第11話Opening war

各国に衝撃が走った。

ロレイヌ王の腹心、アーシェが死んだ。

更にはクリムの騎士団長シーラが意識不明の重体となり、ルベール王であるエリカに到っては意識が残ったままでの瀕死状態であると。

そしてこの機を逃さないとばかりに、反抗組織リベリオンが静かに動き出していた。

これが、いや或いは先の三者の戦いからなのか。

史上最大規模となる戦い“ロストヘブン”の幕開けだった──。




緋色が現れてから2ヶ月が経過していた。

廃村を拠点にする反抗組織にて。

そのリーダーであるライルは、全ての構成員を集めて語り始める。

「俺達は国の権力者共から阻害され続けてきた。赤のクリムに白のロレイヌでさえも豊かだ平等だと言いながらその実身寄りのない者達をスラム街へと追いやり、黄のルベールに至ってはふざけた制度で国民に人権すら与えない。だがそんな各国の横暴も、今日を以て終わりにしよう!」

全員の熱を感じながら、ライルは声を張り上げる。

「時は来た!!今こそ世界に、新たな風を!!」

「「おおーー!!」」

そんな演説を間近に聞いていた緋色は心底、居心地の悪い思いをしていた。

自分にはそこまで熱くなれるような動機もなければ、恨みといった私怨も大してない。

ただ平穏に暮らせればいい、そしていずれは元の時代へと帰る手立てを見つけられれば。

故に戦争をしにいくようなメリットなど何一つないのだ。

そんな心情を察したのか、ヨハンがこちらへと声を掛けてきた。

「場違いに思うかい?けれど君はもう僕らの仲間だ。組織は君を悪い用には扱わない。だから君も、悪いようには思わないでくれ」

「……ああ、わかってるって」

実際ここでの生活にも大分慣れてきていた。

でもどうだろう。

戦が始まるのであれば、今の生活にはもう戻れない。

一難去ってまた一難、月日は経っても不安は到底尽きてはくれなかった。

「さあ、僕らも行こう」

無言で頷く。

自分は能力も使えない上に戦闘経験すらない。

足手まといにしかならない筈なのに、何故か最前線の部隊に配属となった。

『そこが一番戦力が集中しているから守りやすい』と言う理由を聞かされはしたが、納得はしていない。

わざわざお守りをしながら戦う理由が緋色には思い当たらなかったからだ——。




作戦決行日。

今回のターゲットであるロレイヌ連邦国正門から少し離れた位置にて、リベリオンの兵団は今か今かと進軍の合図を待っていた。

部隊構成は大きく三つに分かれている。

緋色のいる最前線の主力部隊。

それを補う形で展開する補助部隊。

後方からの攻撃に備えた守備部隊。

ライルは組織では最強。

だから自然と主力を率いて最前線に出る。

そして戦闘には向かないヨハンは補助部隊にて指揮を取るのだ。

この飄々とした男は、組織でそれなりの地位にいた。

「それじゃあライル、決行の合図を」

「ああ。全員、進軍開始!!」

「「おおーーー!!」」

怒涛の勢いで突き進む主力部隊。

事前調査によるとアーシェを失った国家内では国中が沈みきっており、加えて現在軍の半数が出払っていた。

弱り切った国軍を相手に奇襲を仕掛ける、これが最も効果的だと組織は考えたのだ。

やがて主力部隊率いるライルが国の正門を視界に捉える。

「皆、怯むなよ!!無防備だろうと、敵は憎き相手だ!!」

けれどそう大声を張り上げたライルが、すぐに異変に気付く。

(……何故こんなにも警備兵がいないんだ?)

通常なら大門の外なり上なりに見回りの兵士が居る筈なのだ。

いくら消沈していると言ってもこの時代の背景からして、ここまでの体たらくは国として有り得ない。

ならばこの状況はどういうことなのか。

何を示しているのか。

(……おい。まさか──)

嫌な空気が流れているように感じるライル。

無人の大門の上では白の旗が高々と掲げられており、風に吹かれてバタバタと音を立ててはためかせている。

それが何だか余計に不気味さを醸し出すものだから、身構えると同時に自然と足も止めてしまっていた事に気付いた。

ライルの洞察は冴えていたし、作戦自体を決行するなら確かにこのタイミングしかなかっただろう。

けれど所詮全ては『計画』の域を出ない。

やがて鈍い音が響き渡り、大門がゆっくりと開いていく。

そこには老齢のアラゴン率いる守護騎士隊が迎撃体制で控えていた。

(情報が、漏れていた!?)

