第57話 夢の叶う瞬間②

事務所の会議室で、朝の情報番組を見ていた。


イギリスから帰って3週間が経ち、闇雲に進んでいるかの様な不安な日々も去り、今は様々な事柄が鮮明に色付き、少し落ち着いている。

ここへ来てやっと、神矢悠のテレビ出演を許可する事が出来た。

いつも神矢悠を追いかけてくれている番組、女性プロデューサーが神矢のファンだという、朝の情報番組に出演する。


神矢を亜弥と複数のスタッフに任せて、私は残されたスタッフとテレビを見ている。

その中にはエマもいる。

いよいよCMの後、出てくる様だ。




嬉しそうに笑う女性アナウンサーが、いつも原稿を読むテーブルの前に出て立っている。



「皆さん!お待たせしました!待ってましたよね!?いよいよ、私たちの番組に来てくださいました!神矢悠さんです!!!」



アナウンサーの右横に立つ、悠の姿が映し出された。

穏やかに笑っている。

白い品の良いフリルブラウスが、白い肌を美しく魅せてくれている。

ライトの当たりも自然で素晴らしい。



「おはようございます。宜しくお願いします。」


頭を下げると、カメラに向かって微笑んだ。



「きゃー!!神矢悠さんだぁ!カッコいい!」


悠の右横に立つ女性レポーターがはしゃいでいる。

女性アナウンサーもはしゃぎながら続けた。


「ホントにカッコいい!やっぱりイケメンですね!肌白いし綺麗ー!!」


「背も高いですねぇ!そんでもって細いぃ(笑)足長いぃ!」


「いやいや、困ってますやん!(笑)あははは!」


レギュラー出演の売れっ子芸人が、ツッコミを入れると、悠は困った様子で続けた。



「すみません(苦笑)初めてテレビに出るのでびっくりしちゃいました(苦笑)」


「こちらこそごめんなさい!テンション上がっちゃいました(笑)」


「ではCMの後、お話を伺います!お楽しみに!(笑)」



朝の情報番組特有の寸劇形式のCMの後、テーブルを前に座る悠が映し出された。

ニコリと笑う。

朝の忙しい家事の合間のひと時に、悠の笑顔は癒しとなりそうな予感がする。

主婦の人気もいただけそうだ。



「改めてご紹介致します。ピアニストの神矢悠さんです。初めまして。」


「初めまして(笑)宜しくお願い致します。」


「この番組では、SUGAYA自動車の会見の時から追いかけさせていただいていたのですが、ご存知でしたか?」


「はい。拝見させて頂いていました。」


「わぁ!嬉しいぃ!追いかけ続けて良かったです!」


女性リポーターは、まだはしゃいでいる。


「イギリス王室の結婚式にご出席されていかがでしたか?何かエピソードもあれば、教えて下さい。」


「そうですね…。結婚式の内容などは話してはいけない決まりがあって。」


「そうなんですね?」


「はい。ただ、もう、今まで経験した事の無い豪華絢爛な世界で…異世界に迷い込んだかの様でした(笑)」


「演奏する様子が配信されていて、拝見しましたがその画面だけでもう、豪華な様子は分かりましたから(笑)何かエピソードはありますか?」


「そうですね。ドレスを着る人をエスコートするなんて初めてで…歩き方も慣れてないので、妻のドレスの裾を踏んじゃったんですよね(苦笑)」


「え?どうなったんですか!?(困惑)」


「倒れそうになったんですけど、何とか支えられて惨事は免れました(笑)」


「良かったぁ(笑)」


「2人でホッとして、大爆笑しちゃいました(笑)」


「意外ですね!何でもスマートにこなして、クーでカッコいいイメージだったんですけどぉ〜(笑)」


「あまり、人前ではしゃいだりはしないのでそう見えるだけで、元はそんなカッコいいタイプでは無いですよ(笑)」


「いえいえ、何を仰ってるんですか?カッコいいですよ? では、ここでピアニスト神矢悠の軌跡を、VTRにまとめましたのでご覧下さい。」

 



ニューヨークデビューから、現在に至るまでをまとめたVTRで、事前に見せて貰った物と変わりは無かった。

ニューヨークにいた頃の写真は、ジェームズから送って貰った。

あれ以来、くだらない商売はやめてくれたので名前を出す事にした。

ジェームズの事務所も、きっと安泰だろう。


VTRの後CMがあり、スタジオに戻った。



「本日は、ピアニストの神矢悠さんをお招きしております。皆さま、いかがでしょうか。大企業のご子息でありながら、名前も使わず実力でここまで来られた神矢悠さんの、更なる魅力に気付かれたのでは無いでしょうか。イギリス王室の結婚式に参加された事をきっかけに、様々なオファーが絶えないそうです。その中でも、一番の出来事があるのですよね!?」  


