第9話Kill me

いつだってそうだ。

人の一生は、大概が運で決まる。

突発的な事故による悲劇然り。

生まれついての裕福な環境然り。

そんな非科学的要素が世界の基盤であるならば。

自分は何と世界に愛されているのだろうか。

そう信じて止まない少女は、無邪気に言いました。


『そばにくっついて、──離れないからね!』




「あーあ。カレンお姉ちゃんにあれだけ釘を刺しといて、私が勝手な行動しちゃってるよ」

そうぼやくのはカレンの腹心であり、ロレイヌ国ではカレンに次いでの実力者であるアーシェであった。

彼女は今現在、クリムの国境付近の森にて偵察中。

と言うのは建前で、本当は緋色についての身辺調査を独断で行っていた。

(でもやっぱり、カレンお姉ちゃんにとって良くないよ。だって、あいつには──)

ヒイロには何かがある。

それが何なのか、本人がその何かを隠しているのか。

分からないのだが、アーシェには確信めいたものが確かにあった。

そんなことを考えていた矢先、アーシェは木々の合間から二人分の気配を捉えた。

多少遠目だが何とか視認できたのは、問題の緋色ともう一人。

ルベールの王であるエリカだ。

(さっそく見つけたはいいけど、うーん。どーしよ……)

迷う理由は2つ。

緋色を助けるか見捨てるか。

そして助けに入る場合、自分はルベール王と渡り合えるのかどうか。

このまま放置すれば、いくら“ヒイロ”と言えど殺される可能性が高いと踏むアーシェ。

でもそれをカレンは望んでいない。

(はーあ。不本意だけど、逃がすしかないかなぁ)

