第5話First combat
◇
人はなぜ、平和を求めるのか。
それでいてなぜ人は、争いを起こすのか。
それらは実に容易い問答である。
少なくともこの王子には、それを知る術があった。
故に王子は決断をしました。
『僕が導こう。——悪しき者のいない世界へと』
◆
早朝のクリム共和国国境付近。
まるで国と国を分け隔てるようにして、広大な森林に覆われたそこには、多少開拓された程度の道が通っている。
そんな鬱蒼とした木々の枝なり蔦なりを避けながらも、総数千人を越えるルベール帝国の先遣部隊が進軍しており、そしてそれをある程度見渡せるくらいの高低差のある崖の上では、奇襲準備を終えたユリィ率いるクリム軍の遊撃隊が合図を待っていた。
「ユリィ様。全隊配置に着きました」
報告を受けた騎士団長代理であるユリィが、暫し迷って指示を出す。
「……了解。じゃあそのまま、予定ポイントに到達するまで待っててね」
「はっ」
敬礼して下がる隊長格の男を見ながら、ユリィは浮かない顔で自身の上官であるシーラの安否を憂いていた。
(シーラ様、直ぐ戻るって言ってたのに。何か、あったのかな……)
二日ほど待ったがシーラは帰って来なかった。
そしてその間にルベールの部隊が想定よりも早く予定地点に迫って来たため、仕方なく任務の実行を決めたのだが。
(ううん。今は考えてる場合じゃない。とにかく、作戦を成功させなきゃ!)
そう割り切り、ユリィは再度部下からの知らせを受ける。
「ユリィ様。直に敵部隊が到達します」
「はいな。じゃあみんな、行くよ」
そう言ってユリィは、落ちていた木の枝を拾い上げた。
右手に持ったそれを、上から下に振る。
するといつの間にか木の枝は、片手銃の様な形状の武器へと変化していた。
この世界には“能力保持者”が存在する。
即ち、特殊な力を持つ者たちである。
ユリィもその一人であり、能力は『変換』。
どんな物でも瞬時に武器へと変えてしまう力だ。
ユリィはそれを手慣れた動作で敵部隊の一人に構え、引き金に指を掛けて慎重に狙いを定める。
パァン!と乾いた音を鳴らせた銃声。
その放たれた弾丸が敵部隊の一人を打ち抜き、それを皮切りにして遊撃隊が突撃を始めた。
開戦の合図である。
「「うおぉぉぉぉ!!」」
崖の上から滑り落ちるようにして遊撃隊が雪崩れ込み、列を成していた敵の部隊に真横から攻め入る。
敵にとっては予想だにしない襲撃に、戦闘体制への移行が遅れてしまう形となるルベール軍。
ちなみに、この時代の戦闘は主に白兵戦である。
まだ爆薬もミサイルもないので、剣や槍等での近接戦闘が基本だ。
けれどユリィのような能力保持者はその枠から外れる。
今みたいに銃のない世界でも、銃が使えたりするのだ。
「よし!みんな、数に怯まないで!敵は裸も同然だよ!」
ユリィの鼓舞に隊の士気がみるみる上がっていく。
それを確認し直ぐ様、自身も戦場の前線へと向かう。
右手に持った銃で正面数人を撃ち、展開する隊員達に当たらぬよう、針に糸を通すような精密さで弾丸を放っていく。
銃という概念のないこの世界において、ユリィの能力は敵を圧倒できる数少ない能力だ。
それが訓練によって射撃精度も高いのだから、ユリィの戦闘パフォーマンスは言うまでもない。
そして今度は装填弾数をオーバーした銃を再度上下に振る。
今度はそれが槍となって、ようやく反撃体勢に入り迫ってきた敵を次々と屠っていった。
(いける!このまま!)
◆
戦闘が開始されてから、時間にして約三時間が経過した。
戦況は圧勝、かと思えたのだが、やはり数の差が徐々に反映されてくる。
敵の数は、こちらの部隊の五倍近い。
奇襲で有利に進んだのは最初だけで、まだ敵部隊の半分も減らせていなかった。
「みんな!きついけど持ちこたえて!ここを突破されたら不味いよ!」
鼓舞をするも、体力には限界がある。
息が上がる兵たち。
正直、ここまでの苦戦は想定外だった。
おおよその敵部隊の規模は把握していた。
けれどあくまでも先遣隊だという認識でいた為、戦闘に関してはそこまで高くない部隊だろうと踏んでいた。
要は敵個人の強さを見誤ってしまったのだ。
「ユリィ様!このままでは持ちません!」
苦悶の表情で告げる部下に、ユリィも同じような顔つきで周囲を見やる。
(どうしよう、マズイよ本当に……)
ユリィの能力も無制限に発動出来るわけではない。
ほぼすべての能力に共通して言えること。
それは能力を使用する毎に体力を多く奪われることだ。
息を切らすような疲弊状態であると能力の恩恵も小さくなる。
故にユリィの現状では小さなナイフを一本変えるのがやっとであった。
ユリィは窮地に立たされて初めて気付く。
自分の上官がいかに優秀であるのかを。
(シーラ様なら、こんな醜態は晒さない!)
