第2話Clim kingdom
◇
これは、とある時代の御話。
舞台となる大陸には、三つの国があった。
それぞれ赤、白、黄色を象徴とする国々。
その内の一つで赤を基調とした旗を掲げるクリム共和国は、とても聡明な王が治める自然豊かな国だ。
民の信頼も厚く、何不自由ない平穏な生活が約束された場所。
けれど王は言いました。
『この国は、私は——酷く脆い』
◆
クリム共和国の象徴たる城。
中世を代表するような荘厳とした城内。
その王の謁見の間にて、騎士団長が現国王へ報告をしに訪れていた。
「王よ。ルベール帝国が動き始めています」
中央で跪きながら言葉を発した騎士団長、名をシーラ・トリニティー。
青く長い髪は1つに束ねられており、凛とした姿は騎士の鑑の様な存在感を醸し出す女性。
そんな彼女はクリム王の右腕で、すべての指揮系統を担っている。
「つきましては、こちらも防衛線を張るべきかと」
真剣な面持ちでそう提言するシーラから視線をずらすようにして、どこか遠い目を見せる老齢の国王。
「……シーラよ。先代の王は寛容なお人であった。だが戦となると、あまりに消極的になり過ぎたのだ。結果、国は衰退した」
「存じております」
もう幾度となく聞いてきた嘆きの様な国王のセリフに、シーラは静かに耳を傾ける。
「余は同じ事を繰り返したくはない。早急に対処するがよい」
「はっ。必ずや、この国をお守り致しましょう」
迷いはない、そう騎士団長としての威厳を見せるかのようにして。
羽織る深紅のマントを翻し、シーラは颯爽とその場を後にした。
◆
王の勅命を受けたシーラは、真っ先に自らの補佐を探す為、城内に幾つかある騎士団の拠点の一つへと入り、部下へと第一声を発する。
「ユリィは居るか」
支部の隊を束ねる隊長クラスの男が、シーラの問いに答える。
「ユリィ様でしたら、例の捕虜がいる監禁部屋じゃないでしょうか?」
そつなく答えた部下に対し、一瞬険しい顔を向けてしまう。
「……ああ、すまない。では引き続き、この区域の管理を頼む」
「はっ!」
そんな隊長クラスの男に見送られ、直ぐにその場を後にした。
監禁部屋へと向かう道中、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。
大罪人の事についてである。
(ヒイロだと?なぜ今さら奴が……)
シーラだけでなく、この世界の誰もが思うだろう。
さんざん国々をかき回した男が、なぜ今さら姿を現したのか、と。
そもそもヒイロは既に死んだはず。
にも関わらず、どうやって再び顕現したというのか、シーラには想像もつかない。
とにかくそれくらいヒイロは有名人であり、世界が荒んだ元凶こそがヒイロであると。
どこか不自然な程、隅々にまで情報が拡散されていた。
まるで“ヒイロ一人が悪である”と言わんばかりに。
監禁部屋へとたどり着き、気を引き締める。
今から顔を合わせるのは憎き罪人であり、噂ではかなり頭が切れると言う。
自国で油断をするわけにはいかない。
携えた剣を擦りながら、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。
「ユリィ、私だ。入るぞ」
扉を開けるとユリィは椅子から立ち上がり、上官であるシーラへと会釈をした。
桃色でぱっつん前髪のショートヘアーが目立ち、まだ若い年相応な雰囲気のユリィ。
けれど軍の二番手だけあって、実力も確かだ。
シーラからしたら、まだまだ発展途上なのだが。
「シーラ様。捕虜の意識は先ほど戻りました。ですが……」
何故か言い淀むユリィ。
予期せぬ事態にでもなってしまったのだろうかと不安が過るも、けれどベッドを見てみると、当の捕虜は眠っているようだった。
「突然、気が触れてしまったようでして。暴れ出したので、やむを得ず気絶させました」
自身の予想とは違った事で不安は拭えたものの、何処か不自然さを感じ取るシーラ。
「……なるほど。しかし、噂とは違うな。冷静沈着で、直情的な行動などしないような奴だと認識していたのだが」
「それがですね、この者はどうやら——」
ユリィは緋色から聞いた彼の身の上話を語る。
緋色の言葉を信じた訳ではない。
故にシーラがどういう見解を出すかによって、緋色の処遇も変わってくるだろうと考えるユリィ。
「ふむ……。これだけでは判断しかねるな。だが考えられるとすれば、記憶を失っているか嘘をついている、と言ったところか」
シーラの見解にユリィは頷く。
この世界には魔法など存在しない。
その代わり極少数の人間だけが扱える、特殊な能力が存在するのだが。
けれど時空間を行き来する能力など、シーラもユリィも聞いた事がない。
「暫くは様子を見るしかないだろう。しっかりと見張っておけ、逃げられては困る。上手く使えば、他国への切り札になるだろうからな」
シーラは逆にこの状況を好機と判断した。
記憶喪失でも騙そうとしているのだとしても、隔離しておけば実質的に他国へのけん制に成り得るからだ。
それくらいにはどの国も、ヒイロに対して恨みを持っており、復讐したいと思っているだろう。
それだけ今の世界は荒んでいるのだから。
「わかりました。各隊にも通達しておきます」
その意図を汲んで、すぐさま行動に移そうとするユリィに、シーラは指示を加える。
「それとユリィ。ルベールの先遣隊に奇襲を仕掛ける。防衛線と同時にそちらの準備にも当たってくれ」
「了解しました。シーラ様は?」
少しの思案顔をするシーラ。
だが既に目的は決まっていた。
「すまないが私は一度、国を離れる。少し調べたい事があってな」
「お一人でですか?」
心配そうに見つめてくる自身の部下に対し、安心させるような声色でシーラは言葉を発する。
「安心しろ。騎馬隊から腕利きを数名連れていく。すぐ戻るが、何かあったらお前の判断で指揮を取れ。出来るな?」
「は、はい!ですが、あの、……お気をつけて」
「ああ、頼むぞ」
ポンポンとユリィの頭を叩く。
シーラはそのまま部屋を後にし、直ぐに出られるよう準備に取り掛かる。
(もしかしたら、奴なら何か知ってるかもしれない)
シーラが調べたい事。
それはヒイロが再び現れた事についての情報だった。
そしてそれを知っている者がいるとするならば、思い当たるのはただ一人。
表舞台から姿を消した“白いローブを纏う男”だ。
シーラはこの男と面識があり、男の所在地を知る数少ない人物だった。
今から向かうのはその男がいるであろう、クリム共和国の北方にある国境付近だ。
(さて、手っ取り早く済ませなければな)
すべては戦争終結の為に。
そして悪名高い“ルベールの王”を討つ為に、シーラは全力を尽くす。
こうして、あらゆる因縁がぶつかり合う大戦へと時は進んで行く。
それは、ヒイロが再び現れたこの時を以て。
必然的に、或いは運命的に動き出すのであった——。
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