Part 2
作戦は予定どおり、
空はすっかり暗くなっており、連絡用ライトの青い点滅がはっきり見えた。わたしたちは組織の極光雪原支部から離れ、上天山脈中央部付近に野営地を作って待機していた。
遊撃隊は攻撃隊と支援隊のふたつで構成されている。攻撃隊はランクSひとり、A4人、リーダーひとりの合計6人。支援隊はふたりで、攻撃指示が出た場合は即時撤退するように取り決められていた。そこにアリアがいた。編成表を見るまで知らなかった。なんでも糧食の調理に抜きん出たものがあるとかで、彼女の調理はたしかにひとあじ違った。料理がうまいなんて初めて聞いた。組織もアリアも、いつも肝心なことを教えてくれない。
そして、リーダーも知り合いだった。ユウヒだ。組織の推薦するリーダー候補から選ばれた。語尾がヤンスは印象がよくなかったのかな。わたしはカナメのほうにきてほしかった。もっとも、ユウヒにだって文句はない。そしてランクと指揮能力は比例しないことを全員わかっている。だれからも文句は出なかった。
「みなさん、時刻を1200へ」
ユウヒがいつものように言った。
連合作戦の不合理のひとつに時計合わせがある。UTC、協定世界時とかいう、過去の遺物みたいな時間を使わなければならない。UTCはASTマイナス8なので、夜なのに1200時という変な状況になる。どの勢力も喪失した領域でしか正常な動作をしないUTCなど絶対に使っていない。しかし足並みをそろえるにはむしろ都合がいいのだろう。あと、組織は気前よくUTC専用時計をくれる。連合作戦に参加するのはこれで二回目なので、わたしはこれで二個目。別にうれしくないけど。必要最低限の機能しかないし、デザインも変わってない。死体から拾って使いまわしているといううわさもある。無料だと事実無根ともいえなくて不安だ。
全員、長針・短針・秒針を12の数字に合わせ、時計を止めている。
「ハック」
掛け声とともに竜頭を押しこんだ。秒針が動き始める。アリアも忘れずにやっているのをこの目で見届けた。
「組織からの指示があり次第、別途連絡します」
ユウヒにすべてを任せきりにできるわけもなく、持ち回りで作戦進行を見守る。緊急時にはベルを鳴らして即座に臨戦態勢に入るわけだが、相手は超音速飛行が可能な災害級ディズだ。時計を合わせる前からずっと戦場に関心を向けていた。
遠くで質量のある光が幾度となく
本日の荷物は大口径対物狙撃銃の白虹と、予備マガジン9個、サイドバックに救急医療キットだ。ボードにくくりつけたリュックに予備マガジンを20個入れてきたが、これを悠長に使えるかはなんとも言えない。そもそもいま装填されている弾丸をすべて撃ち切れるかどうか。不意の遭遇には使えると思うのだが、それはそれであったら困る。
わたしはスコープを覗きこんで様子をうかがった。遠い。ここからではかすんでしまう。それでもやつの特徴的な部分は見えなくもない。
対象の持つ光の発射口は、翼に点々と並んでいる。そこから一定間隔で音もなく緑色が降り注ぎ、地上を焼いていく。もし変な角度で直撃されると、全身が綺麗になくなってしまうだろう。敵の両ヒレは発射角度調整のために下方へかたむけられていく。ディズに有効な砲弾があればヒレの付け根を狙って切り離せるかもしれない。
第二次攻撃隊の狙いはまさにそれだった。
岩如翼が突如、ぐるりとその身を横にねじった。わたしはあわててフロートボードから跳ね飛ぶ。雪上に顔面を突っ込んでしまった。冷たさを噛みしめながら周囲を見渡す。みな同じようなことをしていて妙な安心感を覚えた。あれはそれだけ危険な動きだった。
周囲を薙ぎ払ってもなお、翼は動くのをやめなかった。空中で体勢を変え、羽ばたき、光を撃ちおろす。自分に害をなすものすべてに容赦なく攻撃をつづけている。砲撃のいさましい合奏もだんだんと演奏者が減り、やがては静寂がおとずれた。
第三次攻撃の始まりを感じ取れたのは、対象が空中に向けて光を散乱させ始めてからだった。雲を引き裂き、まるでオーロラのように夜空を彩る。
嫌な予感がする。唐突だが、不測の事態が起きる気がした。
それはすぐ現実になった。
「スカウトがこちらに向かっています」
わたしにも見えた。赤の高出力ライトが西、こちらからだと右方向だ、そちらに疾走している。遠い。フロートボード。ユウヒが見えていることを青のライトで示す。相手が手元を明滅させ始めた。モールス信号になっている。
スカウトから送られてきた最初の二文字で、わたしは銃を空へ掲げた。だがさすがに見えない。
ユウヒが大声を出した。
「ソラ、テキゼントウボウ!」
最悪だ。戦闘機の最大高度がどれほどのものか詳しくないが、すくなくとも1000メートルなんて低空ではない。
「後方に伝令。対空砲の準備を」
その命令はアリアにくだされた。
「了解」
彼女はほぼ即答し、フロートボードを走らせた。一瞬だが迷っている。理由がわかった。彼女はここにいたかったのだ。
「
そうユウヒはいった。声の調子を荒げないよう努力しているのが伝わってくる。
「これよりわたしと緋音さん、それにユイさんの3人でスカウトと合流します。残りはここで戦闘態勢を維持してください」
「追うの?」
ユイと呼ばれるランクAの鳥がいった。帽子からはみ出している髪の毛は桃色に近かった。伸ばしてるみたいだな。身長は160くらいで、高くはない。
「組織の指示を黙って待っているわけにはいきません」
ユウヒの答えに、ユイはうなずいた。
「まあね。情報があれば対処法も考えられるし」
「そういうことです」
わたしはふたりに同調した。
覚悟を決める。
撃墜対象がどんな動きをするのであれ、あるいは何事も起きないで済むのであれ、やれることはやっておく。あいつは絶対にアリアと引き合わせてはならない。
わたしは帽子をなでた。いつぞや、独断でバンドを外したことがあった。ふたたびその機会が巡ってきたのかもしれない。
空にはオーロラが見えている。風になびくように揺れる光の帯。わたしたちはフロートボードを駆り、赤い光を追いかけ始めた。
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