Part 3
スカウトはランクAの鳥で、以前も見たことのある相手だった。前髪がほんのわずかだが帽子とゴーグルの隙間からはみだしている。やや薄い青色。それ以外、彼女を彼女として認識できるような情報は外見からは読み取れない。
彼女は臨時作戦指揮権限、つまり緊急時にはリーダーの代理を務める権利と義務を保持していた。それを示すための腕章が肩に巻かれている。飛び立つ
彼女はこの雪原を思わせる冷たい声音でいう。
「国家の戦闘機が北西に向けて離脱した。理由は不明。隊長機が墜とされたらしいが、それは戦闘を放棄する理由にはならない」
わたしたちはフロートボードで、その戦闘機が向かった方角に走りつづけていた。レシプロエンジンをフル回転させて追いかける。
「本部の指示は?」
ユウヒが慎重に問う。
「ない。独自判断で追跡している」
即答だった。いっさい迷いを持っていない。
「わかりました。帯同しても構いませんか?」
「
3秒くらいか。ユウヒが沈黙を挟んだ。
「
「見逃してくれることを祈る」
「本気ですか?」
「おまえこそ本気か。
彼女はわたしのことを認知していたようだ。ゴーグルごしだが、こちらに視線を向けられたのがわかる。ハンドサインで肯定した。
「先の戦闘機に関しては話が別だ。逃亡が目的ならどこかで必ず機体を捨てるし、
わたしには彼女の意図がなんとなくわかった。戦闘機の位置を把握しておけば安全が確保しやすい。イーターの名のとおり、対象はおおきな金属の塊があればそれを捕食しに飛んでくる。例の戦闘機を狙う優先順位は低いだろうが、一度感知した獲物を逃がしてくれる確率は低いだろう。
「この動きが比較的安全、ということですか」
ユウヒの要約に、スカウトは「ああ」といった。
「第二・第三攻撃隊の連携がうまくいかなかった時点でこの作戦は失敗している。第四攻撃隊にしても国と企業がいなくなったら撤収なのだから、この作戦において一番重要なのはいかに戦わないか、だ」
「だから不確定要素を取り除きたいのですね」
「自分が空飛ぶ餌なのはあのパイロットだってわかっているはずだ。賢者か臆病者であることを願う」
「愛国者だったら、どうします?」
「そのときは帰宅を遅らせるだけだ。さきにいっておくが、融通できる食料はない」
冷たい鳥だ。だけどこのくらいエゴが剥き出しなのはすがすがしい。もしおしゃべりができたら雑談でもしているところなのだけど。いまは名前を聞くことさえ難しい状態だった。あなたの名前はなんですか、なんてハンドサインはない。こんなことなら手話を習得しておくべきだった。つうじる相手があまりにもすくなすぎて、すぐやめてしまったのだ。このスカウトにならつうじたかもしれない。
いや、もしかすると。わたしは彼女の近くで連絡用ライトを明滅させてみた。ゴーグルをかけているから直接照射してもだいじょうぶだとは思うが、さすがにそれは迷惑なので地面に向けて。
ナマエ。
「そんなことに興味があるのか、蜘蛛崩しどのは」
つうじた。
アル。
「シズク」
ミヨウジ。
「ヒマなのか?」
ヒマ。
「余裕があってたのもしい限りだ。クオン」
ワタシ、アカネ。
「知ってるよ。だが毎回蜘蛛崩しの緋音どのと呼ぶのは長いだろ。だから異名に敬称をつけさせてもらった」
イイヨ。
「なにがだ?」
ヨビステ。
「ふうん」
青い髪のスカウト、クオンシズクはしばらく考えてから答えた。
「やめておくよ、蜘蛛崩し」
ナゼ。
「オレが名を呼ぶのは違う。まだ連帯してないんだろ」
ソウ。
「これは雑談だけど」
彼女の声にわずかながら温度が感じられるようになった。
「年上の弟子がいると聞いてる。その子にさきをゆずるのが筋だ」
……。
ナンデ。
「師弟関係はそのまま恋愛に発展し、やがて連帯につながる。組織の統計データがそれを示してるから、すくなくとも鳥がそういう傾向にあるのは客観的に事実だ。おおむね共通認識だと思っていたが」
シラナイ。
「興味がなかったかな」
アル。
振り返った。空が輝く。地上に突き刺さる幾多の光。
アリアの顔が脳裏によぎる。
「だいたいオレたちは強い相手に惹かれるようにできてる生き物なんだから、弟子が師匠にプラスの感情を抱くのは自然なことだ。逆でもプラスになることがあるのは不思議だが、いずれにしろ絆は理性的判断では割りきれない物事を引き起こす」
ソウカナ。
「そうだろ。でなければ、オレは鳥になっていない」
わたしが反応しないでいると、彼女はつづきを話した。
「おまえからはランクSとは思えない幼さを感じる。雰囲気はあるし、実力も疑っていない。だが頼ろうという気にもなれない。似てるからだろう。戦闘しないという方針に賛同してくれたのは感謝している。このまま逃げきれるといいな。そうすればもっと他愛ないことで悩むヒマが得られる」
ソウダネ。
このスカウトは他人に興味がないのかと思っていた。だけどそうではないということがわかった。彼女のおかげで無駄な力が抜けた。これはユウヒみたいに真面目すぎるタイプからは得られない効果だ。臨時作戦指揮権限を持っているのは単に高ランクの
そうだよな。戦わず、やりすごす。それができれば別居になってもアリアとの時間はいくらでも取れるんだ。それはわたしにとって他愛ないことではなく、人生をかけたいと思うような重大事だけれど、そのことは自分だけがわかっていればいい。
「みんな! どうやら愛国者を引いたみたいだよ!」
叫んだのはユイだった。
遠方に点々と緊急防衛指示を示す信号弾が打ちあげられていく。
「ここまでだな」
シズクはフロートボードの速度をゆるめた。
「あとは任せる。オレに交戦指示はでていない」
ユウヒは黙って進路を変えた。それに追従する。もし無事に帰れたら、聞いた話は日記に書いておこう。あと組織の資料にも目をとおしておいたほうがよさそうだ。連帯に関する資料があるとは知らなかった。だれが作ったものか聞いておけばよかったな。わたしはちらとうしろを見たが、すでに声で会話できるような距離ではなくなっていた。
遠くからずうんと重たい音が届いてきた。
「あんまり戻りたくないね」
「そうもいきませんよ」
他人の消極的な会話にわたしは入りこめない。戻る理由ができた途端、一刻もはやくアリアに会いたくなった。
了解、なんて事務的な言葉が最後になるなんて許せないから。
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