第21話 再会の夜

 夕食の後、僕は自室でベッドにねっころがって天井をじっと見つめていた。鉱山事務所のごはんは毎日美味しかったけど、今日の僕は別のことに気をとられていた。商会長さんの申し出は破格の条件だったし、ミルテさんが即答しちゃったから、明日の朝には出発することがとっくに決まっていた。


 ガンザさんの故郷ってどんなところなんだろう。みんなガンザさんみたいに優しいオーガなのかな。僕は彼女から逃れるようにこの鉱山に来たけれど、結局ここでも僕の心はガンザさんに占められてしまっていた。僕は彼女の村に行っていいのかな?



「オーガ族の村ですか?」


「うむ。うちを妬む商売敵が悪い噂を流していてな、なかなか人手が集まらなくて困っておるのだ。そこで、オーガ族を鉱員として雇いたくてな。なにせ力仕事には最適だし、カラス岩山のオーガ族はおとなしくて人を食わんというしな。」


「でも、なぜ僕たちなのですか?」


 商会長さんはソファにもたれかかり笑みを浮かべた。なんだか聞かれることを予想していたかのようだった。


「実は、前にも彼らを雇おうとしてそのオーガ族の村長と交渉したことがあるのだよ。ほとんど決まりかけていたのだが…。」


 商会長さんは紅茶が苦いわけでもないのに、なにかを思い出したように苦々しげな顔になった。


「オーガの村人のひとりが強硬に反対して急に暴れだしてな、うちの使者をひどく痛めつけてしまったんだ。そのせいでもめた挙げ句、話は流れてしまってね。」


 僕はひたすら黙って聞いていたけど、商会長さんは身を乗り出してきた。


「だが、実際にここの仕事場のすばらしさを体感しているカズミくんなら、再交渉の使者に最適だと思ってね。ミルテくんが同行すれば、私が異種族も大事にしていると説得力があるだろう?」


「ボク、いきますニャ!」


 ミルテさんは報酬に目がくらんだのか即答してしまった。仕方がないので僕も承諾したってわけだった。


「商会長さん、ひとつだけ教えてください。その暴れたというオーガはどうなったのですか?」


「ああ、後に村を追放されたという噂だ。」




 明日は早朝に出発することになっていた。僕は考えていても仕方がないと思うようにして、部屋の灯りを落として毛布をかぶった。まるでそのタイミングにあわせたかのように、僕の部屋のドアが小さくノックされた。


「誰? ミルテさん?」


 僕はため息をついてからベッドからおりて、慎重にドアに近づいた。


「もう、さすがに今夜は朝までは無理だよ。明日は早いんだから…。」


 僕が言い終わらないうちに、鍵がいとも簡単にぶち壊されてドアが開いた。驚く間もないままに、僕はなにか巨大な影に押し倒された。悲鳴はあげることができなかった。

 なぜって、僕の口は手のひらで塞がれて、首には冷たい刃が当てられたからだ。



 殺される! 助けて、ガンザさん!


 …って、あれ?



「カズミ、まさかあの猫族の女とそんな関係になっていたのか!」


「ガ、ガンザさん!?」


 幻覚でも夢でもなかった。確かにそこに、闇に慣れてきた僕の目の前に、ガンザさんの顔があった。押し倒されて体が密着しているもんだから、彼女の体温、息づかい、鼓動がおそろしいくらいに僕に伝わってきた。


「ガンザさん、来てくれたんだね!」


「カズミ…。」


 僕とガンザさんは間近で見つめ合い、僕は時がとまったような感覚に陥った。ガンザさんは急に我に返ったかのように飛びのいて、部屋の隅に縮こまってしまった。


「あ、暑いな。なんだかこの部屋は暑いぞ。」


 ガンザさんは手をうちわみたいにしてしきりにパタパタと顔をあおいでいた。僕は彼女にまた会えた嬉しさのあまり、その背中にとりすがってしまった。


「ガンザさん! 僕、会いたかったよ!」


「カ、カズミ! だから、暑いって言ってるだろう。やめろ。」


 彼女は僕の体を引きはがすと、牙をむいた。


「ごまかされないぞ。もう帰る。」


 ひょっとして、ガンザさんはすねているのかな? なんてかわいいんだろう。

 僕は彼女がたまらなく愛おしくなった。


「誤解だよ、ガンザさん。ミルテさんとはなにもないんだよ。僕はずっと、ガンザさんと…。」


 仲直りがしたかったって、どうしてはっきりと言う勇気が僕にはないんだろう。僕はつくづく自分がイヤになった。


「…カズミ、信じていいんだな?」


「うん!」


 ガンザさんの表情は晴々として、彼女はまた僕の髪を優しくなでてくれた。そうされているうちに、僕はずっとガンザさんの唇を見ていた。彼女も気がついたのか、ごく自然に、僕たちは互いの顔をゆっくりと近づけた。


「人間族は…こうするのか?」


「うん…。」


 僕とガンザさんの唇が触れ合いそうになったその瞬間だった。



「にゃっほん!!」


「うわっ!?」


 僕はびっくりして背後に倒れて思いきり尻もちをついてしまった。ガンザさんはごついナタを構えたが、すぐに姿勢を解いた。


「なんだ、ミルテか。猫族は気配を消すのがうまいな。」


「ボクの恋人になにをしてるニャ! シャーッ!」


 ミルテさんは頭の毛を逆立てて威嚇し、ガンザさんも牙をむいた。こんなところでケンカが始まるとまずいので、僕はふたりの間にわって入った。


「ふたりとも、落ち着いて! ミルテさんはどうしてここに?」


「え? あニャ、いや、その、ニャははは。」


 ミルテさんは片手で顔を洗い始めて、よく見るともう片方の手にはマクラを持っていたのをササッと後ろに隠した。ガンザさんは肩をすくめると、僕の手を引っ張って助け起こしてくれた。


「そんなことよりも、行くぞ、カズミ。」


「えっ? どこに?」


 僕は意味がわからずまぬけな表情になったに違いなかった。ミルテさんもポカンとした顔をしていて、ガンザさんだけが真剣だった。


「わからないのか? ここは危険なんだ。早く逃げるぞ!」

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