第15話 魔女グロリアさんの異世界講義
モップをもったまま考えごとをしていて、僕はかなりボーッとしていたらしかった。だから、居酒屋のオヤジが僕にずっと怒鳴っていたのにも気づかなかったみたいだった。
「カズミ! カズミ、あいつがお前に会いに来てるぞ!」
まだ開店まで時間があったので、僕はモップを放りだして店の入口に向かった。
「グロリアさん!」
「おや? 今日はカズミさまはあのかわいい服ではないのですか?」
グロリアさんはおおげさに残念そうな表情をした。また抱きつかれないように僕が警戒していると、彼女のほうから近づいてきた。
「ふふふ。大丈夫ですよ。今日はなにもしませんから。さて、ガンザさんはどこですか?」
僕は奥の個室に彼女を案内した。僕が飲み物を持っていこうと用意をしていると、オヤジがイヤな顔をした。
「カズミ、悪いこた言わねえ、あんなうさんくさい魔女なんざと仲良くするのはやめときな。」
「どうしてですか?」
「人間に見えるが魔女は魔女だ。人を呪ったり、妙な薬を作ったりな、まったく鬱陶しい奴らだぜ。」
オヤジは魔女の汚れを落とすんだとでも言わんばかりにカウンターをピカピカに磨いていた。これがこの異世界での一般的な考えかたなんだなあ、と僕は思った。
でも確かに、グロリアさんはとてもあやしい人だった。
僕はジュースのグラスを3つとお菓子をお盆にのせて個室に入った。部屋の中ではグロリアさんとガンザさんがヒソヒソと話していたけど、僕の姿を見てピタリとやめた。
「おや、お酒はないのですか?」
「酔ってできる話ではない。がまんしろ。」
「はいはい。で、カズミさまのしたいお話ってなんですか? 異世界に帰りたいというお話ですか?」
グロリアさんの不意打ちに、僕は飲んでいたジュースを吹いてしまった。
「ガンザさんに聞いたの?」
「いいえ。魔女の力をあなどってもらっては困りますね。カズミさまからは、異世界の波動がぷんぷんしますね。」
「人をお風呂に入ってないみたいに言わないでよ。」
グロリアさんはジュースをちびちび飲みながらニヤニヤしていた。この魔女の思考だけは、僕はまったく読めなかった。
「それにしてもまあ、ずいぶんとおふたりは短期間で仲良くなられたのですねえ。ぶっちゃけ、どこまでいったのですか?」
こんどは僕とガンザさんが同時に飲んでいたジュースを吹いて、はげしくむせた。
「グロリア。貴様、私に殴り殺されたいのか?」
「怒らないでください。わたくしは立場上、ガンザさんの交友関係を把握しておかなければボスに怒られるのです。」
もっともらしいことを言いながら、グロリアさんはお菓子にぱくついていた。
「ボスってどんな人なの?」
僕は興味が湧いて、余計なことを口走ってしまった。グロリアさんの表情がかたまり、彼女はとんでもなく冷たい目で僕をにらんできた。それでもかわいかったけど。
「ガンザさん、まさかカズミさまに組織のことを喋ったのですか? 部外者が組織のことを知ったなんて、ボスが聞いたら激怒しますよ。」
僕はかるい気持ちできいたことを心底後悔して身震いがした。
「ゆ、ゆるしてください。」
「そうですねえ、帰りにワインを一本くれたら忘れますよ。」
「いいかげんにしろ、魔女グロリア。はやく本題にはいれ。」
イライラした様子のガンザさんがギロリとにらみをきかせたので、グロリアさんは姿勢を正した。
「はいはい。なんでしたっけ? ガンザさんのかわいい彼氏のカズミさんのことですね。」
「グロリア!」
「まずはご本人から詳しいいきさつを教えていただけますか?」
僕は、ようやく真剣になってくれたグロリアさんに、ガンザさんに話したのと同じ説明をした。聞きおわったグロリアさんは難しい顔をした。
「ふうむ、なるほど。結論から言いますと、わたくしにはどうしようもないですねえ。」
「それだけ?」
「はい。それだけです。」
僕は期待はずれで拍子抜けしてしまった。涼しげな顔でジュースを飲むグロリアさんを、僕の代わりにガンザさんがにらみつけてくれたけど、グロリアさんは肩をすくめただけだった。
「貴様、それでも魔女か。」
「わたくしは魔法のお薬をつくるのが専門ですからねえ。一般的に、異世界間の転移には主に3つのパターンがあります。」
グロリアさんが指を3本たてて淡々と説明をし始めたので僕は聞きのがさないようにした。
「まず、ある場所がたまたま異世界に通じている場合。たとえば、井戸やら洞窟とかですね。その地域では神かくしなどと言われる場合もありますね。」
グロリアさんは手と手をつよくあわせて音を立てた。
「ふたつめは、爆発や事故などにまきこまれ、その凄まじい衝撃で異世界への次元を超えてしまう場合。」
僕とガンザさんはうなずいてグロリアさんの話の続きをうながした。
「そして最も多いのは3つめですが、強い魔力で異世界の誰かに無理やり召喚される場合ですね。神や魔王なんかが召喚することもありますね。」
グロリアさんはものすごいことをさらりと言ってのけて、僕は異世界ではこんなのはあまり珍しくないことなのかなあと思った。ガンザさんは気が短いのか結論をせかした。
「で、カズミはどれなんだ。崖から落ちたそうだが。」
「うーん。判断が難しいですね。状況からしてどれもありえますし。ただ、カズミさんは我々の言語を普通に理解されていますね?」
僕はそう言われて初めて、この異世界で僕があたりまえみたいに話したり読み書きしていたことに気がついた。我ながら遅すぎるよね。
「それがなんだ?」
「それですと、誰かに召喚された可能性がいちばん高いかもしれませんねえ。召喚した者は、話せないと困りますから召喚された者にこの世界の言語で会話や読み書きができる能力を与えるはずですから。」
「じゃ、僕を召喚したのは誰なの?」
僕は身を乗りだしたけど、グロリアさんは興味ゼロという感じでさめた目をしていた。
「知りませんよ、そんなの。もう帰っていいですか? あ、約束のワインを一本もらっていきますね。」
グロリアさんは鼻歌を歌いながら部屋から出ていった。結局なにもわからなくて、期待はずれで肩すかしをくらった僕がへこんでいると、ガンザさんの大きな手が僕の肩に置かれた。
「カズミ、すまなかった。やはり魔女グロリアは頼りにならんな。だが心配するな、私が必ず元の世界に帰る方法を見つけてやる。」
「うん、ありがとう。でも、ガンザさんはやっぱり僕がいないほうがいいの?」
「なにを言うのだ。帰りたいと言ったのはカズミのほうだろう。」
ガンザさんはすこし慌てたような、すこし怒ったような口調になった。
「さ、仕事だ。」
ガンザさんが急いで部屋を出ていったあとを、僕はいつまでも見ていた。
元の世界に帰りたいのか帰りたくないのか、この時の僕は自分でもよくわからなくなってきていたんだ。
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