第4話Smell of blood
◇
ここはそう、世界で一番、華やかな国。
あらゆる贅がここにはあり、正に理想郷のような場所。
ここはそう、世界で最も幸せな国。
そんな素晴らしい毎日に包まれながら。
やがて王女は思いました。
『とても、——退屈だわ』
◆
まるでおとぎ話の世界にでも迷い込んだような、そんなイメージが見て取れる壮大なお城が聳え立つ。
ここは黄を象徴するルベール帝国。
贅沢な様相が豪華絢爛に張り巡らされていて、同時に、死の臭いが絶えない国。
現在その豪華過ぎるルベール城、王の間にて、一人の中級貴族の男が呼び出されていた。
「ですから!これ以上は不可能です!」
貴族の男は建築関連の重役であり、今回王より命令を下されていた。
けれどもその内容があまりにも無理難題なために、報告を怠っていたのだ。
「いくら何でも、半年で塔を十も建てろだなんて!時間も人手も到底足りません!」
必死で弁解する男。
傍から見ても、王の命令は滅茶苦茶であった。
塔を一つ建てるにも、莫大な予算と労働力を擁するのだ。
それを半年足らずで十も建てろいう、無理難題も甚だしいほどに途方もない要求であった。
けれどそれを聞いた王は、うんざりとした面持ちで答える。
椅子に腰かけたまま肩までかかる金髪をかき上げ、黄色がベースの派手な衣服を身に纏った女性の王だ。
「そう。それなら仕方ないわ。ハロルド」
「はっ。その男を処刑場へ連れて行け」
王がすべてを言わずとも、当然のように命令を下す側近の男、ハロルド。
唯一、王の側近を担う者である。
「お、お待ちください!私がいったい何をしたと言うのですか!?」
当然、理解など出来ない横暴である。
けれどこれも当然、男の便宜を図る者などこの国には存在しない。
「わたくしに逆らうのは反逆罪よ」
「で、ですが!」
「貴方はこの国に滞在して尚、わたくしの命令に従えなかった。違って?」
「ですが……、王よ。私には妻も子供もおります。養わねばならぬのです」
懇願するように視線を向ける男に対し、王は淡々と言葉を紡ぐ。
「そうね。わたくしだって、民のことはそれなりに知っていてよ」
そう言って目を細める王。
この場にいた数名の貴族たちは、この後の言葉を知っている。
何度となく聞いてきたセリフだからだ。
「でしたら!」
「心配いらないわ。貴方と同じ所へ送るよう、もう指示は出してあるから」
つまりは家族もろとも処刑場行き、という事であった。
男は酷く動揺した。
「……なっ!謀ったのですか!?」
「報告を怠った貴方のせいよ。罪状が追加されても仕方ないじゃない」
それが当たり前であると、定められた制度であると告げる王。
「き、貴様あぁぁ!!」
躍起になった貴族の男がむき出しの感情を露にする。
それに対し王はただ一つのため息をつき、めんどくさいと言わんばかりの声色で新たに命令を追加する。
「はぁ、王への暴言ね。ハロルド」
「はっ。その男は拷問場へ連れて行け。家族の方は処刑場で構わん。ただし首は晒しておけ」
まるでこの一連の流れが、極々自然であるかのようなやり取りを交わす王とハロルド。
「や、やめてくれ……!!頼む、やめ——」
男は兵たちにより後頭部を打たれ、気絶したまま引きずられて行った。
「やっと静かになった。まったく、朝から騒がしくて嫌になるわ」
「申し訳ありません。私が至らぬばかりに」
謝罪をするハロルド。
こういった出来事は、言わば日常茶飯事である。
王にとって、これは単なる掃除。
自分以外の人間をゴミ程度の価値にしか思っていない王は、毎朝分別をするのだ。
使い回せるゴミなのか、もう使えないゴミなのか。
故にこの王は自ら率先して国を綺麗にしているという意識ですらいた。
「それで、貴方の方はどうなの?ちゃんとクリムのじじいに止めを刺せるのでしょうね?」
「勿論です。お任せください」
王の命令は絶対である。
それを嫌と言う程熟知しているハロルドだが、この国の軍事力は三国でもトップである。
故にハロルドは自信を持ってそう返せるのだ。
「そう、ならいいわ。わたくしだって流石に、貴方まで失っては心が痛むの」
「勿体無きお言葉」
「だから決して、わたくしの心を痛めないでちょうだい。でないと、貴方の罪状が追加されてしまうわ」
「肝に銘じておきます故、ご安心下さい」
側近に対してまでも、容赦のない言葉を並べる王。
ハロルドは誰よりも知っている。
この王の怖さを。
何度も目の当たりにしてきたのは、王の微笑み。
普段からまったく笑わない訳ではない。
けれど笑みを浮かべる時は大抵、恐怖が始まる合図である。
濁り切った瞳に、少しだけ光が灯るのだ。
「それと、これは噂ですが……」
「なぁに?」
「その、目撃情報を耳にしまして……」
「だから何の?」
「ヒイロの、です」
場が凍りつく。
急激な気温変化が生じたかのように一気に寒さを覚えてしまい、更にはこの大広間にいる数名の臣下全員が嫌な汗をかき始めていた。
伝えるべきか迷っていた情報であった為、嫌な予感しかしてこないハロルド。
伝え方を間違っていたのならば、自分の首が飛ぶ。
「……王よ」
「ふふ……、あはは!何よそれ、最高じゃない!あはははははは!!」
大笑いをするルベール王。
それはハロルドですら見たことのないものであった。
固唾をのんで見守る臣下達。
「ハロルド!クリムなんてどうでもいいわ!今すぐヒイロを連れてきなさい!」
「信じるのですか……?」
自身の発した情報ではあるのだが、ハロルド自身本気で信じた訳ではなかった。
何者かのそら似かもしれない。
なのにこの王は疑う事をしなかった。
想定外であった。
「だってヒイロなら生き返るくらいやりそうじゃない。このわたくしを謀った男よ?……それに、貴方がわたくしに嘘をつく筈がないわ」
「……勿論でございます」
ここでようやくハロルドは理解する。
言ったからには真実だろうと、違った場合、その責は自分に来るのだと言う事に。
肝を冷やすハロルドを他所に、王は愉悦の笑みをこれでもかと浮かべた。
「あぁ、素晴らしいわ!久方ぶりの楽しみよ!」
まるで子供が欲しかった玩具を手に入れた時のような目の輝きを見せる王に、臣下たちはこれ以上ない恐怖を覚えた。
彼女の名前はエリカ・ルベール。
世界で一番、贅沢な暮らしが出来る者。
世界で唯一、あらゆる理想を築ける者。
この国ではエリカという存在は絶対であり、他の王族はすべて排除されている。
もちろんエリカの手によって。
反して民の大半は恐怖と隣り合わせに暮らす。
それでも皆が従う理由。
いや、逆らえない理由というべきだろう。
それは権力以前に、彼女には恐ろしいまでの力があるからだ。
ノーと言えば誰もが等しく殺されてしまう、絶対王政を絵に描いたような、それがここルベール帝国である。
「さぁ、みんな!今日はパーティーにしましょう?料理は豪勢に、装飾は優雅に!」
「……恐れながら王よ。今月の予算が——」
経済担当の上級貴族が言いかけて。
「ざぁんねん。ハロルド」
「はっ。罪状は王への不信感だ。連れて行け」
「そ、そんな!しかし!」
ここは世界で一番、華やかな国。
そして今日もまた、沢山の紅い華が処刑場で咲く。
「はぁ、王への口答えね。ハロルド」
勿論、拷問場でも——。
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