「はい(笑)」


「この先は、悠さんご本人にお話し頂きましょう!(笑)今後の予定を教えて下さい!」


「はい。私は、ピアニストになると決めてからずっと世界デビューが夢でしたが、来年の春に新しいアルバムが世界各国で同時リリースされる事が決まりました。」


「と、言う事は!?」


「世界デビューが決まりました(笑)」


『わー!!おめでとうございます!!』


スタジオにいる全員が拍手をして、おめでとうございますと祝福をしてくれた。


「本当に凄いですぅ!!」


「凄すぎるやろー!!絶対買うわぁ!」


「この世界デビューアルバム、どの様なアルバムになりますか?話せる範囲でいいので教えて下さい!」





夢が叶った日とは。

アルバムの発売日を言うのだろうか。

それとも、世界をツアーで回る初日を言うのか。

ただどちらも記念日として、記録にも記憶にも残るだろう。

菅屋悠紫の人生の中の出来事として、最大の夢が叶う。

私はその後の世界で、もっともっと高みに行く手助けは出来るだろうか。

テレビに映し出される悠の姿を見ながら、そんな事をぼんやりと考えていた。




「はい。今決まっているのは予約受注販売のスペシャルBOXと、初回限定盤、通常盤と3形態で発売されます。今回、結婚式で披露させて頂きました3曲も入っています。全部で何曲になるかは未定ですが、記念になる作品なので出来る限り沢山の楽曲を入れたいと考えています。」


「受注販売のスペシャルBOXですか?(笑)それが気になるんですが!?(笑)」


「スペシャルBOXと初回限定盤は…、お恥ずかしいのですが、写真集とポスターが付きます。僕が全曲、解説をしたブックレットが付きます。世界各国の言語に翻訳されるみたいですね(笑)」


「と、言う事は世界中の方々に悠さんの楽曲に掛ける想いや、秘話などを知って貰える訳ですね!(笑)」


「はい(笑)スペシャルBOXの方には、1番聞いて頂いている僕の楽曲『Tomorrow is another day』のオルゴールが付くと聞きました。」


「素敵ですね!個人的に凄く欲しいです!」


「ありがとうございます(笑)まだまだ特典を考えていますので、ぜひお手に取って頂けたらと思います。沢山聴いてください!(笑)」


「楽しみですぅ!では、名残惜しいですがそろそろお別れのお時間となりました。最後に伝えたい事などがあればお好きにどうぞ!」



「はい。ありがとうございます。まずは、僕の音楽を聞いてくださるファンの皆さん。皆さんが居てくださるから生かされていると思っています。皆さんの声、ちゃんと届いています。本当にありがとうございます。そして、会社を継がずにピアニストになる道を許してくれた両親。やりたい事をやらせてくれた偉大な両親も感謝しています。それから、僕を信じてデビューさせてくれたエマプロデューサー。あなたが居なければ今の僕は存在しません。本当にありがとうございます。スタッフのみんなにも感謝を忘れた事はありません。ありがとうございます。これからも宜しくお願いします。そして最後に僕の妻へ…」



(え?私?)



「とにかく、ありがとう(笑)これからも宜しく。」



少し照れくさそうに笑う悠を見て胸がいっぱいになった。

心から嬉しかった。



「ファンの皆さん、家族やスタッフ。これからも応援宜しくお願いします。」



深々と頭を下げ、満足そうに顔を上げた。


「本日は、ピアニスト神矢悠さんにお越し頂きました!ありがとうございました!またのお越しをお待ちしております!」



――パチパチパチパチ



こうして、神矢悠の初めてのテレビ出演は終わった。



――――――――――――――――――――

《悠紫side》


テレビ局から事務所までは、車で20分しか掛からない。

部署に着くと興奮状態の杏実が、駆け寄って来た。


「おかえりなさい!ねぇ!?私の事言ってくれたね!?ありがとう!(笑)」



キラキラした笑顔で嬉しそうにしている。

本当は照れ臭くて、言わなくてもいいかなって思ったけど、でも…

この顔が見たくて…。

俺は杏実の事なら何でもわかる。

考える事も、リアクションも。

テレビでなんか言わなくても、杏実に直接礼を言えば済む事も。

でも俺は、杏実のこの顔が見たくて話したんだ。



「私の事なんて言わないと思ってたのに!?どうして!?(笑)」


杏実も、俺の事がよくわかっている様だ。



「うるせぇなぁ(笑)一々聞くなって(笑)ね?エマさん。」


「ん?」


「順番なんて気にして無いでしょ?(笑)」



いつだったか、エマさんに

感謝を述べる機会があったら、エマさんの名前を一番に出すと言ったらエマさんは

杏実に怒られないかと心配を口にしてたけど、やっぱりそんなのを気にする女じゃない。



「ホントね(笑)流石だわ。2人とも(笑)」


「ん?何ですか?何の話し?」


『あははは!』


エマさんと2人で笑うと、杏実はもっと困惑する表情を見せた。

俺の想像の中で、この顔も想定済み。

全てが計画通りで大満足だった。



俺の人生の壮大な夢に、杏実は必要不可欠なキーパーソンだった。

その壮大な夢も、叶う日が来る。

俺の夢に生きる杏実の人生に、もっと輝かしい何かを授けたい。

俺の夢が叶った後は、杏実にもずっと今が幸せだと思い続けて欲しい。

それが、俺の新たな夢だ。


そんな新たな夢に向かって歩み出した事は、


杏実にも、内緒にしておこうと


思っている。

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