」
「何が言いたい?」
「確かに、皆が知るのは何も無い土地だ。だが過去の書物には、そこには大国が存在していたと記されている物もある。そしてその大陸の先にも、また別の大陸がある、とね。だからねヒイロ。僕らは案外、世界を知らないんだ──」
◆
ヨハンの言葉が甦る。
かつての親友はいつだって、人とは違った観点で物事を見ていた。
けれど彼はヒイロを罪人に仕立て上げ、更には実の姉であるカレンまでも利用しようとしている。
ヒイロが許せないのは唯一つ。
ヨハンは自身の思想を体現する為に、他の命すべてを犠牲にしても構わないと考えているという点だ。
自分も、そして彼も。
見据える物は同じだというのに。
こちらに近付いて来る音は、駆け足のそれ。
ヒイロの下までたどり着いたユリィが第一声を発する。
「はぁ、はぁ!やっと、見つけた!」
そんなユリィを見て思案する。
ここまでの戦争拡大を促された今、自分が取れる最善の手段とは何か?
そしてヨハンが次に取る手段は何か?
少なくともヒイロは知っている。
戦争自体がヨハンの目的ではない事を。
戦争の先にこそ真意があるのだという事を。
「……なあ、ユリィ。お前には俺が、誰に見える?」
「え?誰って、ヒイロにしか──」
何が起きて誰がどうなったのか。
端から見れば何も分かりはしない。
ただそれは二人の目が合った瞬間の出来事であり。
緋色に染まったヒイロの左目が、妖艶に輝いているだけだった──。
ルベール軍が迫り来る。
それを知ったシーラの額には、嫌な汗が滲み出ていた。
それは敵が迫っている事に対してだけでなく、自身の傷口が思った以上に開いてしまっていた事も含めてのものであった。
そんな中でユリィが戻って来るも早々に戦闘準備をし始める。
「シーラ様!遅くなりました!」
それに対して不自然に思ったシーラは問い掛ける。
「ヒイロはどうした?」
「それがですね、逃げられてしまいまして……」
申し訳なさ気に言ったユリィに対し、やはりしっくりこないと感じるシーラ。
何かが変だと思いながら問いを重ねる。
「逃がしたのか?なぜ追わなかった?」
「えーっとですね、ヒイロに言われちゃいまして。ルベール軍が迫っているのに、こんなところで遊んでていいのか?って」
「それはまあ、確かにそうなのだが。なぜ奴が知っていた?」
「さあ?そこまではわかりませんが」
いくつかの疑問が残るが、それを考えている余裕はない。
実際ルベール国が擁する軍は三国でも最大数を誇る。
いくら王が不在と言えど、ユリィ一人が欠けるだけでも不安材料は当然増すのだ。
「それとですね。まあ、騙そうとしたのかもしれませんが……」
「何だ?」
「裏で糸を引いてる者がいる、と。その者の目的なんですが。軍が出払って手薄となったクリムを制圧する事、だそうです」
「!いや、まさか……」
ヨハンの計画が戦争を踏まえたものだとするならば、被害を拡大される恐れがある。
そう推測したヒイロは既に後手に回ってしまっている現状において、せめてシーラを一度自国へと戻すべきだと考えた。
今後の展開を想定して、クリム国民を非難させることが目的でだ。
そしてもう一つ。
カレンが利用される可能性がある。
「それで、シーラ様。ロレイヌ王はどちらにいらっしゃるかご存知ですか?」
「何故だ?」
「念のために警護を固めた方がいいとも言ってましたので。クーデターが起こるならこのタイミングだろうと」
するとこちらの話を聞いていたアラゴンが、ゆったりとした動作でやって来た。
「カレン様なら国にはおらんぞ?聖騎士隊を連れて、ルベールへ行ったわい」
留守を任されたアラゴンは、王の目的を知って尚止める事はしなかった。
アラゴン自身も気持ちは同じであったからだ。
「ロレイヌ王がですか!?やはりアーシェ殿の仇討ち、ですね?」
「まあ、どう取って貰っても構わんかのう。国を担う立場としては、私情で軍を動かしたなどとは到底言えんのでな」
シーラとアラゴンのやり取りを聞いて、完全に出遅れた事に気付いた“ヒイロ”。
(ちっ!ここまで計算してたか、あの野郎!)
ユリィは一度瞼を閉じると目を見開き、急に辺りを見回し出した。
そんな挙動不審な動きが気になったシーラが声を掛ける。
「ん?どうした、ユリィ?」
「──え?あ、あれ?私……、え??」
「おい、しっかりしろ。どうしたと言うのだ?」
あからさまに態度がおかしいユリィに、シーラはやや心配そうに問い掛けた。
「え、えーっと。ヒイロはどこに?」
「は?お前が取り逃がしたと言ったのだろう?」
「そう、でしたっけ??」
納得のいかない態度のままのユリィ。
そしてそれはシーラもなのだが、今はそれ以上に自国への杞憂が頭から離れない。
「……ユリィ。現在、国に残っているのは偵察隊だけか?」
「え?いえ、防衛隊がちゃんと残ってますよ。だってシーラ様の指示でしたよね?」
「ああ、そうだ。だが私は防衛隊に、国外からに備えての指示しか出していない。だから国の中心地や城周辺には偵察隊しかいない。そうだな?」
「は、はい。城の警備を担当している親衛隊も、ここにいますからね」
(つまり内部は隙だらけ、か)
クリムを抑えるなら絶好の機会。
国内に侵入されてしまえば終わりだ。
「ユリィ、私は国に戻る。ここは任せていいな?」
「え!?急にどうしたんですか!?」
自身の発言がきっかけであると言うのに、何故か急な展開に感じ驚くユリィ。
それを他所にアラゴンが返答する。
「よいよい。ユリィ殿とわしでルベール軍を追い払っておくゆえ。お主は戻った方がよいじゃろう」
「助かります!ユリィ、話は後だ。アラゴン殿に指示を仰げ」
「は、はい……」
不可解な状態のユリィも気になるが、アラゴンに背中を押された事によりすぐさま思考を切り替えるシーラ。
(どうか杞憂であってくれ……!)
ヒイロが立てた推測、それに乗ったシーラ。
進軍するルベール軍に、カレンの私情による行動。
これらは全て、ヨハンにとっては盤上の駒である。
チェックメイトまでの手順は計算済みの、いわば一方的なゲーム。
自分ではこの状況を覆す事は不可能なほど、完璧な『計画』。
だからヨハンは期待をしている。
ヒイロがどこまで自分の意向に沿ってくれるのかを。
(果たして世界に選ばれるのは、君と僕のどちらだろうね?)
そうして物語は佳境へ突入し、後に人々はこう語る。
『あの日を境に、天は消失した』と——。
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