そうしてアーシェは史上最悪の王と対峙する事を決意した。




緋色が立ち去って。

互いに様子を伺っていたアーシェとエリカ。

アーシェは自身の能力である糸を武器に、エリカは携えていた細身の剣を右手に向かい合う。

「随分と肝が据わっているのね?“死にたがり”と畏怖されるこのわたくしに、まさか正面から喧嘩を売って来るなんて」

そう先に言葉を言い放ったのはエリカだ。

負ける場合など今に至っても、ただの一度たりとも考えた事はない。

何しろエリカにとってこれは退屈しのぎの単なる茶番であるからだ。

「あははっ!死にたがり?何それ!あんたそんなに死にたい奴だったの!?」

そんなエリカの発言に対して、お構い無しに笑い続けるアーシェ。

「ぷっくく……!何、誰かにイジメられてるの?何なら友達になってあげよっか?あははっ!やめてよ、お腹痛いって!」

とことん侮辱するアーシェ。

けれども意図した状況には持っていけなかった。

自らが操る見えるか見えないかくらいの細い糸を張り巡らせていた罠に、エリカが気付いていたからだ。

カッとなって突進してくれば絡めとれるという算段であった。

拘束さえしてしまえば勝機は十分にあると考えるアーシェ。

対するエリカは余裕の表情を一切崩さずに言う。

「舐められたものね。そんな幼稚な手に引っ掛かるわけ──」

けれど違和感に気付くのが少しだけ遅かった。

慢心するエリカに対し、アーシェの仕掛けた罠は二重構造だ。

エリカの前方と更には後方からも糸を出現させており、正面を囮にして見事捕らえたのであった。

両腕両足を縛られた形となったエリカ。

「ばーか。油断大敵って言葉、知らないの?」

アーシェの能力である『糸』は最大範囲一キロメートルまで操作できる力であり、自身の近辺であるならば更に精密な操作、出現数を格段に上げられるものでもある。

それは拘束だけではなく、鋭利なそれによって刺突或いは切り裂くといった事も可能とするのだ。

剣一本で対峙するエリカとでは圧倒的な手数さがあった。

「……やってくれるじゃない」

拘束されたエリカが面白くなさそうに言う。

けれど当然、余裕をなくした訳ではない。

「それじゃ早速、死んで!」

そう言ってどこから取り出したのか、別に隠し持っていたナイフを構えて突進するアーシェ。

だがやはりエリカもまた罠を仕掛けていた。

勢いもあと一歩のところ届かず、エリカの目の前から大きく飛び退くアーシェ。

するとその場に、頭上から落ちてきた剣が突き刺さった。

「──ちっ!」

「あら、残念」

剣を頭上に放り投げただけというあまりにも雑な罠。

けれどそれは単純にエリカの計算力の高さを如実に表していた。

何せ回転して落ちてきた剣が、自身を拘束していた右腕の糸まで断ち切ったのだから。

流石のアーシェも顔をひきつらせる。

敵は最初から剣を持っていた。

頭上に飛んだのも確認していた。

でもそれは拘束された際に不本意で手元から飛んだ物だと思っていた。

それがまさか完璧に計算された罠だったとは知りもしなかったのだ。

これでは、まるで。

「……そう。あんたの前では、考えが筒抜けになるって訳ね」

「半分正解、と言ったところね」

罠に掛かる事を前提に行動しなければ、剣を放り投げるなんて選択肢は生まれない。

だからアーシェは自身の思考を読まれているという解釈をした。

けれどエリカの能力はもっと、遥かに悪質なものであった。

「それじゃあ今度はわたくしの番ね。真っ直ぐ行くから、避けなさい?」

他を縛っていた糸を難なく切り捨てながらエリカが大胆に宣告した。

そして直ぐ様、宣言通り真っ直ぐに向かって来る。

ゆっくりとした動作でこちらに剣先を向け、ただ歩いて来るのだ。

それなのにアーシェは何故か“避けられない”。

やがてエリカがにじり寄り、そのままアーシェの左肩を遅々とした動作で突き刺した。

「ああぁぁっ!!」

「何をやっているの?避けなさいって言ったじゃない」

目の前で優雅に微笑むエリカ。

何が起きているのか全く解らないアーシェ。

ただただ痛覚だけが身に染みる。

「あんた、何をしたっ!?」

「何って。攻撃に決まってるでしょ?」

そう堂々と言い放たれると同時に、今度は左の二の腕を貫かれるアーシェ。

「ぐっああぁ!」

「あらあらダメじゃない。ちゃんと避けないと」

言いながら次々と左腕ばかりを突き刺していくエリカ。

「あああぁぁぁぁあ!!」

「あら?泣いているの?ふふ、さっきまでの威勢が嘘の様ね」

条件反射で涙が溢れ出し、痛みで意識が飛びそうになるアーシェ。

だがそれを必死に繋ぎ止めて思考を巡らせる。

何故、自分の身体が反応しないのか。

何故、彼女の言葉に逆らえないのか。

「そうね、教えてあげるわ。冥土の土産って言うのだったかしら?わたくしの能力はね、脳信号の操作なの」

「……脳、信号?」

「少し難しいかしらね?つまりは今貴女が避けられないのは、わたくしが『避けるな』と貴女の脳に直接命令してるからなのよ」

