Part 3
「師匠。あたしって運がいいんですよ」
アリアの言葉に首をかしげてみせる。本当にそうか? そう思うけれど、本人が言うのであれば一旦は飲み込むのが師匠の役割だろう。否定するのは、その言葉のなかに含まれている成分を吟味してからでいい。
食堂だった。極光雪原の基地は設備が整っていて心地いい。朝食を一番に受け取り、フォークでつついている。配給はすべての鳥が平等に受け取ることができるが、優先権は上位ランカーにある。そのフォロワーになることができたアリアは、自分に帯同するのだから、似たような待遇を受ける権利を持っていた。
「ご飯はおいしいですし、師匠は蜘蛛崩しの緋音なんですから。これで上位ランカーになれないなんて、そんなの嘘だと思うんです。ですよね?」
わたしもそう思う。と、アカネはうなずく。それを保証できる身ではない。この首肯は彼女の運の良さに関する同意ではなかった。今期の試験を首席で合格したアリアには選ぶ権利があった。それで、これまで弟子を取ったことのないわたしが指名された。寝耳に水という慣用句がある。実際に水を注がれたらどうなるのか興味が出た。
防寒具に訓練用の銃を二丁ずつ、それに防音を兼ねた耳あてにゴーグルをつけて訓練場に向かった。すべて屋外にある。雪が降っていた。風も強い。いい状況だ。
射撃では通常の弾薬を使う。200メートルはあまりにも近いが、まずはそこから始める。寄星獣・ディズを模した標的が配置された。固定された目標に対しては基本的に命中率100パーセントでなければならない。アリアは
スコープで着弾地点を確認。アリアが命中させた場所を正確に吹き飛ばしていた。
「さすがです、師匠」
それはアリアの方だよ、と声をかけてあげたかった。
わたしは、ぐっど、と書かれたページを彼女に見せた。
標的までの距離を200メートルずつ延長していく。それに伴い、一発あたりにかける時間を伸ばしていった。天候や風速の影響を理屈と体感で覚えるためにメモを取る。最後はアリアの銃の有効射程距離をギリギリ上回る1000メートルを撃たせた。発射数5に対して命中4。これでは死ぬ。
より取り回しのいい、軽量の狙撃銃で立射をさせる。通常弾頭では人間より強い相手に効果は見込めないが、対ディズ用の弾頭であれば命中させるだけでもなんとかなることもある。反動がちいさいためアリアでも連射が可能だ。こちらも1000メートルまで試させた。成果はまあまあというところだった。
撃つ? と、わたしの銃を持たせてみる。
「重っ……こんなの、どうやって立射してるんですか……」
わからない。訓練の成果と言いたいけれど、違う。幸運だ。
二脚を展開して、再び匍匐させる。やらせてみはしたが、2000メートル以遠は不安定の一言に尽きた。もっとも、当たらなくていいし、当たったところで通常弾頭で有効かは疑問がある。訓練用に支給されている弾頭を撃ち切る。射撃訓練はこれで終わり。後ほどレポートを提出させる。
日々の走り込みや筋力トレーニングを含む日課をこなしてから、ふたりで街に出た。娯楽用品を扱う店に入り、新刊を探した。入荷日は不定だった。空振りに終わることが多い。
「師匠って、本当に恋愛ものが好きですよね」
顔が熱くなる。そういうの、声に出して言われると恥ずかしい。
「かわ。失礼しました」
アリアはすんでのところで口をつつしむ。
……全部言ってくれればいいのに。
鳥の集会所にも顔を出す。ディズを狩る仕事は出ていない。前回の出撃で大規模な駆除が進んだため、やつらも表に出てきづらいのだろう。
「すこし失礼します」
アリアに了解のメモを見せる。
彼女は災害警報のチェックを始めた。リアルタイムではないが、付近で発生したディズによる大規模破壊に関する情報を得ることができる。
丹精込めて書いたページを彼女に見せる。
「あ、いえ。近くにはいないようです。そう簡単には出てこないですし、いまのあたしじゃどのみち撃ち墜とすなんて……」
そうごまかすアリアは、わたしのことを見てくれなかった。その瞳は天井を向いて、ゆらゆらとした光を跳ね返している。火のようだと感じた。
確かに、彼女には実戦経験が圧倒的に足りていない。でも、それは自分が言える立場のことだろうか。他の鳥と比べて、わたしにあるのは実績だけだった。
蜘蛛崩しの緋音。シーカーブレイカー。そんなおおげさな伝説だけが独り歩きして、だれもわたし自身のことは見ていないような気がした。
「あ、やっぱり来たでヤンス~!」
物思いに耽る時間もなかった。
緑色に髪を染めた、染めてるんだよな? ツインテールで中背な女の子だ。そしてそのバディと思わしき金髪長身の少女が後ろをついてきている。彼女たちが蜘蛛崩しファンクラブの一号・二号とのことだ。どちらも鳥としてのランクは高い。キャリアもわたしより長いはずだった。
「相変わらずさわがしくてすみません」
金髪の少女が頭を下げる。それでもわたしの目線より低い位置には来ない。
いつもありがとう。わたしは新しく作ったページを見せながら、笑った。
その笑みの出来は、彼女たちの困惑した表情で推して知るべしというところだ。
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