「賊がわんさかやって来たのう。さて……、皆の者!苦しむ程度に懲らしめてやれい!!」

「「うおおぉぉーーー!!」」

アラゴンの号令が大きく響き、守護騎士たちが地鳴りと共に突撃してくる。

ざっと見積もっても組織の主力部隊の二倍数を擁する守護騎士隊。

不意打ち狙いがまさかの意表を突かれた形となった。

「ちぃっ!退けーー!!一旦体制を整える!!」

緊迫する組織の面々にライルは素早く号令するも虚しく、後方の部隊から報告にやって来た隊員が無慈悲に告げた。

「だ、だめです!後方では守備部隊が現在、クリム軍と交戦中!挟まれました!」

「バカな!?」

ライルは驚愕と焦燥に苛まれる。

理解が追い付かない程のスピードで事態が急変していくのだから。

(一体何が起きている!?白と赤が俺達を潰す為に手を組んだとでも言うのか!?)

後ろからは親衛隊、騎馬隊を率いて復帰したてのシーラが。

更に後方よりユリィ率いる遊撃隊までもが続いていた。

こちらも総数約二倍と、完全に数で圧倒されてしまう。

堪らずライルは最も信頼の置ける部下に指示を出す、のだが。

「くっ……、ヨハン!補助部隊を展開しろ!!一先ず陣を引いて体制を──」

「それが!何処にも居ないんです!」

ヨハンが任されていた補助部隊の副隊長を担う隊員が、急な隊長の不在を報告してきた。

「……そうか、あいつが嵌めやがったのか!!」

怒りが顔全面に浮かび上がる。

騙した奴も許せないが、騙された自分にも腹が立った。

けれど一刻の猶予もない、最早そういう状況だ。

そしてとうとう苦肉の策に出る。

「やむを得ん!ヒイロを使う!」




程なくして混戦状態に陥った戦場にて、緋色は呆然としていた。

辛うじて主力部隊後方寄りの隊員達に囲まれて守られてはいるが、それも長くは持たない事を悟っていた。

(何だよこれ。こんなの、どうやって生き抜けって言うんだよ)

もはや逃げ場はなく勝ち目もないだろう事が素人目でも分かる。

ならば為す術もなく剣や槍で惨殺されるしかない。

そんな絶望感を味わいながら内心で嘆いていた緋色は、不意に前方の敵が一掃された事に気付いた。

爆発に近い空気圧の放出、その能力保持者はライルだ。

どうやら最前線からここまで戻って来た様だった。

するとライルはこの場に着いて早々、緋色に指示をしてくる。

「ヒイロ!貴様に大役を命じる!ロレイヌと和解してこい!」

(……は?何を言ってるんだ?)

意味の解らないライルの言葉に、説明が続く。

「貴様は大罪を犯した重要人物だ!貴様が名乗り出れば向こうも大人しくなる!」

(……嘘、だろ?)

つまりこのリーダーは『緋色を差し出す代わりに見逃して貰う』と、そう言ってのけたのだ。

目眩がして辺りが歪む。

他人を信じた結果がこれか。

何も考えられないままライルによって連れ出される緋色。

このままじゃダメだと思いながらも打開策が何も浮かばない。

そして気が付けばいつの間にかロレイヌ国の正門に近づいていた。

「嫌だ!やめろ!!」

死に物狂いでライルが掴む手を振りほどく緋色。

抗わなければ即ち死だ。

国に引き渡されれば確実に処刑されるに決まっているじゃないか。

それに苛立ちを露にしたライルが緋色を責め立てる。

「おい、貴様!仲間を見殺しにするつもりか!?」

「お前が言うなよ!くそ!」

苦悶の表情でその場から走り出す緋色。

ライルが追い掛けようとするも、足を止める。

割り込んで来た人物が二人の進行方向を遮ったからだ。

「逃がさんぞヒイロ!貴様は最初から俺達の保険──っ!?」

「はいはい、言い争いはそこまでね」

割り込んで来たのはユリィだった。

そこへ更にシーラが駆け付ける。

「貴様が今回の首謀者か。悪いが言い訳を聞いてやるほど、我々も暇ではない」

「ちぃっ……!」

九死に一生。

とは思えない緋色は空かさず走り出す。

誰も彼も敵なんだと、そう思いながら。

「あっ!シーラ様、どうします!?」

「奴はお前が追え!私は先に、この男を捕らえる!」

「わかりました!」

走り去るユリィを見送ってシーラはライルへと向き直る。

「言っておくが、無駄な足掻きはしない方がいいぞ」

「ふっ、死に損ないが偉そうに。ルベール王につけられた傷はまだ癒えてないのだろう?」

「案ずるな。貴様を葬る事くらい雑作もない」

「ちっ、舐めるなよ!!」

真っ向から詰め寄るライルもまた能力保持者であり、能力は空気の圧縮。

任意の空間に掌を向け、圧縮された空気を一気に解放し前方を薙ぎ払う。

さながら爆発に近いそれは、完全に攻撃特化型の能力と言えるだろう。

けれどライルの立ち位置は、もう既に『モブ』のそれなのだ。

つまり必要性の薄い人物。

「がっ──!」

圧縮された空気を解放する直前にシーラは短剣を投げつけ、それがライルの右腹部に突き刺さった。

本来ならば壁の様な状態となった空気層。

けれどシーラの能力により、一瞬だけライルの精神を揺らし隙間を作り出した。

先刻緋色を隊から連れ出す所でライルの能力を目撃しており、そんな僅かな情報を生かし瞬時の判断力で見事敵を圧倒したのだ。

同じ能力保持者でも、格の違いがそこにあった。

「貴様の引き起こした愚かな行為によって今、多くの命が犠牲となっている。貴様はこれを、どう償うつもりだ?」

「……黙れ……!俺達はずっと、蔑ろにされてきた!」

地に這いつくばりながらライルはシーラを睨みつける。

シーラはため息を吐いた後、ライルに対し説教を始める。

「やれやれ。……我々国家を担う者は、日々国民の為に尽くしているつもりだ。けれど実際、手の回らない部分は多い。だからこそ民の協力が必要不可欠だと言うのに、貴様ら野党は協力どころかこうやって被害を拡散している。大なり小なりそれが繰り返されるから、結局スラムまで手が出せんのだ。わかるか?我々に見捨てるつもりはない。にも関わらず、貴様ら自身が自らの首を絞める行為をしているのだ。いい加減その事に気づけ」

「……ちぃっ」

ライルはシーラへの睨みを強めたが、嘆息し諦観を露にするとそのまま語り出す。

「……ちなみに、お前達に情報を持ってったのはヨハンと言う俺達の仲間だ。奴は寝返ったのだろ?」

「ああそうだ。だがヨハンは初めから貴様たちの仲間になっていた訳ではない。貴様たちの動向を探る為に潜入していたのだ」

「……ちっ、最初から国の犬だったのか。まあそれを見抜けなかった俺が馬鹿だったと言う事だな……」

そうライルの呟きを聞いていたシーラだが、自身の考えが本当に正しかったのか改めて思考を巡らせる。

(奴は遥かに達観した考えを持っている。だから私はそうだと考えたのだが……。本当に潜入だけが目的だったのだろうか?)

そもそもヨハンは現在、表舞台には一切現れていない。

それに現状どこの国にも属していない為国の犬という表現は正しくないし、果たしてどこまで目論見があるのかもシーラには測りかねるところであった。

情報は持っているが、何かしらの目的を持っているのかまでは分からない。

それがシーラの知るヨハンに対しての現状だ。

そんな事を考えているシーラに、次なる魔の手が忍び寄る。

「シーラ様、ご報告致します!反抗組織は戦意を喪失、沈静に向かっております!ですがそれとは別に、東の方角よりルベール軍がこちらへ進軍しているとの事です!」

「……わかった。アラゴン殿にもお伝えしておけ」

「はっ!」

今回はクリムとロレイヌによる共闘作戦である。

アーシェの事もあり、カレンの采配、加えてシーラが自国の王へ直談判し実現したものだった。

だからルベール国の出現は、あの王が動けない今どう考えても不自然だ。

(重鎮達の意思?と言う事は主の報復、か?)

なんとも腑に落ちない自身の見解を他所に。

シーラは一先ず、開いてしまった傷口の手当てをするのであった──。

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