第58話 悠紫side:夢が叶っても変わらないもの(完)

俺の壮大な夢が叶ってから



―― 7年という月日が経った。



今でも一応、第一線で活動させてもらっている。

4年前から拠点をオーストリアのウィーンに移し、音楽に没頭する毎日を送っている。

日本へは毎年3ヶ月程帰国して、全国をツアーで回ったりしている。


杏実?


杏実は大丈夫、元気だよ。

ちゃんと一緒に生きてる。



7年もあれば、誰しも色々あるだろう。 


もちろん俺も……。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



【世界デビューアルバム。ピアニストで歴代1位の売り上げ!】





【SUGAYA自動車。新商品イメージに、モデル楽曲共に神矢悠を起用。】





【世界デビューアルバム、グラミー賞クラシック器楽ソロ部門で、優秀賞を獲得!】





【シャイなピアニスト世界各国で人気急上昇。世界12ヵ国でツアー決定!】





【CD売り上げ、ピアニスト部門歴代1位更新。10ヵ国でゴールドディスク認定。】




 

【『子どもにもっと音楽を。』恵まれない子ども達に向けた無料コンサート開催。毎年開催地を変え恒例に。】





【世界中へ愛を届けるピアニスト。1年を掛け24ヶ国を巡る。チャリティーコンサートを開催。】





【ドキュメンタリー映画制作決定。】





【スクープ!ヒットメーカーPDの正体は神矢悠の妻だった!】




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これだけでは無く、様々な出来事があった。

努力の結果手にする事の出来たものも有れば、予期せぬ出来事もあったりして。

だけど今、思い返せば



ずっと、毎日が幸せだ。






「はぁ、はぁ。」


杏実の愚痴を聞いてたら、家を出るのが遅くなってしまった。


俺はいま、ウィーンの小学校に向かって走っている。

その小学校は、ウィーンの普通の小学校だけど、外国人の沢山集まってくる小学校で、先生にも日本人が何人か居る。

外国人向けにドイツ語や、英語の授業がある独特な学校だ。

学童の建物の玄関で、先生に声をかけた。



「はあ、はあ。すみません。菅屋です。遅くなりました。」


「あらぁ!悠さん!今日もお父さんなんですね!?お母さんは日本からお帰りにならなかったんですか?」


「あ、いえ。帰って来たんですが、急遽仕事の電話が入ってしまって(苦笑)」


「え?まだお仕事続けられるんですか?」


「不測の事態みたいです。どうやら(苦笑)」


「あらぁ。大変ですね。お父さんもお忙しいしぃ。」


「いえ、僕は曲を作って弾いて…、自分のことだけなんで暇なもんですよ(笑)」


「また!そんなご謙遜を!沢山の人を癒し慰める立派なお仕事ですわぁ。」


「いえ、そんな(笑)」


「でも…お母様はよく、日本では無くこちらでのご出産を決断なさいましたね。」


「妻が、柾紫まさしを友達と会えなくするのは可哀想だって言うんですよね(笑)2人目ですし…、僕も活動を制限してサポートしますから、何とかなりますよ。」


「素敵ですわぁ…。あ、すみません、柾紫まさしくん呼びますね(苦笑)」


「お願いします(笑)」


「柾紫くーん!帰りますよー!」


「はーい!」



部屋の隅で友達と遊んでいた男の子が、振り返って返事をした。

この子は俺と杏実との子で、今年入学したばかりの小学1年生。

クリクリと大きな目がキラキラしていて、高い鼻もぷっくりした唇も、親の俺が言うのもなんだけど、顔の全てが本当に可愛い。

杏実に似てくれて良かったなと思う。



「わぁ!パパだぁ!(笑)」


「帰るから準備しておいで。」


「ママは!?おうち来た!?」


「うん。帰って来たよ(笑)お家に居るから、早く帰ろ。」


「わー!!ママいるの!?ボク帰る!」



柾紫は友達や先生とハイタッチをすると、荷物を抱えて走って来た。

こんなに興奮して、慌てるのも無理はない。

柾紫は母親と、2週間も会えていなかったから。


ママ!ママ!と泣いて起きる夜もあったりして、そういう時って父親って無力だなって思ったよ。

母親とこんなに離れるのは初めてだったし、仕方ない事だと理解している。


杏実はいま2人目を妊娠中で、産休に入る前に日本での仕事を片付けなければならなかった。

全てを予定通りに終わらせ、帰ってくる杏実を心から尊敬しているよ。




柾紫の手から荷物を受け取り持ってやると、俺の手を握り引っ張って


「早く!早く!」


と、急かして来る。



「ははっ(笑)しょうがねえなぁ(笑)じゃあ、家まで競争だ!」


「きゃははは!(笑)」


小走りで柾紫の後ろギリギリを走る。


「待てぇ!(笑)」


「きゃははははっ!(笑)」




「ボクの勝ちぃ!!(笑)」


「わぁ。負けちゃったぁ(笑)」



柾紫は嬉しさ全開の顔をして、扉を開いた。



「ママ!ママ!」




「何言ってんですか!?話し聞いてました!?そんな事させませんから!!」



スマホを耳に当て大きな声で話す杏実を見て、柾紫が固まっている。



「ねぇ…、パパ? ママ…ケンカしてるの?」


柾紫が悲しそうな顔をして俺の手を握り、顔を見上げた。

俺はしゃがんで柾紫と目を合わせてやった。



「ママはいま、戦ってるんだよ。」


「たたかってる?」


「そう。もう、終わるから、待ってあげような?」


「うん…。」



「もう良いです!この話は無かった事にしましょう。お疲れ様でした。」



杏実は通話を切ると、表情を瞬時に変えて柾紫を見た。




「柾紫ぃ〜!お帰りぃ!」


「ママぁ〜!!」


杏実が前屈みに両手を広げると、柾紫は一目散に走り腕の中に飛び込んだ。



「ママぁ!ママ〜!」


「柾紫ぃ会いたかったよ!(笑)」


「ボクも!えへへっ(笑)」


杏実が優しく柾紫の頭を撫でると、柾紫は目を瞑ってお腹に抱きついた。

おもむろに、杏実の顔を見上げて話し出す。



「ねぇ、ママ?」


「ん?」


「あんまり、怒るとお腹の赤ちゃんも怒りん坊さんになっちゃうよ?」


杏実は頭を撫でながら答えた。


「そっか。怒りん坊さんになっちゃうね(笑)ごめんね。気をつけるね(笑)」


「赤ちゃんは女の子なんだから、優しくしてあげてね?」


「女の子!? そっか。わかった。さ、手を洗っておいで。宿題が終わったらパンケーキを焼いてあげるから(笑)」


「わーい!行ってくるっ!」


柾紫はバタバタと走って洗面台に向かった。



「お腹の子の性別、分かったの?」


「まさか(笑)まだ4ヶ月だよ?(笑)」


「だよな(苦笑)」


「でも、本当にそうなのかもよ?あの子、勘のいいところがあるから。」


「見えてるのかもな(笑)」



「ママ!」


柾紫はまた杏実に抱きつくと見上げて言った。


「お腹すいた!!」


「宿題が先だよ。がんばれぇ(笑)」


杏実が頭を撫でると、柾紫はぶーっと口を尖らせて自分の部屋へと入って行った。





「さっきの電話なんだったの?大丈夫?」


「あぁ、由美の写真集とイメージビデオの話しが来てるって言ってたでしょ?」


「うん。」


「美人だしスタイルが良いから、ビキニを着せてフルート演奏をさせたいって言うんだよ!?酷くない!?(怒)」


「それはダメだね。」


「でしょ!?そんな事させないって言ったら、ビデオがダメなら写真集ではどうですか?って言うの! だからね、切ってやった。」


「切ってやったんだ(笑)そっか(笑)」


「うん!」


「ははっ(笑)」


「ご両親に無理言ってお預かりしてる子なのに、そんな事させたら顔向け出来ないよ。」


「そうだね。」


「さ、可愛いまさちゃんの為に、パンケーキ作るか(笑)」





どんなに素晴らしい賞を貰っても、どんなに有名になっても、俺が驕り高ぶる事なく7年前と変わらずにいられるのは


杏実がそんな人間では無いからだ。


自分自身が有名になろうが、プロデュースした音楽家や歌手が、どんなに売れようと

杏実は何一つ、変わらないでいてくれた。


杏実はやっぱり、


俺の指針であり、コンダクターだ。




「ママぁ!お腹へった!パンケーキまだぁ?」


「えっ?早いね!もう宿題出来たの?」


「出来たよ!」


「丸つけしてあげるから持っておいで。」


「えぇ。良いよ。ボクできるもん!」


「丸つけはお家の人がやらなきゃダメなんだよ。してあげるから持っておいで。」


柾紫が、ブスッと不貞腐れている。



「もしかして、やってないんでしょ?見せるまでパンケーキは無いよ?」


「えぇ!ヤダぁ!ママぁ〜!(泣)」




――— そして何より、今でも君は…




「やれば良い事なのに、どうしてやっても無いのに嘘をつくのよ。嘘をついたってバレちゃうんだからね? パパもママも嘘ついたりしないでしょ? ね!? パパ!?」


「えっ!? あぁ、うん(笑)」




――— 嘘つきだ。








――――――――――――――――――――

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

皆さんに幸あれ!

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素直な僕と、嘘つきな君 (完) とっく @tokku76

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