尊敬してやまない騎士団長の背中。
自分もいつか、こんな風に成れたらと強く思う。
でもだからこそユリィは、優秀過ぎる上官に対してのプレッシャーに耐えきれなくなるのだ。
(ああ、頭が回らない!こんな時シーラ様なら、シーラ様なら……)
今どうなっているのか、こちらの被害はどれくらい出ているのか。
そんな戦況すらも満足に把握しきれないユリィ。
けれどそんな時、涼やかな、けれど凛とした声がユリィの耳まで届いてきた。
「──各隊、防御陣形を取れ!」
疾風の如く現れた騎馬隊、その先頭を指揮する騎士団長。
今最も欲しかった号令によって、ユリィの沈みかけた心が息を吹き返した。
「……シーラ様!」
「すまない、遅くなった。良く持ちこたえたな、ユリィ」
シーラの労いに、ついつい涙ぐんでしまうユリィ。
「泣くのは後だ。遊撃部隊はユリィと共に戦線の後方へ!傷の浅い者は負傷者を守りながら後退しろ!」
シーラの的確な指示により、立て直し始めるクリム軍。
加わったのは、小規模な部隊。
けれども歩兵では着いて来れないスピードの馬を駆り、そしてそれを指揮するのは、クリム共和国史上最高位の騎士と称されるシーラである。
「騎馬隊、私に続け!これより掃討戦に移行する!」
怒涛の勢いに乗せて、敵の群れへと特攻を仕掛ける。
騎馬に跳ね飛ばされ、馬上の兵が振るう剣により切り伏せられていくルベールの兵士達。
敵側にとっては正に悪夢であった。
自分達が攻勢だと思っていた矢先に、騎馬隊の洗練された連携攻撃を受け、戦意喪失を余儀なくされていくのだから。
そして何より恐るべきは、先頭を駆ける上官の気迫。
シーラから放たれる威圧的なオーラにより、身体を動かす事すら難しくなるのだ。
これもまた特殊な能力。
シーラの気迫は、“精神を怯ませる力”があった。
「やっぱり、シーラ様は凄いよ。私じゃ全然だなぁ……」
思わずぼやいてしまう。
自分では到底届かない所にいる上官。
そんな複雑な心境のユリィを他所に、ルベールの先遣隊はみるみる内に数を減らしていくのであった。
◆
敵は騎馬隊が出現したことにより、退却を余儀なくされた。
シーラはそれを深追いすることもしなかった。
「大丈夫か?」
シーラはすぐさまユリィの元へと駆け寄った。
軍の二番手とはいえユリィはまだ若い。
上官とは言えシーラも姉心として心配になるのだ。
「……申し訳ありませんでした。私のせいで、隊を危険に晒してしまいました」
そう言葉を濁しながら言うユリィに、シーラは真剣な眼差しで檄を飛ばす。
「ああ、そうだな。そう思うのなら精進しろ、ユリィ。嘆いている暇などない。私の後を継げるのは、お前だけなのだからな」
「そんな、私なんか……」
「俯くな、前を向け。そんな軟弱者に育てた覚えはないぞ。──さあ、帰ろう」
「……はい」
そうして二人は隊を連れて帰路へとつく。
ルベールの先遣隊に対し、クリムのユリィ率いる遊撃隊+シーラ率いる騎馬隊。
結果はクリム軍の勝利で終えた。
けれどこれはまだ大戦前の前哨戦に過ぎない。
佳境はこれからなのだから。
そしてそれを示唆するかのようにして、事が動き始める。
「はぁはぁ……。シーラ様、ご報告致します!」
引き返していたシーラ達に、本国の防衛を担っていた筈の兵士が、慌てた様子で駆け寄って来た。
「何かあったのか?」
「捕虜が、脱走しました!」
「何だと!?」
緋色が監禁部屋から逃げたと、目の前の兵士はそう告げた。
「面倒な事になったな。そろそろルベール側にも知られている頃だろう」
「シーラ様、どうします?」
ユリィの問いかけに、苦々しい顔でシーラが答える。
「私が探しに行く。ユリィ、お前は隊を連れて先に戻れ」
「了解しました。ご武運を」
シーラが訪ねた白いローブの男。
そこから得た、ヒイロについての真相。
今のままなら問題ないが、“緋色自身が気付く”のも時間の問題だった。
(くっ、間に合うか!?)
苦悶の表情を浮かべながら、騎馬を走らせるシーラであった──。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます