Part 3

 カナメさんとユウヒさん。ふたりにはある共通点がある。それは師匠のファンクラブの創設者であるということだ。カナメさんが一号、ユウヒさんが二号。順番は戦闘経験の長さで決めたそうだ。実際にはじゃんけんをするなど揉めたらしいけど、なんともつつましい内輪揉めだから笑っていられた。

 笑えなかったのは、師匠の髪を横流ししてほしいといわれたことだ。休憩所の隅にある机をはさみ、あたしたちはソファに座っている。スプリングの軋みが気になるくらい年季の入った品のうえ。

「ファンクラブの創設者としては、やっぱり髪の毛の一本や二本ほしくなるんでヤンス~」

 カナメさんのわざとらしい語尾のつけかたには脱力させられそうになるけど、隙を見せたら熟練の傭兵らしくブツをとっていくかもしれない。

「これはね、だめなんです」

「そこをなんとか、でヤンス」

 ユウヒさんも似たノリで自身の金髪に触れた。

「かなりの量を切り離したはずですよね。あのときは緊急時でしたのでどうすることもできませんでしたが、自分の手で切り落としたということと、それを託された人物がいたということ、そしてあなたが災害級ディズと遭遇しながら生き残ったというその事実。これらを合わせればそれらしい逸話を盛ることは簡単なんですよ」

 でしょうね。

「だからだめなんです。これはその、ぜんぶあたしのものなので」

「自分だけが生き残ればいいと」

「それはなんというか違くて。でも売ったりとかあげたりとかもだめで。とにかくだめなんです」

「はずむでヤンスよ。こういうときは金に糸目をつけないのがファナティックというものでヤンス」

 鳥の使う共通通貨が詰まった袋をどんと机に置かれた。

 え? そこまで?

 いやいや、見た目だけでしょう。中身が詰まってるだけとかそういうやつ。

「いつ死ぬかわかりませんからね。三途の渡しには六文銭でじゅうぶんです」

 ユウヒさんが袋の紐をゆるめて中身を見せてきた。

 あらまあ。目のなかにエンマークが浮かびそうになった。古典的な表現だけれど、本当にそういう気分になりかけまして。お金があれば銃や軍服その他をオーダーメイドに変えることができるし、嗜好品に手が出せるようにもなる。まだ俗世間にいたころの、お金というものに対する信仰心が抜けていないところがあるみたいだ。それに気づかせてくれたことへ感謝はする。

「あたしはお金では動きませんよ」

「試してみましょうか」

 もう一袋置かれた。うわ。

 ごめんなさい、師匠。

「だ、だめですってば……」

 ちょっとくらいならいいかな、って一瞬だけ思いました。不出来な弟子を叱ってください。でも、師匠はひとを叱るのも苦労する身体だ。これ以上、余計な負荷をかけたくない。

「あたしはお金では動きませんから」

「じゃ、これはどうでヤンス?」

 次に置かれたのは、メイドの少女が悪のお嬢さまに溺愛されるようなタイトルの恋物語だった。いやいや、さっきより価値さがってますから。

 というのは早とちりで、しかもカナメさんたちを見くびっていた。

「ここに緋音さんのサインが欲しいんでヤンス。そうしてくれたら、この前よりもおおきな攻撃隊を編成するでヤンスよ。より安全に実戦経験を積んでランクをあげるなら、悪い話ではないと思うでヤンス」

 うっ。声が出そうになったよね。だってさ。こっちのやりたいことが見透かされてるんだもん。

「期日は設けません。しばらくここにいるつもりですから。その本はあずけておきますので、気が向いたらサインをもらってきてください」

「待ってるでヤンス~」

 カナメさんたちは袋を回収すると、軽く手を振ってから去っていった。

 なんだかうしろめたい気持ちもありつつ、あたしはその本を手に取った。そして読む。やすっぽい恋愛ファンタジー。さいごまでゆうじゅうふだん。師匠の書いた文章を前提として、ストーリーを追いかけた。

 室内の時計が定刻に鐘を打ち鳴らす。つづきが気になるまま訓練に出た。

 師匠に散々すっころばされてからシャワーをさっさと済ませて夕食もすぐ終わらせ、部屋に戻って読書を再開した。あたしは純粋に本を読むってことをしていなかったと思う。ただただ知りたかった。師匠が夢中になっていること。なにが彼女の心を揺らすのかということを。

 つんつん。

「ん。ん? えと、なんですか、師匠?」

 本のことに気をとられていたせいで、あたしは基本的なことを見落としていた。

 ——かったの?

 そう。入手経路を師匠が不思議に思うのも当たり前だ。

「んや。いえ、これは、その。借りものなんです」

 ——だれの。

 師匠の視線がいつもより自分に突き刺さるような感じがする。

「あっ。そのですね。鎧塚ヨロイヅカさんたちです」

 ——そうなんだ。

 目が別のほうを向く。

 嫌な感じがした。すごく。

 まるで興味が自分から他人に移ったかのように思えて。

「これはですね違うんですよ師匠。あのひとたちの目的はあくまで師匠のサインであってこの本はそのための取引道具っていうか決して趣味がおなじとかそういうのではないと思いますし。その出汁に使われたあたしもあたしだという自覚はありますけどそれはそれとしてしたたかなに利用してやろうっていう意気込みで読んでるだけで、つまりあたしのほうが師匠のことを知りたくて一生懸命で非公式ファンクラブ第零号としての責を果たしてると思いますよ?」

 すごく早口になった。


 その日、師匠は二度と目をあわせてくれなかった。

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