一年生、2学期、中間考査
二学期が始まった。始業式では、日焼けしていたり思い出たっぷりといった人たちが、お互いの夏休みを見せ合うように会話していた。久しぶりに学校に来た高揚感からか、どこかみんな浮き足立ち、楽しそうにしている。
そんな騒がしい雰囲気の中、ハナが教室のドアを開けた。
「おはよー」
カーストの高い、人気者というのは、場にいるだけで風を吹かせる。入口近くにいた男子が、「おはよう」と言うと、ハナは嬉しそうに「久しぶりー!」と返した。男子は良く分からない半笑いを浮かべ、「へへ」と言って頭を下げた。
「ちょっとハナ! 始業式なのにギリギリすぎでしょー」
私たちとは別グループの女子が、ハナに話しかける。ハナはピースサインを取ると、「セーフはセーフなのですよ、アナタ」と言って笑った。
結局、ハナは自分の席に着くまでに会った全ての人と、一言ずつ会話をして来た。
「みんな! 久しぶりー」
カバンを机にのせ、手を振る。ハナはプールの時よりも少し日に焼けて、髪も新学期に向けて短く切って来ていた。B子が「かわいー」と褒めると、ハナは照れくさそうに「B子も髪切ったでしょ? 可愛いじゃん」と前髪を触った。『え』 そう思ってB子の前髪を見ると、確かに少しだけ短くなっている気がする。
「えー、そんなことないよー」
今度はB子が照れた。反応的に、どうやら本当に前髪を切っていたらしい。
「でも、気付いてくれたのハナだけー」
B子はそう言って、私やA子を見た。『分かるワケねーだろうが』 イラっときたが、口では「ごめんてー」と言って謝った。A子も「許してー」なんて手を合わせている。
「多分、角度的に分かりずらかったんじゃない? 窓近いからさ、逆光で見えなかったんだよ!」
ハナは窓の外に浮かぶ太陽を指さして、冗談めかしに笑った。「えー」 B子は口を尖らせるが、やがて納得したようで「そっかー」と頷いた。
私たちはそれから、お互いに夏休みあったことを話した。A子は海外旅行に行ったらしく、そのことを自慢げに語った。何でも2か国連続で行ったらしい。私はA子の自慢話にはテキトーに相槌を打つようにしているのだが、ハナが「何食べたの?」や「景色どうだった?」など、前のめりに話を掘り下げるもんだから、思わず会話に身を投げて参加してしまった。B子も初めはウンザリした様子だったが、ハナが会話にボケを入れだすにつれ、段々と笑い声を出すようになっていた。
私たちが楽しく会話していると、教室のドアが開いた。私はてっきり先生が来たのかと思って、顔を前に向ける。入って来たのは…オンダさんだった。
オンダさんは黙って席に向かい、カバンを下ろすと、中から取り出した本を読み始めた。いつもそうやって、チャイムからチャイムまでの間に表情が見えないほど首をもたげ、偶に時計を見上げる以外はずっと本の文字を追いかけている。
『少しくらい、人と話せよ』
よくハナはあんな奴と仲良くできるな。そう思っていると、そのハナが席を立った。
「ハナ?」
私の声を背に、ハナはオンダさんの席へと向かった。
「ヒナちゃん、久しぶり!」
ハナに話しかけられると、オンダさんは本に釘付けだった顔を上げて、初めて見たかもしれない笑顔でハナに手を振った。
「ハナちゃん…」
急いで本に栞を挟むと、パタンと本を閉じる。そうして閉じられた本を指さして、ハナは「あー!」と嬉しそうに笑った。
「その本、私も読んだよ!」
そう言って、オンダさんの席の横に立つ。それから「今どこらへん?」「えーっと」と、言葉を交わし、二人で二人にしか分からない話を始めた。その様子を、私たちは眺めていた。
「仲いいんだね」
「うん」
A子は気を取り直すように、再び海外旅行の話を始めた。しかし、ハナがいなくなった今、話を掘り下げる人も、程よいタイミングでボケを挟む人もいない。話は盛り上がらないまま、B子の話、私の話と続き、途切れ途切れのままチャイムが鳴った。
そうこうしているうちに、中間考査の時期がやって来た。流石にまだ一年生なので、難易度はそれほどでもないハズだが、ハナにとっては大きな悩みのタネだったらしく、「勉強に集中する!」と、大声で宣言した。偶然にも先生がそれを聞いていて、「おー頼むぞー」と言うと、クラス全体が笑った。それだけなら良かったのだが、先生は最後に余計なことを言った。
「オンダ、一学期の期末1位だったんだし、良ければ勉強教えてやってくれ!」