自身の能力の正体をさらっと告げるエリカに、アーシェはこの上ない程の恐怖を覚えた。

「だからね、貴女がさっき仕掛けた罠もそう。わたくしの能力で知らない内に貴女を誘導していたのよ」

対策も何もできないことを知り、涙で顔を歪ませるアーシェ。

「ふふっ、楽しかったでしょう?始めからわたくしが仕組んだ茶番劇だったの。勿論この後もちゃんと用意してあるわ」

「イヤっ!もうやめてよ!!私の負けじゃん!もう──ああぁぁぁぁっ!!」

決して止める事などしない。

人体が最も痛覚を感じる場所をエリカは熟知していて、そこを突くのは彼女が最も数多く行ってきた暇潰しなのだから。

「これから貴女は、わたくしに懇願するの。『殺して下さい』ってね。当然そんな事は命令するまでもないから、貴女自身の言葉でちゃんと言いなさいね?」

そしてその後もずっと左腕ばかりを貫かれていった。




ボロボロのそれにはもう目を向ける余裕も、意識を失う許しも与えられなかった。

「……お願い……殺して……」

「なぁに?全然聞こえなくてよ」

エリカの言葉に反応も示さず、アーシェはただただうわ言の様に呟いていた。

「……殺して……下さい……。……殺して……」

「はぁ。なんか飽きちゃったわ。そろそろ終わりにしないと、ヒイロに追いつけないだろうし」

そう言ったエリカが、自身の剣をアーシェの頭上へと掲げる。

「思ったよりも楽しめなかったから、貴女は不合格ね。それでは、ごきげんよう」

エリカの振り下ろした剣を目前にして。

一転。

「……あ、やっと来た」

アーシェの呟きに異変が生じ、目線がエリカの後方へと移った。

「え?」

一瞬の戸惑いに反応も遅れ、後方から投げつけられた大きな剣がエリカの右肩を掠めた。

「──っ!」

その場から距離を取り、剣を放った相手を視認するエリカ。

青い髪が一つに束ねられた、凛とした鎧姿に深紅のマントを羽織った女性だ。

エリカは他国の人間に大して興味もなかった為、この人物が誰なのかまでは分からない。

「ちょっと、遅いじゃん!その厳つい馬は農耕用か何かなの!?」

「すまない。だがこれは、我が国で一番速い奴なのだが……」

態度を一変させヨロヨロと立ち上がるアーシェと言い合うのは、騎馬に乗って駆けつけたクリムの騎士団長ことシーラであった。

「事前に応援を呼んでいた……?」

「半分正解だから、あんたは不合格」

エリカの疑問をぶった切るアーシェ。

この王様は最初から慢心状態だった。

故に気付こうともしなかった。

「私の糸はね、直径一キロメートルまで張れるの。例えあんたの命令に逆らえなかったとしても、命令以外の事は出来た。だから辛うじてたまたま近くを走ってたコレに状況を知らせたって訳」

「むっ、コレとは何だ。貴様とて一応、我が国からしたら敵方なのだぞ?」

「でも今このオバサンを倒しておけば、両国にとって有益にしかならないでしょ?」

黙ってやり取りを聞きながら脳へと信号を送るエリカ。

意外性はあったが、一人増えたところでこの状況が変わる訳もないのだと。

けれど何故か二人は、自身が意図した行動に移さない。

「無駄だ。私がいる限り、貴様の力は意味を成さん」

そう豪語するシーラが続ける。

「貴様の解説は糸越しに聞いていた。だからこちらも解説してやろう。私の能力は、精神を御する力だ」

糸からの骨伝導により会話内容も予め知っていた。

だからこそそれを知ったシーラは確信した。

自らの能力なら、エリカの能力を相殺できると。

「御する?そんな風には感じないけど」

「ああ、貴様相手に直接は無理の様だな。だがその信号とやらは所詮、神経系への情報の上書きに過ぎない。だから私自身の精神力を強化すれば、そういった類いの力は跳ね除けられる」

つまりは気合いで解決、と。

何と単純な能力であろうかとエリカは思う。

けれどこれで理解した。

エリカにとって形勢が完全に不利になったのだという事が。

惨たらしい状態の左腕を見て、アーシェが言う。

「よくもまあ、こんなにボロボロにしてくれちゃって。もう使えないだろうから、切り落とすしかないじゃん」

シーラの能力は当然、味方にも及ばせられる。

なのでこの場に着いた時点でアーシェの精神に介入し痛覚を捩じ伏せていた。

シーラはそんなアーシェの言葉に感嘆の意を表し、けれど同時に複雑そうに返す。

「ふっ、見上げた根性だな。……だが哀しいな。こんな少女がここまでされて尚、国の為に尽くさねばならんとは」

「私はただ自分よりもカレンお姉ちゃんが大事なだけ。分かったように言わないで」

逆に怒りを買ってしまったシーラは苦笑混じりになるも、すかさずルベール王へと詰め寄った。

「さあ、貴様の悪行もこれで終わりだ」

ここに集ったクリム共和国、ロレイヌ連邦国、ルベール帝国、それぞれ各国のトップクラスに君臨する者達。

そんな三人だけによる小規模な戦争は、後の大戦の決定的な引き金となるのであった──。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る