第2話Clim kingdom

これは、とある時代の御話。

舞台となる大陸には、三つの国があった。

それぞれ赤、白、黄色を象徴とする国々。

その内の一つで赤を基調とした旗を掲げるクリム共和国は、とても聡明な王が治める自然豊かな国だ。

民の信頼も厚く、何不自由ない平穏な生活が約束された場所。

けれど王は言いました。


『この国は、私は——酷く脆い』




クリム共和国の象徴たる城。

中世を代表するような荘厳とした城内。

その王の謁見の間にて、騎士団長が現国王へ報告をしに訪れていた。

「王よ。ルベール帝国が動き始めています」

中央で跪きながら言葉を発した騎士団長、名をシーラ・トリニティー。

青く長い髪は1つに束ねられており、凛とした姿は騎士の鑑の様な存在感を醸し出す女性。

そんな彼女はクリム王の右腕で、すべての指揮系統を担っている。

「つきましては、こちらも防衛線を張るべきかと」

真剣な面持ちでそう提言するシーラから視線をずらすようにして、どこか遠い目を見せる老齢の国王。

「……シーラよ。先代の王は寛容なお人であった。だが戦となると、あまりに消極的になり過ぎたのだ。結果、国は衰退した」

「存じております」

もう幾度となく聞いてきた嘆きの様な国王のセリフに、シーラは静かに耳を傾ける。

「余は同じ事を繰り返したくはない。早急に対処するがよい」

「はっ。必ずや、この国をお守り致しましょう」

迷いはない、そう騎士団長としての威厳を見せるかのようにして。

羽織る深紅のマントを翻し、シーラは颯爽とその場を後にした。




王の勅命を受けたシーラは、真っ先に自らの補佐を探す為、城内に幾つかある騎士団の拠点の一つへと入り、部下へと第一声を発する。

「ユリィは居るか」

支部の隊を束ねる隊長クラスの男が、シーラの問いに答える。

「ユリィ様でしたら、例の捕虜がいる監禁部屋じゃないでしょうか?」

そつなく答えた部下に対し、一瞬険しい顔を向けてしまう。

「……ああ、すまない。では引き続き、この区域の管理を頼む」

「はっ!」

そんな隊長クラスの男に見送られ、直ぐにその場を後にした。


監禁部屋へと向かう道中、眉間にしわを寄せて考え込んでいた。

大罪人の事についてである。

(ヒイロだと?なぜ今さら奴が……)

シーラだけでなく、この世界の誰もが思うだろう。

さんざん国々をかき回した男が、なぜ今さら姿を現したのか、と。

そもそもヒイロは既に死んだはず。

にも関わらず、どうやって再び顕現したというのか、シーラには想像もつかない。

とにかくそれくらいヒイロは有名人であり、世界が荒んだ元凶こそがヒイロであると。

どこか不自然な程、隅々にまで情報が拡散されていた。

まるで“ヒイロ一人が悪である”と言わんばかりに。


監禁部屋へとたどり着き、気を引き締める。

今から顔を合わせるのは憎き罪人であり、噂ではかなり頭が切れると言う。

自国で油断をするわけにはいかない。

携えた剣を擦りながら、ゆっくりとドアノブに手を掛ける。

「ユリィ、私だ。入るぞ」

扉を開けるとユリィは椅子から立ち上がり、上官であるシーラへと会釈をした。

桃色でぱっつん前髪のショートヘアーが目立ち、まだ若い年相応な雰囲気のユリィ。

けれど軍の二番手だけあって、実力も確かだ。

シーラからしたら、まだまだ発展途上なのだが。

「シーラ様。捕虜の意識は先ほど戻りました。ですが……」

何故か言い淀むユリィ。

予期せぬ事態にでもなってしまったのだろうかと不安が過るも、けれどベッドを見てみると、当の捕虜は眠っているようだった。

「突然、気が触れてしまったようでして。暴れ出したので、やむを得ず気絶させました」

自身の予想とは違った事で不安は拭えたものの、何処か不自然さを感じ取るシーラ。

「……なるほど。しかし、噂とは違うな。冷静沈着で、直情的な行動などしないような奴だと認識していたのだが」

「それがですね、この者はどうやら——」

ユリィは緋色から聞いた彼の身の上話を語る。

緋色の言葉を信じた訳ではない。

故にシーラがどういう見解を出すかによって、緋色の処遇も変わってくるだろうと考えるユリィ。

「ふむ……。これだけでは判断しかねるな。だが考えられるとすれば、記憶を失っているか嘘をついている、と言ったところか」

シーラの見解にユリィは頷く。

この世界には魔法など存在しない。

その代わり極少数の人間だけが扱える、特殊な能力が存在するのだが。

けれど時空間を行き来する能力など、シーラもユリィも聞いた事がない。

「暫くは様子を見るしかないだろう。しっかりと見張っておけ、逃げられては困る。上手く使えば、他国への切り札になるだろうからな」

シーラは逆にこの状況を好機と判断した。

記憶喪失でも騙そうとしているのだとしても、隔離しておけば実質的に他国へのけん制に成り得るからだ。

それくらいにはどの国も、ヒイロに対して恨みを持っており、復讐したいと思っているだろう。

それだけ今の世界は荒んでいるのだから。

「わかりました。各隊にも通達しておきます」

その意図を汲んで、すぐさま行動に移そうとするユリィに、シーラは指示を加える。

「それとユリィ。ルベールの先遣隊に奇襲を仕掛ける。防衛線と同時にそちらの準備にも当たってくれ」

「了解しました。シーラ様は?」

少しの思案顔をするシーラ。

だが既に目的は決まっていた。

「すまないが私は一度、国を離れる。少し調べたい事があってな」

「お一人でですか?」

心配そうに見つめてくる自身の部下に対し、安心させるような声色でシーラは言葉を発する。

「安心しろ。騎馬隊から腕利きを数名連れていく。すぐ戻るが、何かあったらお前の判断で指揮を取れ。出来るな?」

「は、はい!ですが、あの、……お気をつけて」

「ああ、頼むぞ」

ポンポンとユリィの頭を叩く。

シーラはそのまま部屋を後にし、直ぐに出られるよう準備に取り掛かる。

(もしかしたら、奴なら何か知ってるかもしれない)

シーラが調べたい事。

それはヒイロが再び現れた事についての情報だった。

そしてそれを知っている者がいるとするならば、思い当たるのはただ一人。

表舞台から姿を消した“白いローブを纏う男”だ。

シーラはこの男と面識があり、男の所在地を知る数少ない人物だった。

今から向かうのはその男がいるであろう、クリム共和国の北方にある国境付近だ。

(さて、手っ取り早く済ませなければな)

すべては戦争終結の為に。

そして悪名高い“ルベールの王”を討つ為に、シーラは全力を尽くす。


こうして、あらゆる因縁がぶつかり合う大戦へと時は進んで行く。

それは、ヒイロが再び現れたこの時を以て。

必然的に、或いは運命的に動き出すのであった——。

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