第6話 働かないと食べていけない

「ガンザさん! 待ってください!」



 息せききって追いついた僕を、ガンザさんははるか上から不思議そうな顔で見おろしてきた。


「カズミ、なぜついてくる?」


「それは…。」


 うまく説明できなくてモゴモゴしている僕だったけど、ガンザさんは辛抱強く待ってくれた。


「どうした、行くあてがないのか?」


「はい。すみません。」


「なぜ謝る? カズミは謝りすぎだな。もっと堂々としていろ。」


 ガンザさんはまた大またで歩きはじめた。コンパスがすごいので、僕は小走りでも横に並ぶのがやっとだった。


「ついていっていいのですか?」


「好きにしろと言ったはずだ。」


 ガンザさんはどんどん歩き、僕は必死でついていった。道ゆく街の人々は、彼女を見ても驚くどころか無反応、と言うより無視しているというのが正しいのかもしれなかった。


 石畳の大通りを歩いていくと、両側にはレンガや石造りの建物が立ち並び、遠方には高い塔や外国のお城のような建造物が見えた。まだ朝早いのに、あちらこちらには屋台がたち並び、様々な姿の歩行者で通りはごったがえしていた。


「あの、ガンザさん。ここはどこなの?」


「3番街大通りだ。」


「そうじゃなくて、国とか、街の名前とかは?」


 急にガンザさんが立ち止まったので、僕は思いきり彼女のお尻にぶつかってしまった。彼女の視線の先は広場みたいに開けているところで、そこには人だかりができていて赤いベストを着たおじさんがチラシをばらまいていた。



「号外! 号外だよ。悪徳金貸しのシュゼニールさんが殺されちまったよ! 詳しくはここにぜんぶ書いてあるよ!」



 身をかがめて、風に飛ばされてきたチラシを拾おうとした僕をガンザさんは鋭く静止した。


「拾うな! カズミ。」


 この話題になるとガンザさんは人が変わったように機嫌がわるくなるので、僕は言われた通りにチラシをあきらめた。



 そう、ガンザさんはいい人(オーガ)みたいだけど、たしかに僕の目の前で人を殺したんだ。それは紛れもない事実だった。昨夜、途方にくれた僕が噴水の縁に座っていた時、知らないおじさんが走って来たのが始まりだった。


 おじさんはいかにも裕福そうな服装で、完全にパニック状態で顔は恐怖でゆがんでいた。おじさんは僕に助けを求めようとするかのように近づいてきて、その背後の暗闇から現れた巨大な人影からくりだされた一撃で息の根をとめられた。吹き出した返り血があたり一面にとび、僕にまでまともに血がふりかかった。


 あれ?

 ここで改めて僕は思いだした。


 動転していて気づかなかったけど、おもいきり返り血を浴びたはずなのに、今朝起きた僕の体は汚れていなかった。ということは…。


 わざわざ脱がなくてもガンザさんは知っていたんだ、僕が男の子だって。今ごろ気づいた僕は、ふたたび恥ずかしいやら腹がたつやらで顔が火照った。そんな僕を知ってか知らずか、ガンザさんは歩みを再開していた。



 どうしてガンザさんはあのおじさんを殺しちゃったんだろう。僕にはどうしても、ガンザさんが無意味に人を殺すようには思えなかった。ここは異世界だし、僕にはわからない何か理由があるのかな。



 しばらく行くと、ガンザさんは大きな店にズカズカと入っていった。仕方なく僕も追いかけて中に入ると、どうやらそこは飲食店みたいだった。居酒屋というほうがわかりやすいかもしれない。カウンター席があり、店内にはたくさん木のテーブルや椅子が並んでいた。意外にも中は落ち着いていて少しおしゃれな雰囲気だった。


「ようガンザ。早いな。」


 黒いベストを着た口ひげのおじさんがカウンターの向こうから声をかけてきた。こう言っちゃ失礼だけど、かなり人相は悪かった。


「なんだ、そいつは?」


 おじさんは無遠慮に僕を凝視してきた。なんだかいやらしい視線が僕はいやでたまらなかった。


「オヤジ、こいつはカズミだ。ここで働きたいらしい。」


「はああ!?」


 僕は普通に叫んでしまい、抗議したつもりだったけどガンザさんもオヤジも聞いちゃいなかった。


「そりゃいい! ちょうどひとり辞めちまってな、困ってたんだ。すぐに着替えてくれ。」


「ガンザさん、聞いてないよ。」


 僕はガンザさんのマントをつまんでひっぱった。かえってきたのは背中へのでかい平手での一撃だった。


「あいたた。」


「カズミ、自分で稼がなければここでは生きてはいけないぞ。しっかりな。」


 ガンザさんは豪快に笑いながら店の奥に消えていった。ついていこうとした僕はオヤジに腕を引っ張られた。


「お嬢ちゃんはそっちじゃねえぞ。さっさと更衣室に行きな。午前中からでものんべえ客が来るぜ。」


「僕はお嬢ちゃんじゃないです。」


「はいはい、いいからさっさとしな。」


 

 僕は渋々、教えられた部屋に入り置いてあった服に着替えた。そして鏡を見て愕然とした。


 それは、アニメやマンガでしか見たことがないような思いっきりメイド服だった…!

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