第3話 陰キャと陽キャの繋がり
明崎さんの妹は、僕と同じく陰キャに分類される人種だそうだ。
陰キャとは言っても、毎日を死んだような目で生き、毎朝気だるそうに起きて学校に行き、帰ってきたら晩御飯を食べて風呂に入って寝るだけの地味で退屈な生活を繰り返していたのではなく、僕と同じようにアニメを見たり漫画を読んだりと、自分の好きな物に熱中して目をキラキラと輝かせながら毎日を過ごしているオタクだったんだとか。
明崎さんはそんな妹の目から、少しずつ輝きが失われていることに気付いていた。
しかし、妹にどれだけ何があったのかを訊いても理由を教えてくれることは無く、そうこうしているうちにある日突然不登校になってしまった。
居ても立っても居られなくなった明崎さんは、妹になぜ不登校になったのかをしつこく訊き、同じクラスの陽キャたちからいじめを受けていたと聞き出すことに成功した。
最初は自分の妹がいじめられている事実を信じることができなかったが、実際陽キャである明崎さんの周りでも、僕のような陰キャをバカにする風潮はあったらしく、陰キャの妹がいじめられていることは事実だと理解せざるを得なかった。
それからしばらくして、明崎さんの妹は自殺未遂をしてしまうところまで追い込まれてしまったらしい。
一命は取り留めたものの、病院のベッドで眠っている妹の姿を見て『なぜ自分は妹を自殺未遂にまで追い込んだ人間と同じ人種で、そんな人種の人間と仲良くしているのだろうか』と思った明崎さんは、陽キャをやめて陰キャになるべく陰キャである僕のところにやってきたのだそうだ。
その話を聞いた僕は、最近陽キャグループの中にいる明崎さんが無理に表情を作っていたのはそういうことだったのかと納得した。
「……まあそんなわけで、私は自分が陰キャになるために関谷君に近付いたの。悪い言い方をすると、私利私欲のために関谷君を利用しようとした酷い女の子なんだよ」
僕に近づいた理由が私利私欲のためなのは褒められたことではない。
それでも僕は、明崎さんが酷い人間だとは思えなかった。
「……別に酷くないと思いますけど?」
「えっ、いや酷いでしょ。自分のために関谷君を利用しようとしたんだから」
「確かに僕の立場から見ると僕を利用しようとした酷い人に見えるかもしれませんけど、側から見れば妹のためになりふり構わず行動をした妹想いな優しいお姉さんに見えると思います」
明崎さんは陽キャでいることに嫌気がさしているだろうが、陽キャとして積み上げてきたこれまでの功績はそう簡単に否定するべき物ではない。
陽キャとしての明崎さんも、妹のために陰キャになりたい明崎さんも、嘘偽りなく分け隔てなく誰にでも優しくできる明崎ひか莉そのものなのだから。
「いや、でもそれってやっぱり関谷君から見たら私は酷い女に見えるってことでしょ?」
「普通の人ならそう見えてしまうかもしれませんけど、僕にはそうは見えません。むしろ僕にも利用価値があったのかと喜んでるくらいです」
流石に『僕にも利用価値があったと喜んでいる』というのは無理があったかもしれない。
それでも僕は明崎さんを酷い女呼ばわりはしたくなかった。
「利用価値って言い方はなんか引っかかるけど……」
「それにこうして明崎さんと話して、少しだけ心が晴れた気がしたんです。多分明崎さん持ち前の明るさだったり、可愛らしい表情に癒されたんだと思います。僕という一人の人間の心を晴れさせたんですから、明崎さんは酷い女の子なんかじゃありません」
「なっ、何可愛いとかサラッと言ってんの⁉︎ 陽キャより陽キャっぽいんですけど⁉︎」
「陽キャとは真逆ですよ。陽キャの人は少なからず明崎さんと仲良くなりたい、付き合いたいっておもって可愛いって言ってると思いますけど、僕は自分に自信が無くて明崎さんと付き合えるなんて微塵も思ってないので、逆に可愛いとか恥ずかしいことサラッと言えちゃうんです」
「うーん、なんか言ってることが難しくてよくわかんないけど……」
「好きな人にはちょっかいかけたくなるけど、好きじゃない人とは普通に接することができるアレの逆バージョンって感じですね。好かれている人にはどきまぎしちゃうけど、好かれるわけが無い人にどうも思われようがどうでもいいというか」
「ふふっ、それもよくわかんないよ」
「例え話が下手すぎましたね。すみません」
多少無理矢理ではあったが、明崎さんを酷い女呼ばわりはしたくなかったし、明崎さんの表情には消えかかっていた輝きが戻ったような気がした。
「……なんかもったいないなぁ。もっと自信持てばいいのに」
「えっ、何か言いましたか?」
「なんでもないっ。今日はありがとね、突然話しかけたのに迷惑がらず話聞いてくれて。今日で少しだけ陰キャに近づけた気がするよ」
「別に陰キャに近づく必要無いと思いますけど」
「どうしても陽キャの自分が許せないからさ。まあ陽キャだからって一概にみんながみんな悪い人間ってわけじゃないけどね」
「明崎さんが悪い人間じゃなかったみたいに、陽キャの中にも良い人はいるんでしょうね。ごく少数だとは思いますけど」
「自分では酷い女だって思ってるけどね。また2巻読み終わったら貸してよ。続きが気になって気になって」
「あっ……はっ、はい。……わかりました」
「それじゃあもう帰ろっか。だいぶ暗くなっちゃったし--」
「あっ、あのっ!」
「ん? どうかした?」
僕は柄にも無く無意識に、帰路に就こうとしている明崎さんを呼び止めていた。
「よかったら2巻持って帰りますか?」
「えっ、いいの? でもそれだと関谷君が読めなくなっちゃうんじゃない?」
「いえ、僕は家に他の作品でまだ読んでいないラノベがたくさんあるんで、急いでオタ甘を読む必要は無いですから」
「……そ? それならお言葉に甘えてっ」
そう言って明崎さんは、暗くなり始めた教室を明るく照らすような笑顔で僕の手から2巻を受け取り、僕たちはそのまま教室を後にした。
この時はまだ、自分でもなぜ明崎さんに自分が読み終わっていないオタ甘の2巻貸したのかわかっていなかったが、後にその行動は僕が明崎さんとの繋がりが無くならないように取った行動であることに気付くことになるのだった。
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