第7話 ガンザさんの本当の仕事
「そう怒るな。機嫌を直せ。」
ガンザさんの家はこの街のうす暗い裏通りにあるガタガタのボロい小屋で、バラックと言ったほうが正確かもしれなかった。その夜遅くに、僕たちはまたそこに戻ってきていた。
僕は超がつくほど不機嫌で、帰ってきてからずっとひとことも口を開いていなかった。ガンザさんは困ったような様子で頭をかいた。
「なぜ怒る? けっこう稼げただろう。」
「僕がいったい、何回ぐらい客にお尻を触られたと思う?」
僕は精一杯怒ってみせたけど、ガンザさんはニヤニヤするだけだった。
「私ならそんな客は叩きのめすがな。カズミは隙だらけなのだろう。」
「そういう問題じゃないよ!」
僕の怒りはおさまらず、居酒屋でオヤジがくれたあまりものの食べ物をガツガツと食べた。ガンザさんは同じくもらったお酒を飲んでいたけど、僕にコップを突き出してきた。
「カズミも飲め。飲んで忘れろ。」
「お酒は飲めません。僕は未成年ですから。」
「ミセイネンとはなんだ?」
ガンザさんは不思議そうに首を傾げた。その仕草が妙にかわいくてなまめかしくて、僕は目を逸らしてしまった。
「警察に捕まりますから、飲めないんです。」
「ケイサツ? なんだそれは? カズミは私がわからないことばかり言う奴だな。」
ガンザさんがジョッキを置いて少し真面目な顔つきになったので、僕は身構えた。
「そろそろ私に話してくれないか。カズミはどこから来た? なにものだ?」
「聞いてどうするの?」
僕の意地悪な逆質問に、ガンザさんはまたすこし困ったような表情になった。
「それは、もしいっしょに暮らすなら、知っておいたほうがよいだろう。」
「いっしょに!?」
僕は自分の耳を疑ったけど、ガンザさんは確かにそう言って、お酒のせいかどうかわからないけど少し顔を赤くしていた。
「ああ。カズミの好きにすればいい。ここにいてもいいし、出ていってもいいし、私はどちらでもいい。」
「僕、ここにいてもいいの?」
「だから、そう言っているだろう。」
ガンザさんはいつもの豪快さが薄れて、すこし恥ずかしげな笑顔を見せた。僕は自分でも信じられないことに、気がついたら大量の涙を流していた。
「ありがとう、ガンザさん。ありがとう…。」
「なぜ泣くのだ? カズミは本当におかしなやつだな。」
ガンザさんは手を伸ばしてきて、僕の髪をくしゃくしゃと乱暴になでてくれた。僕はずっと気が張っていたのが安心感からほどけたのか、しきりに泣き続けた。
「なるほど。それは不思議な話だな。」
「信じてくれるの?」
僕はこの街に来たいきさつをあらいざらいガンザさんに話した。ガンザさんはひたすら聴くことに徹してくれて、全く僕を疑う様子はなかった。
「カズミが嘘をついているとは私には思えない。それに、カズミの服や持ち物もそうだ。」
ガンザさんは僕が持っていた点火棒やハンドライトなんかを興味深そうに見ていた。思慮深い彼女の表情を見ていて、僕は不思議な気持ちだった。オーガって、ファンタジー系のゲームとかでしかよく知らないけど、強くて凶暴で角や牙がある鬼みたいな巨体のモンスターというイメージしかなかった。
でも彼女は、確かに僕よりはるかに背は大きくて牙があるけど、それ以外はあまり僕と変わらないように思えた。
それに、炎に照らされた彼女の横顔は牙はあるけど知性的で美しかった。
「ガンザさんのことも教えてくれる?」
「そうだな。私はちょっと事情があってな、カラス岩山にある私の故郷の村を出て今はあの酒場で用心棒をして暮らしている。今日はたいした騒ぎがなかったから楽だったな。」
ガンザさんは無造作に給料の銀貨や銅貨を地面に放り出した。僕もオヤジにもらった銅貨をガンザさんに見せた。
「それはカズミの稼ぎだ。持っておけ。」
「いいの? 家賃とか払わなくても。」
「かまわない。ただ…。」
ガンザさんはさらに何かを言いかけてふいに口を閉じた。僕は気になったけど、他にも彼女に聞きたいことがあった。
「聞いていい? ガンザさんはなぜ、あのおじさんを殺しちゃったの?」
「カズミ、絶対に誰にも話さないと誓うか?」
僕はまっすぐにガンザさんの視線をうけとめて、強く頷いた。ガンザさんもうなずくと、僕に顔を近づけてきた。
ドキドキする間もなく、ガンザさんはとんでもないことを言った。
「カズミ、実はあれが私の本当の仕事なんだ。」
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