Part 4
組織にとって幸運だったのは、国家連邦の保有している戦闘機には明確な欠点があったことだ。災害級ディズに対してはコスパが悪い、ということ以外に。それは航続距離がみじかいということだった。
航続距離というのは、その飛行機がどこまで飛べるかを示している。フロートボードもエンジンを使っているのだからおなじ制約があるけれど、積める燃料がすくなければすくないほど飛んでいられる時間はみじかくなる。
赤い信号弾が消えそうになるたび追加で打ちあげられた。
夜間に戦闘機を撃ち墜とすのは、正直なところ無理だろう。そもそも地上から10000メートルも離れた空を飛んでいるものに地上からなにかをぶつけるのが無理。さらに目で見えないという制約までついてくる。むかしはミサイルという撃てば当たる魔法のロケット弾があったらしいが、いまそんなものを作ろうとすれば製造中にディズにたかられて終わりだ。
それで、ないよりはマシだし、
それが戦闘機の撃墜に駆り出されているようだ。
あちこちに状況連絡係として鳥が動員されていた。地上に連絡用ライトの点滅が乱れ飛ぶ。いちいち解読していても疲れるだけなので、なんとなく状況を把握したらあとは無視した。
ユウヒを先頭としてわたしたちはやや北側に向けて進路を取っている。
岩如翼が食事を終えて天に飛翔するのと、空から煙を噴きながらなにかが落下してくるのが見えたのが、ほとんど同時だった。
どういう経緯かは知らないが、戦闘機がおちてくる。
「このまま北側から敵をにらみます。
「スカウトまがいで終われればいいんだけどな」
同道していたふたりの言葉をわたしは横に聞いていた。
翼が進路を変えているのが見える。じっくりと回遊してから、例の鉄塊が落下した地点をまっすぐに見た。とんでもない観測範囲だ。そして信じられない速度で飛んでくる。あいつこそ巨大な弾丸だ。
そしてそれは正確無比に、戦闘機の残骸がある地点へと着弾した。
空気が震えた。おそらくは地面も。
そいつが食事をしているところをまじまじと見る。
クジラという生き物は、人類の母星に生息していた巨大な哺乳類だ。岩如翼と比べるとずっとちいさいけれど、それでも数十メートルというおおきさがあったと語られることが多い。そして、飛行能力は持っておらず、地上に出ることもできず、海で生活していた。食欲は旺盛。おおきく口を開けて海水ごと獲物をほおばると、あごで水をこしてから丸呑みにする。わたしが本から得た知識はだいたいそんなところだ。
岩如翼の食事方法はそれと違うところがある。口の先端を開いて物体に噛みつく。身体を支えるためなのか、両ビレを地面に添えている。そのため左右から攻撃を加えれば即座に光が飛んでくるだろう。ギリギリ見える口先から舌のような器官が伸びてきて、そいつを地面にこすりつけて地面をえぐりながら金属がなくなるまでくりかえしている。
信号弾の色が黄になった。警戒しながら待機せよ、だ。
いわれなくてもそうする。ユウヒの選んだ進路は、対象の有効攻撃範囲内と推定される5000メートル圏内を避けている。
体感でおおよそ60秒というところか。食事が終わると、あいつは頭をあげ、浮上を始めた。あたりを見渡す。それらしい獲物がないか探しているように見えた。油断しているのか、ヒレが垂れさがっていた。
想定外は次の瞬間に起きた。
わたしたちのいるほうと逆側で、対ディズ用砲弾が発射された。頭部のむこうに光が広がって、翼の頭が巨大な影絵となる。
岩如翼はただちに質量のある光で反撃する。一点集中砲火。
静かになる。
いやな静けさだった。
レシプロエンジンの甲高い回転音と、プロペラが空気を切り裂く鈍い音。
その隙間から、だれかのうめき声が聞こえた。鳥がひとり、フロートボードから転落する。もうひとりもコントロールをうしないながら減速していく。
ヘッドバンドを貫通して音が聞こえてきた。どこか犬のとおぼえを思わせる。
はるかとおく。ふたたび赤い信号弾が打ちあげられた。支部からの直接指示だった。遠くでちかちかと光っている色も赤だ。どれもこれもが支部に敵を近づけるなということを命じていた。
問題は、どうするか、だ。
翼は宙を舞い、あたりに敵らしき敵がいないかをうかがっているように見えた。
撃てば苛烈な反撃に晒される。だが無策でほうっておけばやつがどこでどう動くのか一切の予測ができない。
わたしは帽子に触れた。
そのなかにある赤いヘッドバンドについて、数秒悩んだ。
だが。
いまは、いまこそ、理性的な判断というやつでこいつをはずすときだ。
アリア。いままだどこかで生きているというなら、彼女に矛先が向かうのを阻止しなければならない。
以前のように髪の毛が風で邪魔になることはなかった。
バンドをはずすと防寒具の胸元にねじこむ。
音は声へと変わった。
「パン‐パン、パン‐パン、パン‐パン。われてきのこうげきをうけたり」
高出力の、はっきりとした声だった。
「きんきゅうじたいにつき、どくじのはんだんでこうげきをおこなう。パン‐パン、パン‐パン、パン‐パン。われてきのこうげきをうけたり……」
岩如翼が臨戦態勢に入った。わたしは全速力で敵の真下を潜り抜けようとした。もし最初の攻撃が有効な部位に命中していたと仮定すれば、狙うべきは損傷している反対側ということになるからだ。
〈ならば、わたしのほうから相手をしてもらう〉
わたしは右腕だけで白虹を構えると天に向けた。位置的には右ヒレの付け根あたりに当たる。スコープを覗く必要はない。トリガーを引くと同時にフロートボードから飛び降りた。
予測進路上に光の柱がいくつも突き刺さる。角度が悪い。雪上を転げたボードには当たらなかった。気にせず連射する。おなじ場所を狙いながら前進。雪を踏みしめながら撃つ、か。こんなこと、まとな身体じゃできなかった。
右ヒレが垂れさがってくる。いいところに目をつけたものだ。
「なぜ、てきとともにこうどうしている。なぜ」
声が震えている。人間のように平常心をうしなっていた。
〈おまえがわたしたちを攻撃するからだ〉
空になった弾倉を捨てて雪上を駆ける。敵の光は見当違いの場所へ発射されては結晶した水を蒸発させていく。リロード完了。
「ちがう。ちがう。ちがう。そのこたいはきけんだ。わたしたちをはかいするちからをもっている。はなれるべきだ」
〈そいつは好都合だ。この程度の武器でもおまえには有効だとわかった〉
見立て以上にこいつは損害を受けているし、混乱もしているというのが伝わってくる。
〈撤退するかここで死ぬか、選べ〉
自壊を始めた翼根を見て、きっとわたしは笑みを浮かべていた。すべてがうまくいくのではないかという楽観によって引き出される、もっともおろかな表情を。
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