Part 4
緋音師匠直筆サイン入りメイドの少女が悪のお嬢さまに溺愛されるようなタイトルの恋物語、がカナメさんたちの手に渡った。あたしと師匠は12人で編成される攻撃隊へと組み込まれ、周辺に現れるディズの駆除を請け負うことになった。6人で1班となり、ふたつの班は相互に援護しあいながら行動する。
この攻撃隊の第一目的は小型ディズの定期的な殲滅にある。そして第二目的は新人の実戦経験を増やすことだった。カナメさんとユウヒさんにも弟子がついたそうで、さらに別のペアもあわせて合計4人のルーキーがいるチームとなる。これをサポートするため、他にもCランクの鳥が4名ふくまれている。カナメさんたちの人望と、師匠の名声によって参加してくれた有志とのこと。
あたしにはひどくエゴイスティックな目的がある。けど、それを達成するためには鳥のなかで力をつける必要がある。装備と仲間を揃え、経験を積む。やつを殺せる力を持つために。
短期間で複数の出撃があった。研修みたいなものなので必要経費を引いたらゼロに等しい報酬しか出ない。しかし移動目標に対し実戦で射撃をおこなえる機会をより安全に買えたと思えばリターンはおおきい。また、この前のような事故には遭遇しなかった。師弟は同一目標を狙うという取り決めにより、人数に対する攻撃能力は低いものの、速やかにカバー可能かつ弟子の出来不出来を把握しやすい環境が整えられていた。
というわけで、細かい反省文を書く日々がつづいた。出撃し、撃ち、帰り、反省する。くりかえし。忙しかった。休む暇がない分だけ強くなれる。そう信じた。結果として、あたしはDランク昇格試験を受けられることになった。
昇格試験にはおまけみたいなペーパーテストがある。鳥という組織についてや、日本語の知識についてなど、いかにも鳥の基本ということを問い直される。他にも一般的な学校で学ぶようなことをいろいろと出題されるが、数学と物理だけやけに難しい。ある特定の環境下で発射した弾丸が確かに相手に命中するかどうか。本当に対象物を破壊可能であるか。この理論的な部分をちゃんとわかって撃っているかどうか確かめられてしまう。実技で百発百中ならあんまり細かいことは必要ないよ、と師匠がはげましてくれた。あまり参考にならない意見だと思った。とはいえ、昔からテストというものが得意だ。どうにかした。
実技試験のほうも、まあなんとかした。日ごろ、師匠から厳しい環境で訓練するように指導されていたおかげだろう。これを自分の力と過信するのは早計だ。
それはそれとして、あたしは無事にDランク、ド新人から新人くらいまでにはなれたのでした。
お祝いというわけでもないのだけど、攻撃隊のみなさんといっしょに食事会をすることになった。緋音師匠の弟子Dランク昇格おめでとうの会、みたいなやつ。アリアの名前が出ることはなかった。
会ではみんな普段着ではなくおしゃれをしていた。ハレの日に着ていく服がない、みたいな冗句を思い出す。師匠はまったく気にせずいつもの軍服を着ていたが、そりゃオーダーメイドのやつだからどこに着ていっても恥ずかしくないよね。
「ここからが本番というところでヤンスね」
カナメさんがいつもと違う、なんかこう、つやつやした感じの緑髪をふぁさっとした。こういうところがしっかりしてるんだよな、とあたしは適当なチキンをかじりながら思った。
「これからは緋音さんとは別に行動することも増えてくるはずでヤンスよ」
うん。うん。あたしはうなずく。Eにはおもりが必要だ。だから常に師匠がついていてくれた。今後はその制限がなくなる。師匠がいなくなるわけではないけど、独り立ちしていくべきときが近づいてきている。
「師匠」
あたしはしんみりとしつつも、きりっとした表情を作った。
「これからは独りで立てるよう、いっそう精進します」
卒業生代表のテンプレみたいな言葉だな、といってから思った。
すると、師匠がさらさらとなにかを書いた。
——だいじょうぶ。アリアをひとりにはしないよ。
その場にいた全員がわっとなった。
「それはどういう意味でヤンス?」
「くわしく説明してください」
「そんなにあたしって頼りないですか?」
あたしは既製の軍服の胸をつかみ、いくつも折り重なる質問に自分の声を加えた。
ひとりにはしない。それがなんだか特別に思えてしまって。
うん。ばかなのかもしれないけど。あたし。なんかこうあれよ。確かめずにはいられないものもこの世にはあるんでヤンスよ。
で。
——わたしはアリアの師匠だから。
テンプレにはテンプレが返ってきた。
まわりがほっとしているなかで、おそらく、あたしだけががっかりしていた。
なんで? ってやつでしょ。自分でもよくわからなかったもの。なんでがっかりなのかがね。だからあたしは冗談のつもりで次をいった。
「じゃあ、これからも師匠のそばにいてもいいですか? おなじ部屋でおなじ時間をすごしてもいいですか?」
師匠は使用済みのページを開いた。
——もちろん。
秒だった。瞬間だった。刹那だった。とにかくみじかかった。
「今日は飲むでヤンス~」
アルコール類には依存性がある。そのため、兆候が見られた鳥は強制的に治療させられることもあるという。その努力もむなしく酔っ払い傭兵になってしまうものもすくなくはないと聞く。鳥という生きかたはどこか苛烈だ。精神に来ることもある。あるいは、最初から最後まで酔っぱらったままで生きていきたいとかなんとか。そういう人生もあるんじゃないかなと思ったりもする。
あたしは緋音師匠のなかに含まれる、そんな刺激的で有毒な成分のことを理性で捉えようとした。なにがあたしをここまで酔わせているんだろうかと。
「アリアちゃんも飲むでヤンス~」
「飲みません」
「わたしたちの酒が飲めないと?」
「飲めません」
「つれないでヤンスね~」
「つれません」
「こんな高いのは今日だけですよ」
「つられません」
余計なもので感覚を鈍らせたくない。
あたしは緋音師匠のことをなんと思ってるんだろう。
いつになくシリアスなあたしの目の前で、師匠は注がれたお高い酒をちびちびと飲んで、あっという間に紅くなってしまった。もう。タイミング。あるでしょ。もっとなにかあるでしょ。
それでね。
ぎゅーっ。
だった。なにかってのは。ぎゅーってやつだった。
師匠に抱き着かれていた。
「えっ。えっ?」
じっと見あげられる。潤んだ瞳のなかにはあたししか映っていない。
それがどれくらいつづいたのかわからなかった。時間の感覚を喪失する。数秒のことだったのか。数分つづいてしまったのか。いやいやさすがに一時間はいっていないでしょうとか。そういう些末な話じゃない。本当にぜんぶわからなくなってしまった。師匠が胸元に頭をぐりぐりしてきたから、ぜんぶ。
そのあと、あごに頭突きを喰らった。
とても痛かった。
——ごめん。よってた。
師匠は真顔、完全に素面に戻って、そう書いた。
「ほぼ一分で醒める酔いでヤンスか」
「さすが特例上位ランカーはいろいろと違いますね」
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