第2話 陰キャになりたい理由
僕が貸したオタ甘を2時間ほどで読み終えた明崎は、開いていたオタ甘の小説を閉じて話しかけてきた。
「うん。めっちゃ面白かった」
正直陽キャの明崎さんがオタ甘を読んだところで『面白くない』とか、『何このくだらない話』という言葉を吐き捨てられるかと思っていたが、どうやらオタ甘は明崎さんのお口に合ったようだ。
予想外の感想に一瞬言葉を詰まらせた僕だったが、さも自身満々だったかのように「でしょ?」とだけ返事をした。
それにしてもまさかこの場で1冊読み終えるとは思わなかったな。
家に持って帰って数日かけて読むか、借りたはいいものの読む気が起こらずテキトーな感想だけ伝えて返却してくるものだと思っていたんだが。
辺りはすっかり暗くなり、毎日どの部活よりも長く練習をしている野球部の生徒でさえもう下校を始めている。
こんな時間になってまで1冊全てを読み終えたとなると、明崎さんには本気で陰キャになりたいと思う理由があるのかもしれない。
「私たちが見てるドロドロな恋愛ドラマには絶対無い展開で新鮮だったよ」
「楽しんでもらえたみたいで良かったです」
「逆に関谷君はそういうドロドロな恋愛ドラマとか見たりしないの?」
「陰キャ的には陽キャが触れたことのないジャンルを好きでいること自体がアイデンティティなんで」
「何それ。あー、でもなんかわかるかも。私も他の人が見たこと無さそうなドラマをNetflixとかアマプラとかで見漁るの結構好きだし」
「そうです、それと同じ感覚です」
所謂学生時代にあまり人気のないバンドを好きになるあれと同じである。
「シンプルな疑問なんだけど、なんでこの物語の主人公は関谷君みたいな陰キャなのに学校1の美少女と良い感じになってるんだろうね。それどころかめっちゃ可愛い幼馴染までいるし。普通ならあり得ないと思うんだけど」
相変わらず純粋な表情で失礼極まりないことをズバズバと……。
明崎さんみたいな疑問を持つのは当然だと思うが、疑問を持つまでで留めておくのが普通だと思う。
それなのに、明崎さんはその疑問をオブラートに包むことすらせず僕に伝えてくる。
「それを言うならドラマとか映画だって往々にして普通ならあり得ない展開になったりするじゃないですか」
「まあそれはそうなんだけどさ〜。どうしても腑に落ちないっていうかね? 私が関谷君と良い感じになるなんてどれだけ考えても想像付かないし……」
失礼に失礼を重ねてくる明崎さんだが、明崎さんが言っていることは全て事実なので反論する気さえ起こらない。
自分で言っていて悲しくはあるが、僕と明崎さんは完全に正反対の立ち位置に立っていて、交わることは無い。
明崎さんがラノベの典型的な陰キャと陽キャの恋愛に違和感を覚えるのも無理は無いのだ。
それに、なぜかはわからないが明崎さんの言い方には棘が無く、嫌味を言われているような感覚にならないので反論する気が起こらなかった。
「まあそれは僕も想像が付きません。だからこそラノベは面白くて、陰キャのバイブルになってるんです」
「なるほどね。違和感はあるけど本当に面白かったよ。早く2巻読みたいって思ってるもん」
「……なんていうか、明崎さんってこんな感じの人だったんですね」
「……え? こんな感じの人?」
明崎さんは僕のような陰キャとは関わりが無いものの、陽キャの中心人物で常にニコニコしていて誰に対しても優しい人間なのだと思っていた。
だからこそ、今僕の目の前で取り繕った表情を見せず失礼なことを言い放ったり、陽キャが敬遠しそうなラノベをなんの抵抗も無く読み終えたりしている姿を見せたことに驚きを隠せなかった。
「こんな感じの人ってどんな感じ?」
僕が放った言葉に、明崎さんは食い気味に質問をしてきた。
これはもしかしたら触れてはいけない部分に触れてしまったのかもしれない。
「えっ、いやっ、その、なんていうか上手く言えないんですけど、僕と話してる時は無理をしていないというかなんというか……」
少し前から僕には陽キャのグループにいる明崎さんが無理して表情を作っているように見えていた。
しかし、僕と会話をしている明崎さんは無理をするどころか全く気を遣わず歯に衣着せぬ発言を繰り返し、気楽に会話をしているように見える。
「……確かに、私関谷君相手には無理せず気楽に話してるね」
「たっ、多分僕が下の人間すぎて無理をする必要が無いから気楽なんじゃないでしょうか……」
「……え? 何言ってるの? 私関谷君を下の人間だなんて思ってないよ?」
「え?」
陽キャは全員決まって陰キャをバカにして下に見ているものだと思っていたが、明崎さんはそうではないのだろうか。
「私と違う人種の人だなーとは思ってるけど、自分より下に見てるなんてことは絶対無い」
「えっ、でもだって何回も僕のこと陰キャって言ってきてたじゃないですか」
「だって陽キャとか陰キャとかってただの分類ってだけで、どっちが優れてるとか優れてないとかは無いでしょ?」
……そういうことか。
明崎さんが僕に向かって何度も陰キャと言ってきていたのは、陰キャがそもそも悪いことだとは思っていなかったからなのか。
それなら僕に向かって何度も陰キャだと言ってきたのも頷ける。
「そう思ってるのは多分明崎さんくらいだと思いますけど」
「……まあそうなのかもしれないね。実はさ、どうしたら陰キャになれるかなんて訊いたのには理由があってね」
「理由?」
「私の妹、不登校になっちゃったんだ」
それから明崎さんは陰キャになりたいと言った理由を話し始めた。
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