Part 5

 上天山脈付近に岩如翼イワノゴトキツバサが回遊しているという情報が入った。これにより極光雪原南部の広域に侵入禁止令がくだった。この命令は組織において絶対であり、故意に破れば降格や一定期間のライセンス停止、永久追放などの重い処分がなされる。災害級ディズを刺激し、鳥の拠点が攻撃されるなどの重篤な問題が発生した場合、その責任を取ることはだれにもできない。もし死体が立ち入り禁止区域で発見された場合、組織は死後であっても必要な対処をおこなう。そしてこれには連帯責任が発生する。

 組織の要請により特別に該当区域への侵入を許可された偵察要員、ランクAのスカウトが、岩如翼に対し単独攻撃を仕掛けた鳥を確認した。該当の鳥はランクCであり、他の鳥と連帯を結んでいた。攻撃には大口径対物狙撃銃・白虹はっこうのデッドコピー品が使われた。ホワイトレインボウと名づけられた企業製品で、見た目はほとんどおなじだが素材自体に違いがあり、精度も比べものにならないほど低い。対ディズ用の弾薬としてはもっとも威力の高いものを装填できるが、過剰な連続発射に耐えられるようなしろものではないため、戦場における信頼性を重視する鳥が使うような武器ではなかった。使い捨ての雇われが持つようなものということだ。

 スカウトは攻撃状況を遠方から確認し、記録をつけた。その鳥は上空で停滞する岩如翼を発見すると、頭をおさえた。このような事例は災害級ディズに接近した人間からよく観察される。スカウトも同様の影響を受けたが、より遠距離にいたため、やや強めの頭痛に襲われただけで済んだと報告している。

 先制攻撃は約2500メートルの距離からおこなわれた。3発が発射され、いずれも着弾し岩如翼の右翼、ヒレにあたる部分を損傷させた。直後、大出力の光が照射され、ホワイトレインボウごと攻撃者の右肩が吹き飛ばされた。このとき、頭痛の症状がひどくなったという。

 岩如翼は脅威となる対象が排除できたと判断したのか、そのまま上空で待機をつづけた。スカウトは接近を危険と判断し、命令違反をした鳥の遺物を回収することはせず、撤退した。

 組織はこの攻撃をおこなった鳥をすみやかに特定した。それはあたしと師匠が岩如翼に遭遇したとき、いっしょにいた6人のうちのひとりだった。

 攻撃を実行した動機も調べられた。調査の結果、その鳥の連帯相手が災害級と接敵したことによって発生する精神錯乱におちいっていたことがわかった。重傷者はメンタルが弱る。頭痛を浴びせられると、まともでいられなくなるのだ。これが単独攻撃を実行した動機だとされた。交流のあった鳥、ホワイトレインボウ入手の手助けをした鳥、弾薬を供給した鳥。彼女たちの証言が災害級ディズへの復讐というありふれた理由を補強した。

 彼女と連帯していた、いまなお療養中だった鳥はライセンスを剥奪されて追放処分となった。鳥の組織と近しい企業へ送られ、病院に収容される。いや、こういういいかたは物事を石棺におさめて隠蔽するようなやりくちだ。ナインステラの企業に良心というものは期待できない。ましてや鳥となれば、一度は国家や企業を捨てた身だ。どのような待遇を受けるかなんて容易に想像できる。モルモットとして最悪死ぬような人体実験を受けさせられる。名目としては、人類がディズに反攻するための礎となる、ということだ。

 組織はこの鳥が企業となんらかのつながりがあったのではないかという疑いを持っていた。どういうことかというと、岩如翼を刺激することで組織になんらかの打撃を与えたうえで、連帯していた鳥を追放させる。放逐された鳥は企業が引き取るわけだが、報酬としてより手厚い治療が受けられるという条件を出されていたのであればどうか。このさい、根治治療ではなく生活支援を主軸とした提案であっても受けいれるメリットはあるはずだった。

 組織ももちろん、後遺症を癒すための手法を模索していて、これは戦力の速やかな回復・補充という観点から軽視していい問題ではない。だからルールがなければ連帯している鳥がいなくなっても福利厚生の一環という建前で治療という名の実験をつづけていたはずだ。ただ、あくまでも根治治療や対症療法による戦力回復が主目的となるため、どうあがいても使い物にならないという診断がくだれば鳥をやめざるをえなくなる。そうなるくらいなら空手形でも、約束を反故にされるリスクを取ってでも企業と手を組んだほうが幸せになれる可能性がある。

 自由か、安定か。

 この二択を突きつけられたとき、ひとはその信念の強さを試される。そしてそれぞれの合理性に従って最適なほうを選ぶだろう。

 組織は結局、この攻撃があまり有効なものではなかったことから、企業が関係している可能性は低いと結論づけた。攻撃に企業製の武器が使われるのも特別なことではない。訓練用のダミーカートリッジが企業製品であるように、入手可能なものであればなにを使おうが組織の関与することではない。ホワイトレインボウが使われたのも信頼性を捨てて火力を取った、ということで一応の説明はつく。


 この話で得られる教訓はひとつだ。

 ひとりで災害級ディズを殺せるなんて、そんなのは幻想だということ。

 もしそんなひとがいるなら、もうそのひとは人間をやめている。


 あたしはこの話を聞いた夜、ねむれなかった。

 ねむれなくて、隣にいる緋音師匠の顔をずっとながめていた。

 このひとなら、あるいは。

 そんなことを思って、ちょっぴり。ほんのちょっとだけ、彼女の、まだ身体につながったままでいる、美しく輝く白金色の髪の毛をなでた。

 胸が高鳴る。

 あたしの胸のなかにあるこの感情は。高揚は。

 恋。

 ううん。

 もしかするとそんな綺麗なものじゃなくて。

 もっと薄汚いもので。

 他人に説明したくない。声に出したくない。

 ねえ、師匠。


 あのとき止めなければ、あなたはアイツを殺せたんじゃないですか?

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