第17話 ジョンズワート交易商会


「カズミ、カズミ。」


 居酒屋のオヤジが僕を手まねきしていた。近づくと、口ひげのオヤジはカウンターごしに僕にそっと耳打ちをしてきた。


「あそこの個室席の客には気をつけろよ。」


「どうしてですか?」


「ありゃな、ジョンズワート交易商会の連中だ。上客だがたちが悪いから、からまれないようにな。今日は頼りのガンザがいねえしなあ。まったく、奴が風邪なんざ珍しいな。」


 

 商会の名前を聞いて、僕はどこかで聞いたような気がして考えた。そうだ、確かミルテさんがお金と屋台を借りたって言ってた相手だ。



「店長、ジョンズワート交易商会ってなんですか?」


「おまえ、そんな事も知らんのか!? 新聞くらい読めよ。」


 オヤジはぶつくさ言いながらも、話し出すと得意げに詳しく教えてくれた。



 正式にはジョンズワート国際交易事業商会。この異世界にはたくさんの王国やら帝国やら共和国やらがあって、国と国の間ではさかんに商取引が行なわれているらしい。そんな国同士の交易事業を担う商業組織の中でも、最大の勢力なのがこの商会だそうだ。



「ただの商人さんたちでしょ? なにがまずいんですか?」


「そりゃおまえ、あれだけ金がありゃあな、貴族も衛兵も買収し放題さ。裏ではやばい商売をいろいろやってるってのにお咎めなしだって噂だぜ。人身売買やら、あぶない薬やらな。特に、あいつらは異種族を弾圧してるって話もあるな。」



 僕はオヤジに礼を言い、考えてみた。そんな悪どい商人の団体があって、取締もされないなんて僕は異世界の無法さに驚いた。そんな人たちと関わるなんて僕は恐ろしくてたまらなかったけど、ふとある考えが浮かんだ。


 ガンザさんの最後のターゲットって、まさかジョンズワート交易商会なのかな?


 考えれば考えるほど、僕にはやっぱりそうじゃないかって思えてこわくなった。オヤジにはガンザさんは風邪だって言ったけど、もちろん嘘だった。昨夜、彼女は大けがをして帰ってきたのだった。



「ガンザさん! どうしたの!?」


 僕はしたたる血の量にあわてるばかりだったけど、ミルテさんは意外にも冷静沈着だった。


「しばって止血できてるから大丈夫ニャ。でも、消毒してから縫わないとまずいニャン!」


 ミルテさんは小屋の中から酒瓶を見つけだすと酒で手を洗い、傷口にもぶっかけた。血まみれのマントを脱がせると、ミルテさんは縫い針を火であぶってからガンザさんの傷口を縫い始めた。僕はもう失神寸前で見ていられなかった。


「熱が出るから、お薬をもらってくるニャ!」


 処置をおえると、ミルテさんは扉から飛び出していった。



 横たわったガンザさんのそばで、僕はなんとか涙をこらえていた。ガンザさんは何度も起きあがろうとしたけど、僕は必死で彼女をとめた。


「これくらいの傷、なんともないぞ。」


 薄く笑うガンザさんだったけど額に汗の玉がうかんでいて、ミルテさんが言うように熱がでてきたみたいだった。僕は布を水に浸してガンザさんの額に置いた。


「ガンザさん、いったいなにがあったの?」


「なんでもない。カズミは心配するな。」


「例の仕事だよね?」


 僕は問い詰めたけど、ガンザさんはなんにも教えてくれなかった。あんまり口がかたいもんだから、僕はなんだか腹が立ってきた。


「カズミ、ミルテはやはり本当にいいやつだな。ここまでしてくれるとは。」


「もう寝ていてよ。ガンザさんはなにが言いたいの? ミルテさんと暮らすからここを出ていくって僕に言わせたいの?」


 僕はケガ人相手につい怒鳴ってしまい、すぐにはげしく後悔した。


「ねえガンザさん、裏の仕事なんかもうやめたら?」


「それは…できない。」



 かたく拒絶され、あとはお互いに無言になってしまった。しばらくしてからミルテさんは薬を持ってきてくれて、すぐに帰っていった。薬を飲んだガンザさんはようやく眠り、次の日は僕だけが居酒屋に出勤したのだった。



 僕は商会の人がいるという個室が気になって仕方がなかった。さんざん悩んだあげく、僕はお盆にジョッキを載せて、深呼吸してから個室に入った。


「お飲み物をお持ちしました。」


「おや? 頼んでいないがなあ。」


「お、お店からのサービスです!」


 僕はぎこちなく客に笑いかけた。個室にはふたりのおじさん客がいて、高いメニューばかりを飲み食いしていた。僕はどうやって話を切りだすか、先に考えておけばよかったと悔やんだ。


「サービスは飲み物だけかい?」


「ぐふふ、俺はあんたにサービスしてもらいたいぜ。」


 年配のおじさんと中年のおじさんはあからさまに僕の腰や胸のあたりにいやらしい目を向けてきた。完全に僕を女の子だと思っている様子で、僕は吐き気がしたけど今は好都合だった。


「あ、あの、お客さまはジョンズワート商会の方々ですよね?」


「そうだが、それがどうした?」


「大切なお話があるんです。僕を商会長さまに会わせてくださいませんか?」



 僕は、このとき自分がなにをしようとしているかをよくわかっているつもりだった。ガンザさんのために僕はなにができるのか、考えた末に決めたことを僕は実行するつもりでいたんだけど…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る