LOST HEAVEN Apocalypse

宵空希

第1話Welcome to

昔々。

とある時代のとある国で。

一人の少年が恋をした。

けれど少年の恋は実を結ぶことなく。

その人生に幕が降りた。

そこで少年は知りました。


『世界は、——残酷だ』




夢を見た。

まだ幼い頃だろうか、それは仲の良い三人の子供がはしゃいでいる。

二人の少年と、一人の少女。

けれどこの幸せな時間も長くは続かなかった。

場面は一転する。

悪魔たる者達によって蹂躙される人々。

喰い殺されていく仲間たち。

何もかもを奪われて、希望も失って。

単なる悪夢だったのかもしれない。

それなのに、どうしてなのか。

その時に感じたであろう余りにも鮮やかな激情が忘れられない。

ならばすべてを忘れてしまおう。

そのすべてが杞憂であったのだと、切に願うから——。




「ここは、いったい……」

倒れていた上体を上げ、辺りを見渡す。

目の前に広がるのは、荒廃した風景。

古びれたような建物の数々。

中世のヨーロッパと例えられる様な街並みの中にいた。

「……何だよ。どこだよ、ここは」

どう目を凝らしても見覚えのない風景に、焦りを感じ始める。

ここがどこで自分が何故こんな場所に居るのか、考えても答えが出る筈もない。

けれど仮に結論付けるのであれば、過去の時代へとタイムスリップしてしまった。

一先ずそういう認識をした。

(俺は上村緋色うえむらひいろ、高2。さっきまでは確かに学校の帰り道だった。それが何で、いきなり……)

訳が分からない、けれど考えても答えが出ないのであれば、何か行動を起こすしかない。

不安がない訳もないが、いつまでもこんな場所で立ち竦んでもいられないと気持ちを切り替える。

「とにかく、まず誰かを見つけないと」

日が落ちる夕暮れ時。

何とか落ち着きを取り戻し、まずここがどこなのか、元の場所へと帰れるのか、それらを知るために人を探すことにした。

宛てのない一歩を踏み出す。

せめて話の通じる人と出会えるよう祈りながら。


日が沈む直前。

廃れきった街を暫く歩いていた。

どこを見渡しても、広がるのは崩壊した建物の数々。

まるで戦争後の街並みだ。

人の住んでいる気配も全くと言っていいほどない。

元はこの時代の大都市であったのか、隅々まで見て周るには広すぎるような印象であった。

歩き始めてどれくらい経ったのか。

暗くなりかけている手前、流石に今日は諦めて野宿をしようと思った矢先。

ちょうど目の前に火の明かりが見えてきた。

察するに焚火くらいの規模の光だ。

何とか暗くなる前に人と出くわすことができたと安堵し、その明かり目掛けて走り寄る。

(……良かった、誰かいる)

後ろ姿から察するに、中年くらいの男性だった。

筋骨隆々の体格に簡素な布を纏ったような着衣で、地べたに座るその横には大きな斧が寝そべっている。

多少の不安に駆られながらも、その斧は狩り用の物だろうと信じ、声を掛けてみる事にした。

「あの!すみません、この辺りの方ですか!?実はこの辺は初めてで、いろいろ伺いたいのですが」

一先ず寝る場所くらい確保できるんじゃないかと、聞きながらにそう思った。

けれどその抱いた希望は、この男によって直ぐに掻き消される。

「き、貴様は……!まさか、ヒイロなのか!?」

「え?何で俺の名前を……?」

口から出た疑問に対し、男からは予想だにしない行動で返される事となる。

「——え?」

目の前で振り上げられた斧が、思考そのものを遅延させる。

その構えは何なのか、何のつもりでこちらへと刃を向けるのか、上手く頭が回らない。

「貴様さえいなければ、この街は!!」

何一つとして理解できない緋色を置き去りに、時だけが進む。

真っ白になった彼の脳裏を過るのは、やはり疑いようのない死だ。

身動き一つ取れないまま、男の両腕で持ち上げられた大きな斧が勢いよく振り下ろされる。

それがスローモーションのような流れで目の前まで迫ってくるも、避けることができない。

足が、身体が動かない、そんな時。

突如として緋色の視界には、美しい青色の光の線が写った。

「ぐあぁぁぁ!!う、腕があぁぁぁ!!」

それが何だったのか、何が起きたのかもわからない。

気付けば男の持っていた斧が、両腕もろとも地面に落ちていた。

恐らく突如現れたこの人物が、男の腕ごと切り落としたのだろう。

今現在緋色に背を向けている、この黒いローブを纏った人物によって。

悲鳴を上げる男を他所に、その何者かがゆっくりとローブから顔を出していく。

長くウェーブの掛かった、色素の薄い茶色の髪が広がった。

どうやら女性のようだ。

(……あれ、何だろう。何かが——)

