第16話 異世界の距離感って
今日も僕は酔っぱらいの客に、数えきれないくらいお尻だけじゃなくてなぜか胸までさわられて、心の底からウンザリしていた。
そういうことをしてくるのはほとんどが冒険者のチームみたいなやつらで、たぶん危険な毎日のうさを酒や蛮行で晴らしているみたいだった。
あ、冒険者っていうのは、この異世界にはあちこちに無数の廃城やら洞窟やら地下迷宮があって、そういう場所に行って中にある財宝をとってくる職業らしい。だいたいが数名でチームを組んでいて、武器で戦う担当やら魔法を使うのやらとかで役割が決まっているみたいだった。
ひとつ言えるのは、冒険者は素行がわるいのが多いということだった。だから、僕はすっかり冒険者たちが嫌いになったけど、オヤジはいくら言ってもこのメイド服の制服を変えてくれなかった。あのスケベオヤジめ!
その日も、やっと閉店の時刻が近づいてきて、客もまばらになったので僕はホッとしながらテーブルを拭いていた。カウンターでは珍しく、ガンザさんがオヤジに叱られていた。酔って暴れた客をガンザさんが痛めつけすぎたせいだった。その客はどこぞの貴族の三男坊だったみたいで、店に強いクレームが入ったらしかった。
そういえばガンザさんは今日はずっとイラついていたようだったけど、僕にはその理由がわからなかった。なので油断していて、急に僕のスカートの中に入ってきた何かやわらかい感触に、僕は店中に響く叫び声をあげてしまった。
「うわわっ!? ミルテさん!? やめてよ!」
「あニャ~。この中ってこうなってたのかニャ。おや、これはなにかニャ~ン♪?」
「や、やめてってば!」
僕はアクション映画の刑事みたいに横っとびに跳んで逃れようとしたけど、激しくテーブルに腰をぶつけてあまりの痛さに悶絶した。
「あニャ~。カズミ、大丈夫かニャン? ボクがなめて治してあげるニャ!」
「や、やめてえ。」
ミルテさんが僕に覆い被さってきて、僕はデジャヴを感じた。どうやら、この異世界の住民たちは他人との距離感がバグっているらしい。
「ずいぶんと仲がよいようだな。」
冷たく低い声に僕は背筋が凍る思いだった。こめかみを痙攣させながら、腕組みをしたガンザさんが僕たちを見下ろしていたからだった。
「ち、ちがうんだよ、ガンザさん。」
「ミルテ、ここになんの用だ。」
「ちがわないニャン。忘れたのかニャ? これからボクは、毎晩キミたちの小屋に通って服を縫うって言ったニャン?」
そう言えばそんな話になっていて、ミルテさんはどうやらいっしょに帰ろうとして来てくれたみたいだった。
閉店作業を終えて、僕たちはガンザさんの小屋に向かって歩き始めた。歩いている間、ミルテさんはずーっと僕に体をくっつけてきた。
「ミルテさん、歩きにくくない?」
「もう~♪ 嬉しいくせにニャ。」
確かに、僕は元の世界ではここまであからさまに誰かに好意を向けてもらったことなんかなかったので、嬉しい気持ちもあるのは事実だった。その上、ミルテさんははっきり言ってめちゃくちゃかわいいし、彼女の僕に対する誘惑はもはや過激派の域に達していた。
「あニャッ!? 敵発見ニャ! フーッ!」
ミルテさんはいきなり僕の腕を離すと、路上に現れたネズミを追いかけて行ってしまった。彼女はネズミをつかまえていったいどうするつもりなんだろう? 僕が青くなっていると、ガンザさんが僕の背中をつっついてきた。
「カズミ、先に帰っておいてくれ。私はすこしやることがある。」
「あの仕事?」
「まあな。」
ガンザさんは行きかけて、ふとためらうようなそぶりを見せたあと、僕と目を合わせないようにしていた。
「カズミ、ミルテはいい奴だな。いっそ、あいつといっしょに暮らしたらどうだ?」
「えっ!? ガンザさん、ひょっとして聞いていたの?」
「ああ、すまんな。だが、悪くない話だ。私などといるより、はるかに良い環境で暮らせるぞ。」
僕は聞かれてしまっていた上に、ガンザさんに話さなかったことが後ろめたくて黙りこんでしまった。そう、ミルテさんは僕にいっしょに暮らさないかと言った。ミルテさんは僕の世界で言う賃貸アパートみたいな家に住んでいるそうで、キッチンもお風呂もベッドもトイレもあるそうだった。
毎日いっしょに洗いっこをしようと言ってきたのにはまいったけれど。
「それはそうかもしれないけど…。」
「私はもう行く。」
ガンザさんはマントをひるがえして暗闇に消えていった。僕はひとり、闇の中にとり残された気分だった。
ガンザさんはなかなか帰ってこなかった。ミルテさんは意外にもマジメに服をつくり続けていて、僕がソワソワしていることに感づいているみたいだった。
「カズミにゃんはそんなにガンザにゃんが好きなのかニャ?」
「ええっ!? そ、そんなドストレートに聞かれても、答えられないよ。」
ミルテさんはぺたんと床に座って器用に縫いものをしながら、僕に微笑んできた。やっぱりかわいい。
「なんでニャ? ボクはイヤならイヤ、好きなら好きってはっきり言うニャン!」
「僕、よくわからないよ。今まで、好きになられたことも、なったこともないし。友だちすらいなかったし。」
顔を背けてそう僕がいった途端、おそろしい鳴き声が聞こえてきた。びっくりして視線を戻すと、ミルテさんの顔面が涙とそれ以外のものでぐしゃぐしゃになっていた。
僕はこの後の展開を簡単に予想できて、身をかわそうとしたけどそもそも猫に勝てるはずがないよね。
「うわわわわあ~んニャ! そんな悲しいこと言っちゃダメニャン! だったら、ボクが今までの分もカズミにゃんを好きになるニャ!」
光なみの速さで僕に飛びかかってきたミルテさんを僕はまともに受けとめるかたちになり、全身でスリスリしてくるもんだから、僕の顔まで彼女の涙でびしょ濡れになってしまった。
彼女の気持ちは嬉しかったけど、はたからみるとガンザさんの家でなにやってんだ、という誤解モード全開だった。
「今、帰ったぞ…。」
地面の上でミルテさんと抱きしめ合っている僕を見て、ガンザさんは一瞬かたまっていたけど、そのまま力なくしゃがみこんでしまった。何か彼女の様子がおかしかった。
よく見ると、彼女の肩口からは血がボタボタと落ちていて、顔色も真っ青だった。
「ガンザさん! どうしたの!?」
僕とミルテさんは慌ててガンザさんに駆け寄った。
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