オンダさんは突然先生に名指しされ、ビクッと背を伸ばした。
「あ、確かに!」
名案を得て、ハナは手を合わせると「お願い!」と言いながらオンダさんに頭を下げた。それを受け、オンダさんも「い、いいよ」と返す。一部で「おー」と歓声が上がった。
しかし、私にしてみればこの名案は面白くない。だって言うなれば中間考査が終わるまでの間、ハナは勉強を教わるために、オンダさんのところに行くわけである。
『勉強なら、私だって教えられるのに』
この学年は全員でピッタリ100人いるのだが、私は一学期で17位だった。学力で言えば良い方である。別にわざわざ1位の人に教わらなくたって、基本さえなってないだろうハナ相手なら、それなりに教えてあげられるはずだ。
『そんなに、オンダさんと居たいワケ?』
私は…イライラした。これまでに、私はハナみたいな人間に会ったことが無かった。中学の人たちは、同じカーストの人間でつるみ、同じ教室に居ながら、何となく壁を作って過ごしていた。別に、生徒ごとに貴賤があるって言いたいんじゃない。ただ合う人と合わない人がいるってだけで、合う人どうしで仲良くすればいいんだ。でも、ハナは違う。クラスの中心なのに、端にまで手を伸ばす。それにイライラした。
『ハナとオンダさんなんて、全ッ然合ってないから』
しかし私の思いなど露知らず、ハナは放課後、オンダさんと一緒に教室に残って勉強するようになった。
うちのクラスの女子には、大きく分けて3つのグループがあった。一つ目が私たちのグループ。二つ目がオンダさんみたいな、目立たない人たちのグループ。三つ目がそれ以外の雑多煮みたいな人たちで構成された、良く分からないグループである。私たちのグループをハナのグループと言わなかったのは、別に私の自己顕示欲のためでなく、単純にハナが全部のグループに属していたからだ。
私たちの学校では、二学期に体育祭をやる。秋に片足を突っ込み、風の涼しくなってきた辺りで、体育祭の練習には、半袖だったり長袖だったり、色んな格好の人が居た。格好だけでなく「頑張って優勝しようぜ!」や「だりー」など、気合の入り方も様々である。私は内心ダルい派だったのだが、ハナが「頑張ろーね!」と言うので、口では「うん、頑張ろ!」と言っていた。
「先生、出場する種目について、今から決めて良いですか?」
朝のホームルームの最後、体育委員が声を上げる。先生は少し悩んだ後、時間割を見て、「一限目は…俺の授業か」と呟き、「30分で決めろー」と言って教室の隅に椅子を置き、そこに野球監督のように座った。
「じゃあ決めたいんですけどー。男子と女子で種目別々なんで、一旦男女で別れてもらっていいですかー?」
体育委員の女子が前の黒板に寄ると、必然的に男子は後ろの黒板に寄って行った。
「それじゃ種目について、『二人三脚』『100m走』『大縄跳び』『大玉転がし』に、『リレー』」
黒板にチョークが走り、読み上げるたびに種目が書かれていく。それにつれて、ザワザワと辺りが騒がしくなっていった。
「ねぇ、どうするー?」
A子がハナに聞いた。
「うーん」
ハナはどうやら悩んでいるようで、黒板の文字に視線を行ったり来たりさせている。私もどれにしようか悩んでいたのだが、そのうちにリレーと100m走はすぐに決まった。リレーは陸上部が走り、100m走は単純に体力測定で、速かった人たちが上から選ばれた。
『リレーと100m走以外なら、何でもいいかな』
私がテキトーにでも決めようとしていたその時、ハナに声を掛けられた。
「ねぇ、二人三脚出ない?」
「二人三脚?」
黒板に目を戻すと、確かに二人三脚にはまだ空きがあった。
「いいけど、私と?」
「うん! だってこの前の体育でさ。タイムぴったり一緒だったし」
確かに、この前の体力測定で、私とハナは全く同じタイムを叩き出し、「気が合うね」なんて笑い合っていた。なるほど、二人三脚ならタイムが同じ私たちは、これ以上ない完璧なタッグだ。
私はうんと頷いて、体育委員に
「私たち! 二人三脚出ます!」
と宣言した。ところが
「ちょっと待ったーー!」
私たちの隣で、まるで町内放送のようなしゃがれた声が響いた。
「あ、サルワタリ!」
ハナが驚いた顔と声で、その声を上げた人を指さした。
