第19話 ミルテさんと同じテント!?

 僕の本当に目の前に、すやすやと眠っている顔があった。目を閉じていてもやっぱりその顔はめちゃくちゃかわいかった。僕はあやうく手を伸ばして彼女の髪に触れようとしそうになって、慌ててひっこめた。


 断っておくけど、僕は床で寝るって言ったのに彼女にむりやりベッドにひっぱりこまれただけだし、添い寝以上のことはなんにもしていないから、誤解のないように。


 彼女って誰だって?

 それはもちろん…。

 あ、起きた。


「カズミにゃ~ん♪ なんでギュッてしてくれないニャ?」


「一睡もできなくて、それどころじゃないです。」


「なんで眠れないのニャ?」


 誰のせいだと思っているのやら。こんなにかわいい女子の真横で熟睡できるほど、僕は肝がすわっていなかった。



 そう、ここはミルテさんの住んでいるアパートの彼女の部屋だった。突如激怒したガンザさんに追い出された僕は、さんざん迷ったすえにミルテさんの部屋にころがりこんだのだった。いっしょに住むことを僕が承諾したんだと、彼女は完全に誤解していた。


「だから、ちょっとガンザさんとケンカしちゃっただけなんだってば。」


「いや~んニャ♪ カズミにゃんはボクを選んでくれたんだニャン! 嬉しいニャン!」



 でも、あの怒り方だと本当にガンザさんの小屋に戻るのはしばらくは難しそうだった。お金を稼がないとこの世界では生きていけないし、ミルテさんにこれ以上負担をかけるわけにもいかなかった。

 

 

「ミルテさん。僕、ジョンズワート商会で働こうと思うんだ。」


「あニャ!?」


 朝ごはんを食べながら、僕は考えをミルテさんに伝えた。彼女はただでさえ大きい目をまんまるにした。


「あんな巨大商会は、ツテがないと無理ニャン。」


「でも、あの居酒屋は給料が安すぎるんだ。僕、商会長さんと話してきたし、大丈夫だと思う。」


 僕が商会の鉱山の仕事の話をすると、ミルテさんは目を輝かせはじめた。


「カズミにゃんはすごいニャ! それは滅多にないおいしい話ニャよ! 鉱山にはならず者はいないし、ボクもいっしょに行っていいかニャ? その給料の金額だと屋台よりはるかに早く借金を返せるニャン!」



 僕はしばらくガンザさんとは会えないかもしれないと思うと淋しい気持ちで一杯になっていた。それを埋めるために僕はミルテさんにこの話をしたようなかたちになり、僕は自分の卑怯さと身勝手さがつくづくイヤになった。


 こうして僕は、ガンザさんに別れを告げることもなく、居酒屋のオヤジにだけは辞めることを伝えてから、ミルテさんといっしょにジョンズワート商会が手配してくれた乗り合い馬車に乗りこんだのだった。



「ところでカズミにゃん? ガンザにゃんとのケンカの原因はなんなのニャ?」


 延々と続く森の景色を馬車の窓からボーっと眺めていた僕は、なんて答えようかとすこし考えたけどなんにも思い浮かばなかった。


「知らないよ、あんなわからずや。」


「カズミにゃんが何かしたんじゃないのかニャ~? いやらし~いこととかニャン?」


「し、しないよっ!」


 僕の脳裏にはなぜか、ガンザさんの胸や背中や脚が思い浮かんで、僕はそれを振り払うようにプルプルと首を振った。ミルテさんはクスクス笑いを終えると、僕にもたれかかってきた。


「助けてもらったのに悪いけどニャ、ガンザにゃんとは別れて正解かもニャよ? いくら変異種でもオーガはオーガだからニャン。」


「変異種って?」


 それははじめて聞く言葉だった。そういえば、僕はガンザさんのことをほとんどなにも知らないんだって今ごろ気がついた。あいかわらず僕はうかつで、もっといろいろと聞いておけばよかったと後悔した。


「普通、オーガ族は大きくて凶暴で、人間とか他種族を襲って食べちゃうニャ。でも、カラス岩山に住むオーガ族だけはおとなしくて、他のオーガ族よりすこし小さくて、人間を食べない変異種らしいニャン。牙はあるけどニャ。」


 そういえば、ガンザさんの村はカラス岩山にあるって言っていた。あの巨体でもオーガ族にしては小さいほうだったんだ。僕が考えにふけっている間、ミルテさんはニャオニャオと話し続けた。


「僕の村もそうだったけど、オーガ族の村も貧しいらしいニャ。なぜか富が人間族にばっかりに集まるからニャ~。それにしても、カズミにゃんはガンザにゃんに別の意味で食べられてたりしてニャ? ニャハハハッ。ニュゴッ。」


「そんなことないよ!」


 僕はミルテさんの口を手のひらで塞いでシーっと言った。他の乗客が、人間や他の種族も混ざっていたけど、クスクス笑っていたからだった。



 どんどん馬車は進み、森の中の街道を抜けると草原に出て、遠くのほうに再び森と山々が見えてきた。ミルテさんは僕にもたれて爆睡していた。ぼうっと風景ばかりを見つめていても、僕から出てくるのはため息ばかりで、思い浮かぶのはガンザさんのことだけだった。

 今ごろ彼女はどうしているのかなあ。

 まだ怒ってるかなあ。



 夕方になり、僕たちは湖のそばで野営することになった。こういう時に役立つとは思わなかったけど、僕はテント設営を手伝って商会の人に褒められた。気をよくした僕だったけど、ひとつ心配なことがあった。


 僕とミルテさんに割り当てられたのはひとつのテントだった。

 おまけに、彼女には僕が知らない秘密があったのだ。

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