彼女の後ろ姿を視認した緋色は、心の内に何かが灯ったような気がした。

けれどそれが何なのかわからない。

「き、貴様!?よくもぬけぬけと、我らが王は貴様を——」

男が彼女に対して絞り出したセリフは、最後まで発せられずに途切れた。

またもや青く美しい光の線によって、首と胴体が切り離されたからだ。

(何なんだよ。何が起きてんだよ、これ……)

たった今起きた出来事が受け入れられない。

自分が殺されかけて、その相手が別の誰かに殺されて。

転がる死体を間近に見て、気分が悪くなり吐き気を催す。

そしてローブの彼女はこちらの心情を全く気にしていないかのように、振り返り、ゆっくりと口を動かした。

「……久しぶりね、ヒイロ。まさか、生きていたなんてね」

突然の言葉に動揺する緋色。

それでも何とか声を絞り出す。

「……あんたも、俺を知ってるのか?」

自分は助けてもらったのだろうか。

だが警戒を解くわけにはいかない。

現にこの人物は何でもない顔で人を殺しているのだから。

だが、やんわりとほほ笑む彼女の表情に緋色は疑念や不安以上に、なぜか不思議と安らぎを覚えた。

けれど同時に、得も言われぬ悲しみに押し潰されそうになる。

この感情は何なのか。

本当に自分の物なのだろうか。

少なくとも殺害現場という緊迫した状況の中で感じる様な感覚ではない。

自分はこの人を知っているのだろうか?

いや、そんな筈はない。

そもそもこの時代にいる事こそ、本来なら在り得ない事なのだから。

けれどそんな考えも束の間。

彼女は緋色に対しての態度を変えていく。

「ふふ、忘れてしまったのかしら?それなら仕方ないわね……」

彼女の発した言葉と共に、空気が一変したのが分かった。

凄まじいほどの寒気を感じ取る。

一体何が起きているのか、何かこの短いやり取りの間で失言をしてしまったのか、相変わらず分からない事が続く。

「罰は、受けてもらわないと」

直感が告げる、非常に不味い事態に陥った、と。

すぐさま最悪の想像をして、何とか逃げる算段を企てようとする。

しかしそんなことを考えている時間すら、彼女は与えてはくれなかった。

青い光はどうやら、彼女の右手から発せられているようだ。

その右手が弧を描いて、そのまま緋色の左腕を透過した。

僅か数瞬の出来事であった。

「——え?」

速すぎて何も見えなかった。ただ、ぼとっ、と落ちた自らの左腕が見えたので、それを眺める。

理解していくと共に、痛みと恐怖が自身に襲い掛かってきた。

「う、ああぁぁぁぁ!!」

叫び声を上げ、激痛に耐え切れずに転げまわる。

だがどう動いたところで痛みが緩和されることなどなかった。

(何だ!?何が起きた……!?)

