第10話For Whom the Bell Tolls

三つの国の中では特に四季の織り成す色が強い地域。

それがここロレイヌ連邦国である。

極度に冷える今は真冬の時季で、辺り一面が雪化粧となっていた。

そんな中でも今日は良く晴れた日。

廃墟となった城から移り、王の居住地となった荘厳な屋敷にて。

ロレイヌ国大臣兼軍務を勤める老齢の男、アラゴン・グレイが王へと尋ねた。

「失礼致します。カレン様、アーシェ殿をお見かけしておりませぬか?」

ゆったりとした動きで、けれど武の達人からして見れば微塵も隙がない歩みでアラゴンは王の前へと出る。

今は衛兵もおらずこの場は二人きり。

なのでアラゴンも王も堅苦しい挨拶を抜きにして話を進める。

「いいえ、今日は見てないわ。アーシェがどうかしたのかしら?」

「左様ですか。いえ、どうと言う事でもないのですが。ただ本日の朝稽古に顔を出さなかったもので、不思議に思いましてね」

「……確かにおかしいわね。あの子が欠席なんて」

毎朝恒例、国の騎士達で行う鍛練の一環。

そこで毎回指導を担当するのがアラゴンとアーシェである。

二人はこの国きっての実力者であり、更には統括する立場にもあった。

それぞれ聖騎士隊と守護騎士隊の2つの部隊で構成されているのがロレイヌの全軍だ。

そして聖騎士隊を預かるアーシェが今まで参加しなかった事などない。

アーシェの性格上、無断欠席など在り得ないしした試しがない。

それは本人を一番理解しているロレイヌ王、カレンのお墨付きであるのだ。

「部屋には居なかったの?」

「はい。ですからてっきり、こちらにおいでかと思っておったのですが」

嫌な予感が脳裏に奔る。

いつも通りでない時は大抵、いつもとは違う事が起きる前触れ。

少なくともカレンはこの嫌な感覚に敏感であった。

「……アラゴン。至急、守護騎士達から捜索隊を編成して」

「了解ですじゃ。カレン様も、無理はなさらぬように」

「ええ」

アラゴンにはカレンを止める意思などない。

アーシェを失う事の方がカレンにとっての影響が大きく、よっぽど国に混乱が生じるであろうことが窺えるからだ。

万が一カレン自身に何かあってもアラゴンは大した心配をしていない。

単純に王が負けるなど微塵も思っていないからだ。

だからアラゴンは内心で焦りを覚え始めていた。

(しかし不味いのう。カレン様はさておき、アーシェ殿の独断行動など前例がないゆえ。無事だとよいが)

一見、過保護にも思える扱い。

けれどカレンの予感による采配もまた外した試しがない。

(思慮深いあの子が誰にも告げずにとは、何かあったのかのう?何にせよ、前王の二の舞にはさせられんわい)

昔からカレンもアーシェも孫の様に思ってきたアラゴン。

そんな彼の懸念はただ一つ、先代の王が殺されたという点である。

これ以上大切な人を失う訳にはいかないと、或いは王から奪わせまいとアラゴンは決意を固める。

そして考えられる可能性、関与している者がいるとするならばそれは。

(やはりヒイロが関わっておるのか?それとも、あ奴の仕業か……)

