Part 5

 35まで自分の撃墜数を数えていたが、敵が減ったようには見えない。後続と合流されたのだろう。これですべてなら良いが。思いながら空の弾倉をはずす。雪原が平坦であるということは、どこにも身を隠す場所がないということでもあった。後方にはアリアと、戦闘不能者が二名だ。

 遠方でカナメとユウヒが戦っている。すでに声がかすれて聞こえない。小型の携行火器で弾丸をばらまき、敵の注意をひきつけている。そういうものをこちらは準備していない。いいリーダーだ。次があるなら甘えさせて欲しい。彼女たちは陽動に専念している。このうえ有効弾まで求めるのは欲張りというもの。攻撃はわたしたちの担うべき役割だ。

 しかし一撃いちげき一殺いっさつでも手数が足りていない。アリアの命中率がかんばしくなかった。実戦は人間の精度を落とす。仕方がない。わたしもそうだった。苛立ちを隠せないのは、単に自分も未熟だからだ。

 アリアの肩を銃身で叩く。彼女は驚いてこちらを見た。

「師匠……?」

 わたしは荷物を降ろし、空になった弾倉を彼女に押しつけた。

 構える。

 撃つ、撃つ、撃つ、撃つ、撃つ。

 命中確認をせず弾倉を外してアリアに投げつけ、最後の再装填。

「っ、師匠、その」

 連射。事前に用意していた分が終わった。撃ち尽くす状況を想定していなかった自分に怒りを覚える。

 アリアに向けててのひらを差し出す。

 弾倉が渡された。中身を確認。正しく装填されている。よし。

 狙う、撃つ。狙う、撃つ。狙う、撃つ。狙う、撃つ。狙う、撃つ。

 リロード。受け取り、狙い、撃つ。

 いい手際だ。ここにきて訓練の成果を感じる。

 一旦射撃を中止。予備の弾丸は200発あった。食事より継戦能力を重視した結果だ。他の人間には持たせられない重量になっている。見られたらどんな顔をされるか。すくなくともアリアはぎょっとしていた。

 残りふたりの方を見る。戦線復帰は期待できない。

 50発まで戻す。リロードして敵の横から撃った。カナメたちに近いものから順々に墜とす。距離は約2000メートル。対ディズ用の弾頭は着弾しさえすれば相手の細胞に噛みつくようにして破砕してくれる。とにかく当てればよいというのはありがたかった。寒い場所では弾丸の飛距離が伸びないので余計にそう感じる。

 何分間撃ちつづけたのかわからない。弾を再び撃ち尽くしたころ、ようやくディズの姿が見えなくなった。

 カナメたちが戻ってくる。負傷している様子はない。幾度となく光を撃たれたはずだ。少なくとも超音速で飛んでくる攻撃を見てから回避するのは不可能。撃たれる前に射線上から退避するだけの観察力がある証左だ。

 月と星以外に地面を照らすものがなかった。ゴーグルに備わっている集光能力のおかげで、わたしはまだまだ明るく感じた。他の人間の感覚はわからない。

「思ったより状況は悪くならなかったでヤンスね」

 緑髪の少女はそう言って笑ってみせた。いい出来の笑みで、うらやましかった。

「負傷者の状況を確認します」

 そうしてやってくれ。わたしはアリアの肩を叩く。そしてにらんだ。この危機を招いたのはこいつだからだ。

 アリアはうつむき、泣いた。ゴーグルをはずして拭う。一部は凍った。

 お説教の文言を考え始めた。生き残ったからには教訓を得る必要がある。自分の行動がなにを引き起こすのか、身と心で覚えるために。

「彼女はダメです」

 振り返る。ユウヒだった。

 チームの状況を見る。

 傷を負った少女の方には、まだ息があった。問題はもう片方だ。

「いやだ。いやだ。どうして」

 泣きわめくそいつの特徴をわたしは無視した。感情移入する価値がない。

「帰還するしかないでヤンスね」

 わたしは首肯した。残党がいるかいないかに関わらずただちに帰投するべきだ。想定より多いディズと戦った。まだいるかもしれない。そして戦力の3分の1が戦闘不能。野営すら論外のリスクがある。仮にもチームを組んだ身だ。死傷者を出す前に戻らねば筋が通せない。

「彼女たちを運搬します。協力を」

 了解。カナメとユウヒは最低限の武装以外を放棄して、ひとりずつ戦闘不能者を背負った。わたしたちはできるだけ物資を集め、走るフロートボードを後ろから追いかける。

 いつかわたしも、あんなふうに感情を乱すことがあるんだろうか?

 その物思いに耽る時間はなかった。

 カナメたちの身体が暗がりに包まれ、揺れる。雲が出たわけではない。

 わたしは音を感じた。

「師匠……」

 アリアが寄り添うように走る。このままでは転倒すると直感した。ブレーキをかけさせて着地する。

「あれは、なに……」

 カナメもさすがに口調を乱した。

「でヤンス」

 訂正。すごいやつだ。

 わたしは、わたしたちを照らす光源——それを遮る巨大な影を見た。

「あれは、あたしのッ!」

 アリアが叫ぶ。

 まいったな。

 まさかこんなところに出てくるとは。

 頭上には全長1000メートルを超える鋼鉄のクジラが浮いていた。

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