痛みの余り、思考回路がバグっていくようだ。

頭の中が再び真っ白になっていく。

けれどそんな緋色に対して、彼女は気にした素振りも見せずに告げる。

「——今はまだ殺さない。ゆめゆめ忘れることも許さない」

日が沈む直前の逆光が彼女の輪郭だけを投影するように、地に伏し彼女を見上げるだけの緋色を覆うのは、伸びた影とそこに見た憎悪。

そして。

「あなたは誰にも——渡さない」

言葉の意味を考える余裕もなく、緋色の意識はそこで途切れた——。




朝の日差しに目が覚める。

鳥の囀りを耳で拾いながら、ボロボロのベッドで眠っていた緋色は、傍に人が居る事に気付く。

「あ、やっと起きた」

「……ここは?」

質問を口から溢しながら、緋色は辺りを見回す。

イメージされるのは病室ではなく、むしろ監獄に近い様な閉鎖された空間だった。

部屋にはベッドしか置かれていなく、窓も小さな物一つだけ。

日差しも多少は入ってくるものの薄暗い方が強く、ベッドの隣の椅子に腰かけているこの人物も、顔まではハッキリと見えない。

声は女性のものだが、彼女のものではないことに安堵した。

悪い夢を見ていたのだろうか。

そんな事を考えていると、その女性が自己紹介をしてくるので素直に聞き入れる。

「私はクリム共和国の騎士団長補佐で、名前はユリィ・パーファシー。で、ここはクリム王城の監禁部屋。理解出来た?」

「……さっぱりだな」

と、無表情で返す。

言葉の通り、この世界の背景を何も理解していないし、そもそも自分が過去の時代にいるという事すら推測の一つでしかないのだから、この反応は当然であろうと思う。

なのでいきなり国の名前やら役職やらを言われてもピンとこない。

言語が通じるだけマシなのだろうか。

「え?何がわからないの?だって君、ヒイロだよね?そもそも君は死んだって聞いてたんだよ。私だってさっぱり」

女性の方が疑問一色の顔をしている事に、何だか逆に不思議な気分になってくる。

聞きたい、知りたいのは、どう考えてもこちらの方だ。

「えーと……、何から話せばいいんだろうか」

とりあえず自身に起きた不可解な出来事などをかいつまんで話した。

理解を得られるかは分からないが、言わない事には始まらない。

それに自分には何の関係もないのだと、そこを一番に主張したかった。

そしてそこで思い出す。

ふと見れば、やはり左腕の肘から先がない。

「つまり君は上村緋色であり、ヒイロじゃない、と?うーん……?私も会ったことはなかったけど、見た目はまんまなんだよねー」

不思議そうな顔をするユリィ。

やはりと言えばいいのか、疑問一色の顔はぬぐい切れなかった。

けれど緋色は思う。

会ったことがないにも関わらず、なぜそうだと断言できるのか。

写真のようなものが既に存在する時代なのだろうか、と。

「なあユリィ、さん。君が俺を助けてくれたのか?」

「ん、違うよ。うちの偵察隊がたまたま見つけて拾ってきたの。管理してたのは私だけどね」

まるで落とし物扱いの様な物言いだなと、文句を言いたくなる気持ちを内心で抑える。

それよりも気になったのが、昨夜の出来事の有無だ。

「……ありがとう、助かったよ。それで、……俺の腕とか、落ちてなかった?」

「腕?あー、それね。誰かにやられたの?ちなみにそれらしい報告は受けてないよ。野鳥の餌にでもなっちゃったのかな?」

「……そうか」

物証は発見出来なそうだが、昨夜の出来事は夢ではなかったのだろう。

片腕を失ってる時点でそんな事は分かり切っているのだが、それでも信じたくない気持ちにもなるものだ。

現時点でこの様なのに、今後の事まで考えると、どうしようもない不安が押し寄せる。

考えられる可能性として、自分は犯罪者と瓜二つなのだろうか。

それともそんな犯罪者の中にでも憑依してしまったのだろうか。

どちらにせよ現状は非常に不味い。

不味いのだが、それ以上に。

あの黒いローブの女性から向けられた視線が、頭に張り付いている。

最初は助けてくれた恩人という認識でいた。

でも彼女は豹変した。

空気が一瞬で凍りつくほど冷たくなったのを覚えている。

そんな中で彼女が発した言葉。

(俺が、何をしたって言うんだよ……!)

身に覚えのない、最も考えられるのは他人のそら似。

ただそれだけで腕を切り落とされた。

そして自分を殺す事が前提だと言わんばかりの言葉まで放たれた。

これを理不尽と言わずして何と言うのか、到底思い浮かばない。

けれど。

(……でも、何でだろう。彼女を見た時、凄く懐かしくて。凄く、……苦しくなった)

自分でもわからない自分の感情に戸惑いを覚える。

彼女との接点がどうであれ、彼女に好意でも寄せていたのだろうか。

でもどうやら理解の追いつかない感傷に浸っている余裕もないのだと、目の前の彼女、ユリィは淡々と告げる。

「それで、君の処遇なんだけど。とりあえず捕虜という形で拘束させて貰うから」

「え?捕虜?」

意味がわからない。

けれどうっすらと、緋色の頭に嫌な予感が浮かぶ。

「そ。今ね、この時代は戦争中なの。でね、それを引き起こした張本人が、ヒイロなんだよ」

この女性は何を言っているのか。

想像の遥か上をいく発言に、ただ顔を歪めさせるしかない。

「君がヒイロじゃないとしても、君を見た人はみんなヒイロだと思うから。外に出たら、弁解の余地もなく殺されちゃうよ?」

「……。」

言葉の意味をようやく理解した緋色は、自身の予感と現実が円滑に重なり合った事を知った。

そしてユリィの更なる追い討ちに、加えて顔を青ざめさせるしかなかった。

「言っておくけど、私も戦争で家族を失ったの。だから君を殺そうか、さっきまでずっと悩んでたんだけど」

そう語るユリィの瞳は、憎しみに満たされている様に見えた。

「だからこっちの言う事はちゃんと聞いてね?じゃないと君は、処刑場ではなく拷問部屋行きになっちゃうから」

緋色は思う。

この理不尽な現実に、果たして救いなどあるのだろうか、と。

本意にそぐわぬ形で世界が廻る。

そして良くも悪くも、そんな風に嘆いていた緋色の左腕は。

もう既に、何も感じなくなっていた──。


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