一②
雪で
村はずれに位置する呉師父の家は、相変わらずの
冷たい冬風に身体の
「俺です。永雪です」
「何じゃと?」
つっかい棒を外し、木戸が開いた。
「どうしたのじゃ、永雪。こんな
さも
永雪は呉師父が授業を行う広間ではなく、彼の住居に通された。
師父は近隣の町に知り合いがいるとかで、時折、こうした書物を
「──父さんが都で死んだんです」
「何じゃと? 病気か?」
「これを」
永雪が
「なになに……懐宝が
「そうらしいです」
手紙を読む
「
師父はすっかり
「わかってます。だから……だから、
永雪は自分の
「いずれにしても、朝にはおまえを
「……はい」
永雪は
「
「でも! 一族を全員死罪に追いやるような大きな罪です。ちゃんと裁きが行われたかもわからない。そんなに簡単に決められてしまうのでしょうか……」
「
「やっぱり、逃げなくちゃいけませんか」
それは、父の愛した村を捨てなくてはいけないという意味だ。
「逃げなければ、死ぬ。まさに
「そうだけど」
永雪は
生まれてこの方、牟礼から出たためしがないのだ。どこかへ逃げ延びよと忠告されたところで、行き先など思いつくわけもない。
「おまけに、ただ逃げるだけでは、だめだ。一度決めたなら、絶対に逃げ切れ」
「どうしてですか?」
「おまえを逃がしたと兵士に知られたら、村長や村人が
そこまでの
寒村だが、ここにはあたたかい人と人の結びつきがあった。人口が少ないものの、お
「でも、俺はここ以外は全然知らないんです。
「だから、村長はわしのもとへやったのだろう。しかし、行き先はおまえ
「え?」
意外な言葉だった。呉師父が決めてくれるのではなかったのか。
「
「じゃあ、国を出るとか?」
「国境の警備は厳重じゃ。金も備えもなければ、その前に
師父はあっさりと言い切った。
「全然、思いつきません……」
彼はふっと笑い、すぐに真顔になった。
「わしはただのおいぼれじゃが、これでも
「はい」
「おまえは器量がいいから心配だが、まあ、いっそ南方にでも行けば問題はなかろう」
南方の土地は、暘都を
「何もなかったものとして、ですか?」
「それはそうじゃ」
何も、なかった。
父が殺されたとしても、それすら目を
──そんなことが、できるのか?
十四年間、自分を育ててくれた父親。
そんな……そんなの……あっていいはずがない!
「──俺は、
永雪は押し殺した声で
「なに?」
「嫌だ!」
今度ははっきりとした声になり、がばっと顔を上げて老人の
「せめて、父さんがなんで死んだか知りたい。父さんは、陛下への
「永雪、落ち着くのじゃ。おまえらしくない」
「俺らしいって何ですか!? 親を殺されてるのに、口を
「本当に知りたいのか?」
呉師父が
「当たり前です!」
「やれやれ。おまえは同じ
「……申し訳ありません」
落ち着きを取り
「いや、違う。おまえがわしの期待に
永雪の
「わしは……
「え?」
「この国の人々は、
「…………」
師父は、いったい、何を言いたいのだろう。
「
「でも、勇気だけじゃ何もできません。俺が一人で
「人の志を
志──。
胸を熱くする一語に、永雪は目を見開いた。
「おまえがその心を持ち続ければ、あるいは、天命が下るかもしれぬ。
熱っぽく言い切られたが、永雪としては
呉師父は
「志だけじゃ、お
「そうでもないぞ。手始めに、都へ行け」
思いがけない師父の提案に、永雪は目を
「えっと……何をしに? 人を集めて革命を起こすとか?」
まだ自分は十四歳だ。あと二、三年も
そのうえ、仲間がいない。永雪の友人は、
永雪は弁が立って
「それは
静かに
「じゃあ、何をしに?」
「父親が
「都に行けば、父の死因がわかりますか?」
永雪は思考を
「無論、ただ行くだけでは意味がなかろう。策がなければ何もなし得ぬ。おまえなら、都で何をする?」
「まず、父を呼んだ貴族を
「貴族一人一人を訪ね歩くつもりか?」
都には名門貴族がそれこそ何十家と暮らしている。分家もあるだろうし、いちいち訪ねても取り合ってもらえないだろう。
「食堂とか、貴族が多く集まる場所はないんですか?」
「たいていの貴族は家にお
「……もしかして、宮廷?」
「うむ」
呉師父は深々と
「けど、俺が宮廷に入るなんて……そうか! 宦官になるんですね!」
「違う」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます