part 5
わたしの弾丸とはべつのものが、崩壊していく右の翼にたたきつけられた。相手の右ヒレは引きちぎれる寸前となる。わたしのいる位置から光の発射口を見ることはできないが、ちかちかと点滅している光が視界に入るので、攻撃の意志はあるがうまくできない状況に陥っていると考えられた。
なにかとてもいやな感じがする。その正体がわからない。心臓が強く動いているのは自分の脚で走っているからだと思うのに。
それにしても、歩兵が携行する火器で出る単発火力ではなかった。砲撃だ。翼に先制攻撃をかけた砲台がまだ生きているとは考えづらい。だが弾が飛んできた方向はおなじ。もし援護射撃のつもりならとんでもない命知らずといえる。
そう思いながら次の弾倉を空にして入れ替え、撃つ。右翼がはずれた。おちてくる。しかし本体のほうはバランスを崩しこそすれ落下してくる気配はない。
「もっかのてきをはいじょし、りだつする。そのこたいからはなれろ。きけん。きけ。きけん。パン‐パン、パン‐パン、パン‐パン」
崩壊した翼が地面に突き刺さり、自重でかたむいていく。
わたしはこれでやつの攻撃能力をだいぶ削ったはずだと思っていた。
しかし
上天山脈で何人もの鳥が武器と頭を吹き飛ばされて戦死した。敵が質量のある光を持っているのであれば、スコープを覗き込みながら相手を撃つイコール敵からの反撃は急所を的確に撃ち抜く、が成り立つ。
だが、それ以上に、なにかがすごくいやだった。
わたしは砲撃をおこなった鳥が、いや、人間が、だれなのかと考えていた。
「きょういのはいじょをかくにん。こうげききこうのかいしゅうこんなん。ほうきしてりだつする」
〈おまえ……なにを撃った!〉
「ひじょうにてきたいてきないきものだ。じぶんからはうごかず、ちめいてきなさようをおこすぶっしつをとばしてくる。こうぞうてきにはすりーとにている。でも、まったくべつものにかんじた」
頭上で敵が方向転換する。わたしは何度もひきがねを引いた。しかし本体に着弾しても表皮がはがれおちてくるだけ。ヒレの付け根のようにはっきりとしたダメージを与えているように見えない。なら左翼を——
相手はそんなわたしの考えを読んだのか、右翼のあった側を下方に向けた。接合部だった場所を狙って撃つが、起きた現象は本体側とおなじだった。他に有効な場所はないのか。
〈くそっ。おまえが撃ったものの近くになにがあったか答えろ!〉
思念を叩きつけながら時間をかせぐ。
そうだ。目だ。目を確認していない。そう見えているだけでまったく別の器官である可能性もあるが、他と違う形をしているからにはなにかしらの機能を担っているはずだ。銃口を向けてスコープを覗いた。妙な形に変形しており、該当部の周辺がえぐれていた。ただちに射撃する。
「ふぁいぶにほうこくしなければ……」
敵の全力機動に対し、こちらの攻撃はあまりにも遅すぎた。声がかすれていく。命中確認すらできなかった。効果があったのかも、おなじように。
わたしは自分が乗り捨てたフロートボードを拾う。よく無事でいてくれた。すぐ光の攻撃を受けた場所に走る。きっと移動砲台の残骸が転がっているはずだ。
時速70キロ。ただの板切れにエンジンとプロペラをつけた簡素な機械が出していい速度じゃない。それが遅く感じる。人間はどうしてあの翼のように音速を超えることができないのだろう。教えてくれなくていい。そんな強い構造は自然に生じるタンパク質からは生まれてこないとわかってる。
高射砲はぜんぶで5基あったらしい。
そのうちのひとつは運搬用の大型ボードを残して消滅している。他に痕跡がない。一点に集中した光を浴びたせいでまとめて蒸発したんだろう。だから撃ち手のことはなにもわからなかった。
他の4基は砲身をど真ん中から吹き飛ばされていたが、それがかつて砲台だったことくらいはわかる程度の原型をとどめていた。光が横に走ったことが地面に残る焼け跡からも窺い知れた。わたしはボードから降りて横たわる鳥たちをひとりずつ確認していく。
ひとりめは上半身がなかった。残りの形が違って安堵した。
ふたりめは生きていた。それらしい外傷はない。ほうっておく。
次のひとりは不幸だった。頭と下半身が残っている。ゴーグルをはずしてから、目を閉じてやる。
最後のひとりは右腕を根元からうしない、肩も半ばまで削り取られている。その傷口が完全に凍結していた。わたしは急いで呼吸、次いで脈を確認した。ボードまで走って戻る。信号弾を打ちあげてから、救急医療キットを取った。まだ助けられる。
死ぬな。だいじょうぶだ。この傷なら助かる。わたしも似たような傷を受けたことがあるからくわしいんだ。だからたのむよ。死なないでくれ。
わたしはなにもわかっちゃいなかった。
やつを倒せるなんて希望を他のだれかに抱かせてはならなかったのに。
気をひければそれだけでよかったのに。
凍結しているところに消毒液をぶちまける。輸血パックをよく振ってから、手順に従って針を刺すための準備をする。おちつけ。ゆっくりやるんだ。こういうときに無理に急いでだめにしたんじゃ、悔やんでも悔やみきれないってやつだろ。
「は、は……」
彼女がかすかに笑った。
「師匠……そんなにあわてなくても、あたし、そんなにすぐ死なないですから……」
アリアはそういって、笑ってみせた。
ばか。わたしはこの戦いに参加するのだって反対だったのに。
「ごめんなさい」
くちではなんとでもいえる。そうさ。あとでならなんとでも言い訳が立つ。
ゴーグルをはずした。視界が歪んで作業が進まなかった。
アリア、ごめん。
わたしは失格だ。師匠になんてなるべきじゃなかった。あまつさえ恋がしたいなどという邪念を抱くなんて。そんなことをしているからひどい結果を招く。
「泣かないで、ください……悪いのは、師匠のいいつけを破ったあたしなので……」
わたしはひどい頭痛にさいなまれ、それをきっかけに、ようやく自分がヘッドバンドをはずしたままにしていることに気づいた。取り出して頭につける。周囲がしんとなった。余計なものは聞こえなくなる。頭痛も消えていった。
アリアは左腕を持ちあげ、わたしの頬をなでた。
「ああ……グローブくらいはずせばよかった。せっかく、師匠の……」
彼女の笑みはそこでふっと消えた。
叫び声をあげたい。
でもそれをするための場所が再生してくれることはなかったんだ。
この身体は、喉という、人間にとって極めて重要な器官を不要とみなした。
だからわたしは、この非常時に、彼女に自分の想いを伝えるもっとも有効な手段を行使することができなかった。
救援はすぐに到着した。信号弾を見るまでもなく、翼が飛び去ったのを確認して、すぐ出動してくれたのかもしれない。
まごまごしていたわたしに代わり、到着した年上の鳥がうまいことアリアの処置をしてくれた。派手な負傷だが死ぬまではいかないと教えてくれる。
帰り道、その鳥はわたしにこういった。
「緋音さん。救急医療キットの講習に興味はないですか。
……ほんと、師匠なんて名乗れる立場じゃない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます