第3話 牙のある彼女

 なんだかいい香りがして僕は目を覚ました。そこはうす暗くて狭い部屋で、小屋の中のようだと思えた。弱々しく光る玉が僕の頭上でゆれていて、いったいどんな仕組みなのか、それは宙に浮いていた。

 それが魔法ってやつだってことを僕は後で知ることになる。


「やっと起きたか。」


 さっき噴水で聞いたのと同じ声がして、僕はビクッと体を震わせた。こわごわと声がした方向を見ると、暗がりに炎が見えて、どうやらコンロみたいなものがあるようだった。炎に照らされた声の主の姿を見て、僕の全身はまた震えた。


 そこに、異形の人がいた。


 地面にあぐらをかいて座っているけどその体の途方もない大きさはすぐにわかった。服なのかボロ布なのかよくわからないものを身体にまきつけて大事な部分だけは隠しているようだった。顔の下半分をなぜか彼女は覆面のようなもので隠していた。


 彼女!?


 そう、その人は大きいけど明らかに女性だった。だって、ものすごく長い髪は艶々しているし、覆面で隠されていない顔の上半分は長いまつ毛と切れ長の目がとっても綺麗だし、あらわな肩のラインは意外と滑らかだし、体毛は全くないし、それに…。


「なにをジロジロ見ている。」


 鋭い声で詰問されて、僕は無遠慮に相手を観察しまくっていたことに気がついて、慌てて彼女の胸から目を戻した。跳ね起きた僕はそのまま土下座の態勢にはいった。


「お願いですから、どうか僕を殺さないでください! すぐに出ていきますから!」


 ガタガタと震えながら僕は伏せたまま同じことを叫び続けた。そのまま固まっていると、何かが僕のすぐそばにコトリと置かれる音がした。恐る恐る顔をあげると、湯気の立つお椀があって、彼女は僕の間近で屈んでいた。僕は問いかけるように彼女の顔を見あげた。


「食え。お前の食べ物を汚してしまったからな。詫びだ。」


 彼女は僕をもの珍しそうに見下ろしていて、今度は僕が観察される番だった。なにを考えているのか彼女の上半分の表情からはさっぱりわからなかったけど、どうやらすぐには殺されたり食われたりする気配はなさそうだった。彼女は元の場所に戻り、こちらに背を向けてゴロリと巨体を横たえた。

 彼女の巨大な背中がまるみえになったけど、ほれぼれとするようにしなやかな筋肉で飾られていて、僕は思わず見惚れてしまった。

 僕にもあんな風に筋肉があればなあ。


「さっきからなにを見ている。私はそんなに醜いか。」


 静かだけど激しい怒りを含んだ声がして、彼女は背中にも目があるのかなと僕は思った。僕は勇気を出して誤解を解くことにした。


「ち、ちがいます! 綺麗だなあって思って見ちゃいました。」


 僕は再び土下座をして、思いつくままに喋ってしまった。


「あと、さっきはあなたの胸を見ていました。本当にごめんなさい!」



 なんの反応もないので僕が頭をあげると、彼女は目を大きく見開いて僕を見ていた。うす暗いにも関わらず、彼女が全身を真っ赤っかしているのが僕にはなんとなくわかった。まずい、どうやら僕は思いきり地雷を踏んで彼女を怒らせてしまったらしかった。僕が動く前に、彼女は自分の覆面をはぎとった。


「私が綺麗だと? ふざけるな! これでもそうか!」


 驚いたことに、彼女の顔は上半分は全く普通の人間と同じだったけど、口の両端には大きな牙が2本生えていた。僕はなんだか、祖父が飼っていた大型犬の犬歯を思い出してしまった。

  

 どう答えればいいのかわからない僕が黙っていると、彼女は一瞬だけ悲しそうな顔になり、すぐにまたプイと横になってしまった。


「食ったら寝ろ。明日の朝いちばんに出ていけ。」


 僕はなんだか申し訳ない気持ちになり、とりあえず出されたお椀の煮物のような食べ物を平らげた。何が入っているのかは聞かないほうが良さそうだったけど、思いのほか美味しかった。


 そのあと、僕も横になったけど全く眠れそうになかった。なぜかっていうと、言うのが恥ずかしいけれど、彼女の腰の下にある布きれで隠された大きなお尻や、そのさらに下の長くて白い脚が気になって仕方がなかったからだった。

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