第12話Remind

この世界には、特殊な能力が存在する。

それは先天性のものであり、持って産まれた者は各国が優遇し重宝した。

けれど能力にも力の差はある。

低い者はほんの細やかな事が出来るだけであり、逆に高い者はそれだけで兵器にも成り得るのだ。

そんな中でも絶対的な力を持つ能力保持者が少なくとも三人いる。

一人はルベール国の王、エリカであり。

一人はロレイヌ国の王、カレンである。

そしてもう一人はと言うと、誰にもわからない。

理由は、誰もその者の能力を見た事がないからだ。

それもその筈。

その者の能力とは『刷り込み』である。

対象に自身の描いた映像を植え付ける力。

故にこの男がその気になれば、“大多数の人間を騙す事が出来る”のだ。

そもそも何故ヒイロは争いを引き起こしたのか。

そして何故ヒイロの犯行だと根拠もないのに誰もがそう認識しているのか。

そう、すべての始まりは。

一人の男による、壮大な思想に基づいた『計画』からであった──。




戦が始まって数時間が経過し、緋色は隣接していた森へと逃げ込んでいた。

「くそ!!」

もう誰も信じない。

もう何も信じない。

そう固く決意した緋色だが、現状を考えると生存する事の方が難しい。

「はぁ、はぁ。……もう、疲れたな」

何度逃げればいいのか。

何度殺されかければいいのか。

それならばいっそ、さっさと死んでしまった方がよっぽど楽なのではないだろうか。

生にしがみつく理由も、もう良く分からない。

(あー、もういいか。本当に、疲れた)

意識が薄れる。

実際、ここに来てからは殆ど眠れていなかった。

けれど今更になって瞼が重くなってくるのを感じる。

(眠い──)

こんな状況だと言うのに、急激な睡魔が緋色を襲ってきた。

だけどこれで、ようやく楽になれる。

恐怖感を捨てて死ぬ覚悟さえしてしまえば、後は寝たもん勝ちだ。

そんな発想に辿り着いた緋色は、そのままゆっくりと眠りに就いていく。

もう何もかもどうでもいいと、そう思いながら——。




『──ヒイロ、ヒイロ』

(……誰だ?)

うっすらと覚束ない頭で、微かな声を聞き取る。

『ヒイロ。そろそろ起きなければ』

(……もういいよ。もう、疲れた)

心の折れた緋色に、呼び掛ける声は続ける。

『君はこんなところでくたばるのかい?『悪役』が聞いて呆れるよ』

(悪役?)

『そう、君は悪役なんだ。このまま死ぬなんて事は、世界が許してはくれない』

(何を言ってるのか、わからない!)

理解の出来ない言葉にいい加減うんざりだと思い、感情が昂った。

それに構わず声の主は真実を語り出す。

『いいかい?君はずっと、“夢”を見ていたのさ』

(夢?)

そうか、この時代に飛ばされてしまった事は全て夢だったのか。

ああ、助かった。

これでようやく元の時代に帰れる。

そう安堵する緋色に対し、真実というものはやはり無慈悲であった。

『君は未来からこの時代に来たのだと、そう思っているのだろう?でもそれは違う。君は初めからこの世界にいて、長い眠りに就いていただけだ』

(……嘘だ)

『嘘じゃない。では未来にいたのなら、そこはどんな街並みだった?どんな生活をしていた?君が関わった人々は、どんな顔だった?何も思い浮かべられはしない。それらは全て夢の中の、抽象的なイメージに過ぎないのだから』

緋色の中で何かがひび割れる音がした。

そんな真実など、望んでいない。

『さあ、思い出してごらん?』

(嘘だ!そんなの、嘘に決まって──)

否定の言葉を発しながらも、脳が行う記憶の処理は止められなかった。

そしてひび割れていた何かが、とうとう砕けてしまった──。




「やあ。気分はどうだい?」

何気ない気遣いをしながら様子を伺う男は、白いローブを纏っている。

そんな飄々と言ってのける男に“ヒイロ”は声を発する。

「……ああ。最悪な気分だ」

「それは良かった。悪態もつけない君では、張り合いが無いからね」

いちいち揚げ足を取るのはこの男の習慣的なものであり、それにいちいち反応などしていられない。

この男を良く知っているヒイロはそう思った。

そう、昔から知っているのだ。

幼い頃からずっと一緒にいたのだから。

「それで?俺を叩き起こして何が狙いだ?ヨハン」

男がローブから顔を出す。

少し長めで、色素の薄い茶色の髪が風に靡いた。

「くくっ。わかっているのだろう?僕が君を起こす理由なんて、そう多くは思い浮かばない筈だ」

男の言葉に心の底から嫌悪感を抱くヒイロ。

「無様に死んだ方が、まだ楽だったろうに」

「それは単なる君の願望だよ。世界はもう選択を迫られているのだから」

「その前にお前を殺して、散々翻弄された報復をしたいところだ」

「でも君は殺せない。……それに僕だって、十分君に翻弄されている」

ヨハンは目を細める。

まるで全てを見通しているかの様なその瞳には、一切の濁りがなく色もない。

例えるなら、真っ白のそれだ。

「僕はそろそろ行くよ。君にしてあげられるお膳立てはここまでだから。それじゃあ」

そう言って去って行くヨハンを眺めながら、内心で愚痴を漏らす。

(良く言うよ。お前のせいで記憶が飛んでたんだろうが)

全てはあの男の策略。

その目的は三国間での戦争。

そしてそれにヒイロは利用されたあげく、昏睡状態からの記憶喪失となってしまっていた。

ヒイロはヨハンの能力を知らない。

けれど何かしらの力が働いたと見ていた。

(……いや、俺自身が逃げ出したかったのかもしれない。このどうしようもない現実から。そこを利用された、か)


この世界の全てのしがらみを逆手に取り、都合のいい様に動かした張本人。

そんな男の名はヨハン・ローライト。

ロレイヌ連邦国の歴とした王子であり、カレンの実の弟である。

「さて、と。仕方ない、先ずはどこから手をつけるか……」

記憶を取り戻して早々に、当面の方針を模索しながら。

ヒイロの左目だけが、“緋色”の輝きを煌めかせるのだった──。


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