陰キャになりたい明崎さん

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1話 陰キャになりたい明崎さん

「ねぇねぇ、どうしたら陰キャになれるの?」


 放課後の誰もいなくなった教室で一人小説を読んでいる高校1年生の僕に、明崎あかさきひかは悪意の無い純粋無垢な表情で話しかけてきた。


 まず一つだけ言わせてもらいたい。


『人のことを陰キャだって決めつけて話しかけてくるなんて失礼が過ぎるだろ!』


 --そう言い返してやりたかったが、そんなことを言える勇気があれば陰キャになんてなっていない。

 筋金入りの陰キャである僕が陽キャの明崎さんに対して言葉を返せるはずはなかった。


「……」


「そっかぁ〜。そうやって人から話しかけられても無視すれば陰キャになれるのかぁ〜」


「--むっ、無視してるわけじゃないっ、ですけど、その、人と会話するのが苦手で、突然話しかけられても返事ができないだけで……」


 明崎さんは僕を煽るような発言をしてきたが、何も嫌がらせをしようとしているわけではなく、僕に口を開かせるための作戦として煽るような言葉をかけてきたのだろう。

 明崎さんが見せている可愛すぎるしたり顔のおかげで、今の発言が作戦だということはすぐにわかった。


 実際普通に話しかけられるだけでは返事ができなかった僕でも、煽るように話しかけられると焦って返事をせざるを得なかったので、明崎さんの作戦は成功である。


 思考が読み取りづらく距離感が掴めないが、のらりくらりと人の懐に入り込み心を開かせてしまう--明崎さんとはそんな人間だ。


「ふーん。そうなんだ。それで、どうしたら陰キャになれるの?」


 今僕がたどたどしい言葉で人と会話をするのが苦手と言ったのが聞こえていなかったのだろうか。


 普通の人間なら人と会話をするのが苦手だと言われれば無理に会話をしようとはせずこの場から立ち去るはずなのに、明崎さんは相変わらず純粋無垢な表情を見せながら質問してきた。


 この無神経な立ち振る舞いはまさに陽キャのそれと言わざるを得ないが、この無神経さこそがクラスで1番の人気者に上り詰めた所以でもあるのだろう。


 それにしても陽キャで超絶美少女の明崎さんが陰キャの僕に話しかけてくるなんて、友達とのゲームに負けて罰ゲームでもさせられているのだろうか。


 順風満帆な人生を歩んでいるように見える明崎さんが『どうしたら陰キャになれるの?』なんて質問を陰キャの僕にしてくる理由が見当たらない。


「僕も陰キャになりたくて陰キャになってるわけじゃないのでどうしたらいいかって言われると返答に困ると言いますか……」


「確かに陰キャになりたくてなる人なんていないよね。でも私は陰キャに--」


「えっ、何か言いましたか?」


「……なんでもないっ。陰キャの関谷君自身が陰キャになる方法がわかんないなら、徹底的に関谷君の真似をするしかなさそうだね」


「……そっ、そうですね……。それくらいしかないかと……」


 他に方法が見当たらなかったのでそれくらいしかないとは言ったものの、僕の真似をすることが陰キャになるための1番の近道だとは思えない。


 どれだけ僕の真似したからといって、クラスで1番の陽キャである明崎さんが陰キャになるのは、空を飛ぶことができる鳥が一生地面で歩いて過ごすのと同じくらい難しいことだろう。


 例えば僕が休み時間に自分の席で本を読んでいても誰に話しかけられることも無いだろうが、陽キャの明崎さんが休み時間に自分の席で本を読んでいれば、大勢の生徒が明崎さんを囲み、その本について質問をしてくるだろう。


 そんな状況に陥ってしまう人間が陰キャになるのは不可能だと言っても過言ではなかった。

 

「じゃあ私も本読もっと」


 明崎さんが陰キャになるのは不可能だと考えている僕とは対照的に、僕の真似をすれば陰キャになれると思い込んでいる明崎さんは本を読んでいる僕の真似をして、僕の横の席に座りカバンから大きめの本を取り出して読み始めた。


「……えっ、いやっ、それファッション誌ですよね?」


「そうだけど?」


 学校でファッション誌を読む陰キャがいてたまるかぁぁぁぁああ‼︎


 ファッション誌を読むのは陽キャだって相場が決まってるんだよ!

 ファッション誌なんて読んでたら陰キャに近づくどころか思いっきり遠ざかるわ!


