一①
「
どんどんと
「……?」
夢、だろうか。
「永雪、起きろ!」
やはり、自分を呼んでいる。
立ち上がって戸口へ向かい、そのつっかい棒を取り除くと、すぐに戸が開いた。
「永雪!」
「
飛び込んできたのは、
「どうしたんですか、何かあったんですか?」
「
「父さん?」
まだ、春は遠い。
麦の
冬の
都はもっと南のあたたかい場所に位置し、徒歩であれば二週間は要するそうだ。
そこには国王陛下と貴族が暮らしており、この国の政治を決めている。都はたいそう
「よく聞け、永雪よ。落ち着くのだ」
「はい」
「懐宝が死んだ」
「……え?」
まるで、世界中の音が消え
ばくん。ばくん。ばくん。
自分の心臓の音しか聞こえない。
「な、んて……?」
「おまえの父親が死んだ。
「どうして、ですか?」
父一人子一人の暮らしで、懐宝は苦労しつつも男手一つで永雪を十四の
「
「そんな……」
言葉が
そんなはずが、ない。あの懐宝がそんな
だが、父はしがない農民だ。
「父さんが暗殺なんて……
都である
「わかっているとも。わしとて、あいつに限ってあり得ないと思っている」
村長はどこか
「懐宝はこの小さな村を何よりも大切にしていた。
貧しい牟礼の村では、冬のあいだは女は家で内職し、男は鉱山に行くか
懐宝は生まれ育った牟礼の村を愛し、
彼が
「何も、わかりません。俺には何も……」
混乱した永雪が視線を落とすと、村長はその細い
「永雪。わしらは懐宝とおまえの味方だ。だが、よく聞け」
「はい」
「都から、おまえの処刑をせよとの命令が来てしまった。誰であれ陛下に
村長は悔しげな
「どうして……、こんなことが……俺……わからない……」
立ち直れない永雪の肩に載せた手に、村長はぐっと力を込める。
彼の
「わしにも、それはわからぬ。一つだけはっきりしているのは、おまえに弁明の機会はないということだ。だから、まずは
「ど、どこへ? うちは
「ここは呉師父に相談しろ。あの方は
永雪から手を
「…………」
「すまぬ、急ぐつもりが思いがけず長くなってしまったな」
「死ぬな」
「
何も言えない永雪は、自分の手の中の袋をじっと見つめた。
「これはわしらからの礼だ」
「礼って?」
「懐宝のおかげでこの村は、冬でも
「──はい……」
何一つ思いつかないまま、それでも、永雪は
「よし。では行け。夜が明けたら、陛下の使いが来る。おまえがやることは、わかったな?」
「でも、そうしたら村長さんたちが
そんなことはあってはならないと、永雪は声を
「いいんだ」
「よくないです!」
「平気だという意味だ。陛下の兵士は、おそらく数人。我々全員が知らぬとのらりくらりとしていれば、何もできんだろうよ。わしらは弱いけど、数だけはたくさんいるからな」
「……はい」
村長が数の力を
「
「わかりました。ありがとうございます」
「さらばだ、永雪。
「はい!」
村長が足早に立ち去ったあと、永雪は自分の身なりを確かめる。
まず、動くのに邪魔なので長い
着物は今着ている服くらいだし、
何にも、ないや……。
自分が十四年を過ごした
毛皮を羽織って家を飛び出した永雪は、呉師父の家へ急いだ。
けれども、どれほど
そこから逃げ出せというのは、あまりにも理不尽じゃないのか。
──行かなくては。
夜明けまであと数時間。それまでに村を出て、どこかへ逃げなくてはいけない。
だが、しんしんと雪が降るこの
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