急ぎ準備を進める中で。

自身の愛弟子だった男と、それとは別の男の二人の顔が過るのであった──。




話はクリム共和国国境付近の森林地帯に戻る。

三者による小さな三国戦争は終盤へと向かっていた。

「はあっ!」

「ちっ。しつこいわね」

ルベール王ことエリカが、幾度も繰り出されるシーラの斬撃を捌く。

「こっちも忘れないでよね!」

そこにアーシェの操る糸が四方八方と周囲から迫り、それを躱しつつ剣同士をぶつけ合う。

シーラが使用している剣は刃の太い、いわゆる大剣だ。

それに対してエリカが持つのは細身のレイピアに近い両刃剣。

ぶつかり合えば当然、重量の違いからシーラの大剣が有利である。

けれどエリカはその重撃を最小限の力で受け流しながら手数で以て渡り合っていた。

更には不規則に出現する糸を視認するよりも速く回避行動に移っている。

こんな常人の反応速度を越えた芸当が出来るのも王が王たる所以であった。

しかしやはりエリカにとっては分が悪い。

「いい加減、降伏したらどうだ?粘るだけでは勝ち目はないぞ」

シーラが追い詰める。

加えてアーシェがいる限り、糸の追従によりこの場から逃げ切る事は不可能。

王は思案する。

どちらか片方を始末してしまえばどうにでもなる、と。

それにまだ“切り札は二つ残っている”。

「……一つ、貴女達にいい事を教えてあげる」

「また揺さぶりかける気?この熱血バカがいる限り、あんたの能力は役に立たないくせに」

「いや、待て。何か様子が変だ」

素早く異変を察知したシーラがアーシェを制する。

エリカはここでとうとう一枚の札を切った。

「わたくしの力は何も、相手を操るだけではないのよ。こんな風にね──」

二人の目の前から姿を消したエリカ。

シーラもアーシェも、一瞬足りとも目を離してはいなかったというのに。

「──ほら。後ろががら空きよ?」

「ぐっ……!!」

滴る鮮血。

突如として後方から現れたエリカにより、シーラは腹部を貫かれてしまう。

「なん……だと……!?」

「はい、一人目」

ズッ、と引き抜かれた細剣を背後にして崩れ落ちるシーラ。

それを目の当たりにしたアーシェは原因を追求しかね、早々に思考を切り替えてエリカへと全ての糸を放つ。

そして、それが全て命中した。

ように見えた。

けれど目の前の出来事は、現実の無慈悲さを否応なしに突き付けてくる。

鋭利な糸が多方から交わったその一点で。

エリカは優雅にその糸の上に立っていた。

「ざあんねん」

両手を広げて、さも何でもない出来事であったかのようにアーシェを見下ろすエリカ。

こうなってしまえばもう万に一つの勝ち目もない。

「……何で、あんたの動きが見えないの!?──っ!!」

突然、敵が視認出来なくなり。

そしてシーラが倒れた今、遮られていた痛覚までもが戻ってしまったアーシェ。

「だから言ったでしょ?わたくしの力は相手だけではなくって、自分にも出来るのよ。命令を」

信号を自身の脳内に送り、各神経への伝達レベルを強力なものにした。

結果、反応速度、身体機能の向上、更には思考回路の著しい加速。

人間では到底及ばない程の、内側による人体改造が完成する。

これこそが切り札の正体であった。

「さぁ、そろそろ終わりにしましょう?わたくしもいい加減飽きたわ。今度こそごきげんよう」

アーシェの脳裏に死が過る。

それは自身が絶望の淵に追いやられた証であり、けれどそれ以上に過るのは。

(──カレンお姉ちゃん)

いつだってそうだ。

人の一生は大概が運で決まる。

例えば何気なく出た先で受けた、理不尽で圧倒的な暴力然り。

けれどアーシェは思う。

自分は何と、幸せな人生だったのだろうかと。

(私、頑張ったよ?……お姉ちゃん、ごめんね。大好き──)

舞い散る血飛沫。

断たれた首は宙に飛ばされ。

最期にその目に写ったのは、晴れ渡る青い空だった——。


全てを終わらせたエリカは土埃で汚れた服を払い、剣を鞘へと収めてため息を吐く。

「はぁ、まったく。無駄な労力を消費したわ。とんだ茶番劇だったこと──」

つまらない時間を費やしたと嘆く王は、自身が背後から刺された事に気が付いた。

左の太もも辺りだろうか。

鈍い痛みは感じるも、致命傷ではないと判断しそちらへ振り向く。

「油断、したな……!」

エリカの背後では地面に伏した体勢のシーラが吐血しながらも、その手にはしっかりとナイフが握られていた。

「……はあ。まだそんな悪足掻きが出来るのね。でももうウンザリだわ。――……?」

そう言ってシーラに止めをさそうと収めたばかりの剣に手を伸ばそうとするエリカ。

けれど何故か、身体が上手く動かせない。

「これは……アーシェの持っていた、ナイフだ。どうやら毒が、塗ってあったようだな……」

フラフラとふらつき、そのままバタッと倒れる王は著しい速度の脳内で思考を回す。

能力がまだ切れていない状態だった。

(……この、わたくしが……?こんな小娘共に……?)

そのままエリカは意識を途切れさせる。

かと思いきや、自身の能力によって活性化した脳がそれを許してはくれなかった。

ガクガクと痙攣し始めるエリカを見て、シーラは憎しみを込めた言葉を告げる。

「どうやらその力が、仇となったようだな……。貴様が散々、してきた事を……、自身で味わうが、いい……」

シーラはそのまま意識が途切れた。

「──っ!!~~っ!!」

一方エリカは毒の成分が致死量までには満たない事を知った。

この時代における最も惨たらしい効力を持った、それは相手を苦しめる為だけの毒であり。

声を発する事も出来なく、痙攣、流涙、呼吸困難、全身の激痛等々。

死ねない事の苦しみを、とてもとても長い時間に渡り体験させられるのであった——。




ゴーン、ゴーン──。

ロレイヌ連邦国に聳える塔の大きな鐘が、頭に響く程の重低音を鳴らした。

国軍が出動する合図である。

(さあ、幕は上がった)

男は内心で言葉を紡ぐ。

(果たしてこの現状を知ったら、君はどうするのかな?)

ただただ愉快であると言いたげに微笑む男は、自身の纏う白いローブを靡かせていた──。


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