第3話Like a black rose

昔々、とある国には心優しい王女がいた。

何色にも染まっていない、真っ白い薔薇のような女の子。

そんな王女は初めて恋をした。

惹かれ合う二人には幾つもの弊害があり。

それでも離れないと誓い合って。

けれどそんなある日、王女はこう言われました。


『白い薔薇って、——可哀そうだね』




しんしんと雨が降りしきる。

夜は特に冷え込むこの時期のルベール帝国、首都の繁華街にて。

一人の上級貴族である男が酒場から出てきた。

ご満悦な男は上機嫌に、両側に立つ二人の女性の腰へと手を回す。

「君たち、今夜は家に来なさい!特別に豪華な部屋を用意しよう!」

男の物言いはあからさまである。

しかし一国民でしかない女性たちには断る権利がない。

なぜなら当然のように横暴が行き交うのがここルベール帝国であり、そんな帝国には絶対制度が設けられているからだ。

国王はもちろん貴族に対しても、少しでも逆らえば反逆罪となる制度。

ここでは生きるも死ぬも、上次第なのだ。


するとパシャ、パシャと水溜まりを踏む足音と共に、一人の人物が貴族である男の前に現れる。

「ん?なんだ貴様は」

その者は男の目の前で立ち止まった。

その姿は、全身黒いローブで覆われている。

「そこをどけ!俺を誰だと思っている!反逆罪だぞ!」

歩みを止められた男は怒り心頭に、不敬であるぞと口調を強くした。

それに対し、ローブの彼女が返答する。

「……罪ね。とても、いけないことだわ」

透き通ったような、柔らかい声。

けれど声色とは裏腹に強い憎しみが言の葉に宿っているようにも感じるのは、それだけ強い意志が明確に表れているからであろうか。

それを証明するかのようにして、貴族の男の言葉は半ばで途切れてしまう。

「当たり前だ!国民風情が、上級貴族であるこの俺に——」

瞬間、男の胴体が上下に分断された。

ドサッと崩れ落ちる死体の前で、彼女はさも当然のように顔色一つ変えずに告げる。

「勘違いしないで?あなたの存在が罪だと言ったの」

「「きゃあぁぁぁ!!」」

男が連れ添っていた女性たちが悲鳴を上げる。

そしてそれを見ていた住人たちが顔を真っ青にし、ボソボソと喋り出す。

「……おい、流石に不味いんじゃないのか」

「って、おい。もしかしてあれ、“ロレイヌ王”じゃないのか?」

「恐ろしや……。国王様が黙ってないぞ」

彼女は騒がしくなってきたこの場を後にする。

過度な行動をしたが、目的はあくまで様子見だけなのだ。

ここルベール帝国の内情を内心で嘆きながら、生まれ育った故郷であるロレイヌ連邦国へと戻るのであった。




しんと静まり返る。

頂上では今も尚『白い旗』をはためかせている、今はもう誰もいない廃墟となったロレイヌ城。

その王の間にて、月明りを浴びながら亡き父へと祈りを捧げていた。

(お父様、申し訳ありません。私は罪深き咎人となってしまいました)

彼女の懺悔に、当然ながら返事はない。

手を合わせ、片膝をつく彼女は強く目を閉じ、心に焼き付いた感情を心の内で吐露する。

(けれど私は、どうしても許せないのです。だから、私は……)

頭の中で浮かべていた父の顔は、やがてヒイロへと対象を変えていく。

(どうして、あなたは──)

「ここにおりましたか。お迎えに参りました、カレン様」

名を呼ばれた彼女は、背後から掛かった聞きなじみの声に応じる。

「……ええ。今行くわ」

黒いローブを纏う彼女。

それは現ロレイヌの王であり、名をカレン・ローライトと言う。

彼女は先代の王の娘であり、正真正銘の王族であった。

その父が亡くなった為に王へと即位したのだ。

しかし正確に言うと、前王は前触れもなく殺されてしまった。

ヒイロの手によって。


「カレン様。どうか勝手な行動は慎んで下さい。あなたにもしもの事があれば、国が瓦解しかねません」

そう言うのはカレンを迎えに来た、国では相応の地位にいる、けれどまだカレンよりも若い少女。

名前はアーシェ・クロード。

少女はカレンの腹心であり、同時に従姉妹でもあった。

「そうね。ごめんなさい、アーシェ。気を付けるわ」

彼女の言動に、恐らく反省はしても改善はしないのだろう事が窺えたアーシェ。

気を付けるのは、勝手な行動ではない。

勝手な行動をした後の自身に、もしもの事がない為の『気を付ける』であるとアーシェは解釈したからだ。

「……まったく。カレンお姉ちゃんは昔から猪突猛進だよね。心配する身にもなってよ」

ため息が聞こえそうな程の呆れ声でアーシェが言った。

けれど心配しているのは本当の事だ。

「ふふ。アーシェには何でも見透かされている様ね」

カレンに似た色の髪はショートボブで、どこか活発な印象を与えるのがアーシェと言う少女だ。

二人は従姉妹同士ではあるが、同時に国家を担う立場でもある。

であるから、普段はこんな言葉使いは許されない。

だが二人きりの時にはこうして対等にお喋りをするのだ。

昔からの付き合いであるが故に、カレンの事を誰よりも理解しているアーシェ。

だからこそ昔から、唯一カレンが心揺れ動いてしまう相手、ヒイロという存在を好ましく思っていなかった。

だがそれ以前に、幼いながらに感じ取っていたのだ。

ヒイロには“何かある”と。


「今日は一段と寒いわね」

「まあ、冬だしね」

実に他愛もない会話。

けれどカレンの表情は何時からなのか、もうずっと無のままな気さえしてくる。

「でも、何故かしらね。いくら歳月を重ねても、春なんて来ないのではないかと思ってしまうの」

「……。」

アーシェは思う。

憎しみに色があるなら『黒』じゃないかと。

例えばそう。

彼女の纏う、ローブの様な色だ。

「あ、雪降ってきた!ううー、寒っ。帰ろ?風邪ひいちゃうよ」

「ええ、そうしましょう。帰ったら、温かい紅茶が飲みたいわ」

「じゃあ私が淹れてあげるね」

ニッコリと笑うアーシェに、優しく微笑むカレン。

ここだけを見れば、本当に仲睦まじい普通の姉妹の会話である。

取り巻く因果さえ何もなければ、だ。

「ありがとう、アーシェ。……本当に、冷えるわね」

雪はしんしんと降り続ける。

それはまるで、すべてを覆い包むように。

彼女の爛れた心を、宥めるように──。


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