あなたの声 / Air for you

Part 1

 あたしは独りぼっちになった。

 巨大なディズの放った光が、在彼アリア一家をこの世から消し去ったから。

 この世界に産み落としてくれた母と、やさしかった姉さんに恩返しするのが自分の人生になるのだと思っていた。

 けれど、現実はそうはならなかった。これからどうやって生きればいいのか。そもそもどうすべきなのか。すべてがわからなくなってしまった。でも、生きていかねばならない。国家に所属している限り、人間というものは生きていかなければならないのだという。

 生を義務とされたから、あたしはそこから逃げるために鳥を目指した。

 でも、あるとき、あたしは気づいた。

 声が聞こえることがある。

 だれにも話していない。でも、聞こえる。

 それはディズの放つ声だった。

 やつらに意志があるとわかった瞬間、ただの動物ではないのだと悟った瞬間から、あたしの心のなかに火が灯った。

 皆殺しにしてやる。寄星獣のすべてを。

 あたしのすべてを奪った、あの岩如翼イワノゴトキツバサを忘れることなどない。


 なかった。


 いま手元では白金しろがね色の髪が束になっている。手触りがよくて、いつまでも撫でていられる。いまも指先でなでなでしたりして。あたしの鳥としての師匠、技や心構えを教えてくれるはずのひと、蜘蛛崩しの緋音の髪の毛だった。昇蜘蛛ノボルクモという災害級のディズを撃破した、唯一の生存者。

 彼女は自分に、次のように筆談した。

 売っていいよ。金になるだろうから。

 人間の心はあるのか。ないと思われる。だから英雄になれた。蜘蛛崩しの緋音は、上天山脈での決戦で最後の追跡者となり、死体から武器を奪ってまで戦闘を継続したという。現場に救援隊が駆けつけたときには喉を破壊された状態で、それでもなお生存していたというのだから、人間をやめている。いま適当に要約してみたんだけど、あたしを説得するにはじゅうぶんな理屈だった。

 そのひとがどうして戦闘中に髪の毛を切って自分に渡してきたのか。経緯報告書というか、顛末書というか。それには一切書けなかった。師匠の声が、心が、そうとしか形容できないものが聞こえたことも含めて、なにも。

 そこに書けたのは、最初の攻撃で移動目標に対する射撃を外したこと。それどころか実戦での命中率は20パーセントを切っていたこと。有効射程外の敵に向かって射撃をしてしまったこと。それを制止しようとした師匠、緋音さんのことを無視したこと。全部師匠には見られていたこと。加えて岩如翼への単独攻撃未遂。本レポートは以上のようにアリアの実戦経験の不足を明らかにするものであります。これって精神的に追い詰められるような作文ではないでしょうか。でも鳥という傭兵には倫理観というものがないので、ついてこれないなら死ねと言われる。

 あたしみたいな甘えんぼにはちょうどいいかもね。

 その手書きの文章は、師匠が日記と一緒にデスクのなかにしまってる。鍵はかけられていないが、あたしには倫理観があるので、勝手に覗いたりはしない。本棚にある恋愛ファンタジーの数々だって、許可なしには触れない。

 まあ、師匠って、恋愛に飢えてるのかな、とか。

 その、ね。センシティブというか。

 うん。

 怖かった。

 死ぬことが、ではない。

 このまま、恋もできずに死んでしまうことが。

 とか、ね。

 そういうのが聞こえた気がした。

 それが師匠の声だという保障なんてどこにもないんだけど。あるいはそれは、もしかすると自分自身の感情かもしれないんだけど。うん。なにしろあたしは、なにを隠そう、恋をしたことがない。一度も。姉さんは好きだったけど。お母さんも好きだったけど。そういうのは家族愛というものだと思うのでして。だから恋というものがわからない。その萌芽を戦闘のなかに見出したのかなとか。それが人間の生存本能によるものなのかなとか。なんとなくそれらしい理屈を探しては、違う、違う、と自分自身で否定することをくりかえしている。

 恋。

 あたしは絵物語がリアルかファンタジーか判断できないほどに無知だ。

 もらった髪の毛は大変たくさんあるため、そのうちのひと握りを組み紐っぽい感じの腕輪にしてみた。見るひとが見たら気持ち悪いと思うのではなかろうか。というか気持ち悪いのではないかと自分でも疑っている。作ってしまったものは仕方ない。つけようかつけまいか迷った。

 迷っているときだった。

 つん、つん。

 うん。

 師匠が後ろにいたんだわ。

 もうね、ぞっとした。

 血の気が引いた。すーって感じに。

 で、師匠はメモ帳の、すでに使ったことのあるページを開いて、文字を見せた。

 なにしてるの。

 ですよねー。

「えと、師匠の髪の毛を腕輪にしてました」

 正直に話すと、彼女は頬を紅くしてそっぽを向いてしまった。


 それでね。

 不覚にも、どきりとしてしまったのです。

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