第4話 究極の選択と人生最大の危機
すきま風と明るさに起こされた僕は音をたてないように気をつけながら起き上がり、思いきりのびをした。身体中が痛くて関節という関節がバキバキと音をたてた。
少しは眠れたみたいだったけど、寝不足で僕はフラフラだった。
牙のある彼女はまだ向こうのほうで眠っている様子で横になったままだった。あおむけになっていて、呼吸にあわせて上下する彼女の巨大な胸に僕の視線は釘づけになってしまった。
思えば中高と男子校で、僕は女子に全く免疫がなかった。小学生のころなんて、女子と話す勇気もなかった。だから、牙があっても女子と同じ部屋で眠るなんて、僕にはいきなりハードルが高すぎた。
僕は首をふりふり視線をひきはがすと、片隅に置いてあったリュックを拾って背負った。どうやら彼女は、わざわざ気絶した僕をここまで連れてきたに違いなかった。でも、なんのために?
まさか、殺人の目撃者である僕を口封じするため!?
僕は悪寒がして、彼女に悪いかなと思いつつも、一礼だけして出口らしき扉に近づいた。
「そこは便所だ。」
背後から彼女の声が聞こえて、僕はまた咄嗟に土下座の姿勢になった。
「ごめんなさい! にげるつもりじゃなかったんです! あの事はよく見てませんし誰にも言いませんから、どうか僕を殺さないでください!」
「あの事とはなんだ?」
僕は顔をゆっくりとあげて愛想笑いをしたけど、彼女は無表情でピクリとも笑っていなかった。
「ですから、その、あなたが人を殺し…。」
「ああ、あれか。」
彼女はさもなんでもない事のようにあぐらをかき、こりをほぐすかのように首をまわしながら頭をかいていた。
「誰かに言ったら、殺す。」
真顔で言う彼女に僕はちびりそうになり、というか本当に少しちびった。でも彼女はそのことにはもう無関心な様子になり、地面を指差した。
「まあ座れ。人間の娘よ。」
「は、はい。」
僕が戸惑っていると、彼女は少しイラつき始めたみたいで牙がすこし長くなった。
「どうした?」
「あ、あの、僕を殺しませんよね?」
「そのつもりならとっくにそうしている。」
彼女はあいかわらずの無表情で、不機嫌そうだった。意外と朝には弱いのかもしれなかった。
「とにかく、はやく座れ。朝飯くらい食べていけ。」
「あ、ありがとうございます。」
僕はひょっとして彼女はいい人(?)なのかなと思いながら地面に正座して、彼女がコンロの鍋でなにやら作り始めるのをおとなしく待った。僕は彼女に聞きたいことが山盛りだったけど、なんだか気まずくて言い出せなかった。逆に先制攻撃は彼女からだった。
「おまえ、どこから来た? なぜあそこにいた? その妙なみなりはなんだ?」
「それは、遠いところから…道に迷って…。」
最後のほうは消え入りそうな声になり、僕はうつむいてしまった。
「あんな遅い刻に娘がひとりで危なかろう。親はどこにいる。人間は家族でかたまって住むのだろう?」
「あの、僕、娘さんじゃありません。男です。」
思い切って訂正した途端、おたまで鍋をかき混ぜていた彼女の手がピタリととまった。
「なんだと? ウソをつくな。私はそういうウソがいちばん嫌いだ。」
ものすごく鋭い彼女の視線に、僕はヘビに睨まれたインコみたいに震えあがった。
「ウ、ウソじゃないです。」
「では、証拠を見せろ。」
「そんなぁ。無理です。」
「証拠を見せるか、私に食い殺されるか、好きなほうを選べ。」
僕にいきなり人生最大の危機が訪れたみたいだった。まだ15歳だけど。
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