第20話 あたらしい仕事
おいおい、異世界にとばされてピンチなのかと思っていたら、猫耳のかわいい女子と旅行気分じゃないか。意外と楽しんでるじゃないかって?
失礼だな。
もちろん、僕には僕の考えがあったんだ。
この仕事でお金をためて、ミルテさんの世話にならなくても街で生活できるようになってから、元の世界へ戻る方法をおちついて調べようと僕は思っていた。
ガンザさんと仲直りはしたいけど、どうして彼女があそこまで怒ったのかわからないし、なにより僕には勇気が足りなかった。それに、彼女は僕なんかがいなくたって生きていけるだろうし、僕に会いたいとも思っていないだろうと僕は思ったんだ。
だから、鉱山に到着して歓迎されたとき、僕は内心ホッとしていた。鉱山長は温厚そうなおばあさんで、どこかで会ったことがあるような気がしたけど僕は思い出せなかった。
えっ?
そんなことより昨夜のことを先に教えろって?
あまり気が進まないけど。
湖でざざっと水浴びをしたあと夕食をすばやくとり、僕は早々に寝袋にもぐりこんだ。ミルテさんに隙を与えない作戦だった。でも、かえってこれがまずかったのかもしれなかった。
真夜中。
僕の寝袋をバシバシとたたく者がいた。
って、ミルテさんしかいないんだけど。
「どうしたの? 明日も早いし…。」
「ふざけるんじゃニャいよ、カズミ。」
「え?」
眠いけど、僕は身の危険を感じて渋々寝袋から顔を出した。テント内の暗闇の中で、ミルテさんの両目が黄色く光っていた。
「うわわっ!?」
「カズミのほうから誘っておいて、先に寝るとはどういうつもりニャ?」
僕はミルテさんとは知り合ったばかりで、猫族の生態についてはよく知らなかった。なのに、僕は彼女に声をかけてしまったのだ。僕は今ごろになって後悔し始めた。
「水浴びもいっしょにしようと思っていたのにニャ!」
口を開くたびにミルテさんの毛は逆立ち、目は光を増した。僕は恐怖にふるえて、寝袋の中で縮こまった。
「は、はい。申し訳ありません。どうすればよろしいでしょうか?」
僕は動転しまくって、なぜか敬語になっていた。あんなにかわいかったミルテさんが、今やおそろしい猛獣と化していた。
「朝までボクにつきあえニャ!」
「それはちょっと…、眠いし…。」
「全身を爪でひっかかれたいかニャ!」
「は、はい! わかりました!」
朝までって…?
僕はおそろしさの中にすこしだけ何かを期待してしまい、自分を激しく恥じた。
「にゃはっ。朝まで寝かせないからニャ~ン♪ 」
ミルテさんが僕にもたれかかってきて、何かの入った瓶を押しつけてきた。
「これは?」
「ハーブ酒ニャン♪ スルメもあるニャン!」
「朝までってこれのこと?」
「いいから、ボクの苦労話を朝まで聞くニャ! ボクには小さな弟妹がたくさんいて…。」
僕はホッとしたような、残念だったような…。ちなみに僕は未成年だから一滴も飲まなかった。
とにかく、その鉱山事務所は本当に快適な職場だった。僕たちは鉱山に入るわけじゃなくて、外にある管理棟が仕事場で、食事付で個室もあるしシャワーやトイレもあった。僕の仕事は簡単な雑用や事務作業で、覚えれば楽勝だった。ミルテさんは鉱夫用の食堂に配属された。
こうしてしばらくの間、僕は真面目に働いて、約束どおりの高給でお金もどんどん口座にたまっていった。(この世界には王立銀行があって、商会が僕の口座を作ってくれていた。)僕は目標額がたまったら街に戻ろうと思っていた。
そんなある日の夕刻。
僕は鉱山長さんの部屋に呼ばれた。なんだかわからないけど、とりあえず部屋を出た僕は廊下でミルテさんとはちあわせした。
「カズミにゃん♪ どこへいくのかニャ?」
「鉱山長さんの部屋だよ。」
「そうなんニャ? ボクも呼ばれたからいっしにいこうニャン!」
ミルテさんは歩きながらあくびをしまくっていて、僕は苦笑した。
「ミルテさん、ヒマなの?」
「うん。食堂がいつもガラガラであまりにもヒマニャ~。それに、なんだか夜、よく眠れないニャ。でも、お給料が高いから嬉しいニャン♪」
それを聞いて、僕はなんだかおかしな事に気づいた。ここは鉱山なのに肝心の鉱員を見たことがなかったし、鉱山の入口に続くレールやトロッコもあるけど、それが動いているのを見たことがなかった。ミルテさんの意見を聞こうかと迷っているうちに、僕たちは鉱山長さんの部屋に着いた。
「失礼します。」
中にはいつもニコニコしている鉱山長さんと、もうひとり僕が知っている人がいた。
「やあ、カズミくん。どうかね? ここの仕事は。」
相変わらず渋い声でダンディなジョンズワート商会長だった。僕たちは勧められるままにソファに座った。
「ありがとうございます! 本当にいいお仕事を紹介いただきました。」
「ははは、そうだろう。鉱員の募集がなかなか進んでいなくてね。だが、この鉱山はいずれ宝の山になるぞ。この一帯にはトリファルコンという貴重な鉱石が…。」
上機嫌で鉱物の話をし始めた商会長さんだったけど、僕には内容がさっぱりわからなかった。ひとことも喋らない鉱山長さんが、商会長の肩をツンツンした。
「おおそうだった。本題に入ろう。カズミくんに、お友だちのミルテくんだったかな? 特別な仕事を君たちに頼みたいのだ。もちろん、ボーナスはたっぷりはずむぞ。」
「友だちじゃなくて、恋人ニャン♪」
「そうなのかね?」
「つ、続けてください!」
商会長さんは紅茶で口を湿らしてから、僕とミルテさんに端正に整えられた口ひげを向けた。
「君たちに、カラス岩山のオーガ族の集落に行ってもらい、鉱員を募集してきてほしいのだよ。」
カラス岩山のオーガ族の村?
僕はあやうくティーカップを落としそうになった。そこは確か、ガンザさんの生まれ故郷の村のはずだったからだ。
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