 明崎さんのような陽キャが陰キャになる方法なんて陰キャを極めた僕でも知らないが、少なくとも明崎さんより僕の方が陰キャに対して知識があるらしい。

  明崎さんが陰キャのことを知らなさすぎるせいで、これまでの焦りは突然消え去り冷静になってきた。


「明崎さん、すみません、落ち着いて聞いたください」


「えっ、うん」


「陰キャはファッション誌なんて読みません」


「えっ⁉︎ 陰キャの人ってファッション誌読まないの⁉︎」


 そこに驚く時点で明崎さんには陰キャなんて向いていないだろう。

 そう思いながらも、自分は陰キャになれると信じて疑わずに僕の真似をしようとしている明崎さんにそんなことを伝えるのは野暮だと思った。


「はい。読みません」


「じゃあどうやって服買ってるの⁉︎」


「ユニクロでマネキン買いです」


「ユニクロでマネキン買いっ⁉︎ いやまあ私もユニクロの服は何個か持ってるけど」


「陰キャはどれだけ目立たないかというのを重要視してるので、可も無く不可も無いユニクロは最高なんです」


「いや可も無くは失礼でしょ。ユニクロにはユニクロの良いところがたくさんあるんだから。不可があるとしたら個性が無いとか人と被りやすいとかくらいだと思うけど」


「とにかくです、陰キャが読むのはファッション誌でも漫画でもなく決まってラノベなんです。それ以外は論外です。本気で陰キャになろうと思ってるならライトノベル、通称ラノベを読まないといけないんです」


「ラノベ……?」


 ラノベという言葉すら耳にしたことが無いとは、やはり陽キャは陰キャの文化にはこれっぽっちも興味が無いらしい。


「なにそれ美味しいの? 的な顔するのやめてください」


「えっ、美味しい?」


 陰キャ同士なら説明しなくとも伝わる言葉も、陽キャである明崎さんには通用しないようで、明崎さんはキョトンとした表情を見せた。


「今僕が呼んでるこのA6サイズの小説こそがラノベです」


「へぇ、それ小説なんだ。どれどれ?」


「ちょっ、近っ⁉︎」


 明崎さんは普段から多くの人と関わっているせいで距離感がバグっているのか、あと1センチでも近づけば僕の頬に明崎さんの頬が触れてしまうのではないかという距離まで近付いてきた。


「だってこれくらい近付かないと見えないんだもん」


 何が厄介って、明崎さんはアンジェリーナジョリーもひっくり返るレベルの超絶美少女なのだ。

 そんな超絶美少女に近付かれれば、陰キャの僕でなくとも平常心を保つことはできないだろう。


 普通は至近距離で顔を見ればその顔に対する評価は下がるはずなのに、明崎さんは近くで見れば近くで見るほど完璧だと思わざるを得なかった。


 枝毛の無い手入れされた艶やかな髪。夏の空に浮かぶ雲のように真白な肌。僕を陰キャだと決めつけているのに嫌味を感じさせないほどにキラキラと輝く瞳。今にも抱きしめてしまいたくなるような華奢な体。

 そんな完璧な女の子が至近距離にいることに焦りを感じてはいるが、明崎さんが完璧な女の子すぎて焦りよりも癒しを感じていた。


「……そうですか。えーっと、これがラノベです。ラノベってのを細かく説明すると定義が難しいんですけど、10代〜20代くらいの若年層向けに書かれた小説の総称で、僕が今読んでるのは『オタクとの恋は甘辛い』、略して『オタ甘』って作品です。基本は文字だけで、たまに挿絵が入ってたりします。僕は基本ラブコメしか読みません。現実リアルで恋愛なんて浮ついたものに触れる機会が無い陰キャにとっては、この一冊に青春が詰まっていると言っても過言では無いんです」


「いや過言じゃない? てかなんか急に饒舌になったね」


「普段は寡黙でも好きなもののことを語る時に饒舌になってしまうのは陰キャ、ひいてはオタクの特徴なんです」


「そんなに饒舌に話せるなら普段も普通に話せそうなもんだけどね」


「それとこれとは話が違うんですよ」


「そっか。そのオタ甘? の1巻って今持ってたりするの?」


「えっ? まあタイミングよく昨日1巻読み終えたばかりなんで丁度カバンの中に入ってますけど」


「読ませてもらってもい?」


 そう言いながら明崎さんは更に距離を詰めてくる。


「っ--」


「どうかした?」


「……いや、なんでもありません。どうぞ。明崎さんが読んでもつまらないかもしれませんが」


 焦った様子を見せすぎては男が廃ると、僕は平静を装いながらカバンの中に手を入れ1巻を取り出して明崎さんに手渡した。


「ありがとっ。時間かかるかもだけど読んでみるね」


 そう言って明崎は僕が貸したオタ甘の1巻を開き、食い入るように読み始めた。




※この作品はG'sこえけんコンテスト参加作品です。面白いと思っていただけたら、フォローや★で応援していただけると嬉しいです✨


全4話を予定しているので、最後までお付き合いいただければ幸いです‼︎

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