サルワタリさん…は、恰幅の良い体と年に見合わないしゃがれた声。気の強い性格と合わさって、まるでボスのように振る舞う、女傑と言う言葉が似合う女子だった。おそらくハナがいなければ、クラスの中心は彼女だっただろう。私も最初の内は仲良くしていたのだが、その強気な物言いから一度B子と険悪になったことがあり、それ以来、どことなく遠巻くようになった。
「悪いけど、二人三脚の座は私が貰うよ」
サルワタリさんは丸太のように太い腕でチョークを掴むと、到底黒板には耐え難い筆圧で、自身の名前を刻んだ。
「きっ、キサマぁ…」
ハナはサルワタリさんと話すとき、妙なテンションで話す。
「ちょっと待って! ペアは? 二人三脚なら、ペアで出なきゃでしょ!」
流石の私も理不尽に感じ、サルワタリさんに食って掛かった。するとサルワタリさんは、「ふっ、見えねぇのかい?」と言って、チョークを握っていたのとは逆の手で、人混みから誰かを引っ張り出した。
「私のペアは…コイツさぁ」
そうして出てきたのは、前髪をサクランボの髪留めで結び、一本角のようにそびえたたせた小さな女子だった。
「スナトシさん!?」今度は後ろのA子が、驚きの声を上げる。
「そうさ、私はこのスナトシと一緒に出る」
サルワタリさんがそう言うと、彼女は腕を組み、小さな首をコクンと頷かせた。まるで『これでいいの?』と聞かれた小学校5年生のようだ。
スナトシさんの話は、A子に聞いたことがあった。どうやら中学校が同じだったらしく、何なら家も結構近いらしい。しかし表情に乏しく、「喋ってても面白くない」と文句を言っていた。面白いかはともかくとして、表情の乏しさには私も思うところがあり、『小さいのに、可愛げのない人』というイメージだった。
「これでいいだろ? 書くぜ」
そう言ってサルワタリさんは、スナトシさんの名前までも黒板に刻もうとした。しかし、そのチョークは黒板にまで届くことなく、横から伸びた腕に阻まれる。
「体育委員…何のつもりだ」
「ちゃんと話し合って決めろ」
サルワタリさんは後先考えないぶっきらぼうな様子で腕を振り離し、鼻で笑った。
「話し合いだとさ」
不敵に笑う。その目線は、私とハナを交互に見た。
『サルワタリさんは…これが怖い』
私が今までに会ったことの無いタイプとして、さっきはハナを挙げた。しかし会ったこと無いとまではいかず、珍しい止まりの人なら、何人かいる。その内一人がサルワタリさんだった。誰にでも物怖じせず、言いたいことを言うタイプ。小学校の頃にも居たのだが、その子は結局、中学生になると言うことの分別をつけるようになっていた。
『それが普通だ』
しかしサルワタリさんは、高校生になった今でも言いたいことを言う。そうじゃなければ、クラスの中心であるハナと、ここまで明確に対立するなんて有り得ない。実際、元々彼女と不和があったB子を筆頭に、ひそひそと声が聞こえてきた。
『ちょっと、強引すぎない?』『てか、サルワタリさんって足速かったっけ?』
曇天。こうゆう時の空気は、そうゆう空模様に似ている。気丈なサルワタリさんはともかく、隣のスナトシさんは、肩身の狭そうに体を縮こまらせた。
『ほらね。どれだけ大きな態度したって、結局人気者が勝つのよ』
耳に入ってくる、周りの声がその証拠。しかし、まるで雲間を日差しがのぞくように、声が聞こえた。
「悪いけど、二人三脚の座は譲らないよ!」
私は流石だと思った。サルワタリさんが引き下がらないとなれば、ハナが引く他に無いのだが、ここでみすみす引き下がっては、後でサルワタリさんに角が立つ。周りの声はピタリと止み、ハナに視線が集まった。
「ジャンケン! これしかないでしょ?」
ハナは勇ましく、グーを前に突き出した。サルワタリさんは最初はムッとして、言い返したそうにしていたが、隣のスナトシさんを見ると肩をゆったり落とした。
「分かったよ。正々堂々な」
二人は拳を突き合わせると、「「最初はグー!」」と言ってその腕を振るった。最初は冷たかった空気も、偶然あいこが続くにつれて、次第に盛り上がっていき、後ろの男子まで2人のジャンケンを見に来ていた。
結果、ハナと私は二人三脚に出ることになった。
太陽がつくる影 ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA
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