第56話 夢の叶う瞬間①

ロンドン滞在2日目

午後の舞踏会の練習が無事に終わり、ホテルのルームサービスでディナーを楽しんでいる。

悠紫ゆうしは終始ご機嫌で、こちらも釣られて笑ってしまう。



「機嫌が良いね?(笑)どうしたの?」


「杏実、踊れないと思ってたからさ(笑)踊れんだなぁって思って(笑)」


「はぁ?」


「センスあると思うよ(笑)」


「私の前では神矢かみやゆうは嫌な奴だって、どっかで喋ってやろうかな。」


「あははっ(笑)」


「ちっ(笑)だけど、筋肉痛になりそう(苦笑)」


「舞踏会に出る日が来るなんて、思ってもみなかったよな。ちょっと、照れくさいね(笑)」


「ちょっとね(笑)」


・ 


笑っちゃう位に豪華なディナーの後、シャワーを済ませた悠紫はピアノに向かった。

ピアノの音は喜びに満ちて穏やかで、唯一無二のピアニストの様だった。

唯一無二のピアニストなのだけど、悠紫が『舞踏会に出る日が来るなんて』なんて言うから、出会った日から一緒にピアニストになる夢を追いかけた日々を思い出して、不思議な感覚に陥っていた。

2日後、菅屋悠紫はイギリス王室の結婚式に出席する。

父親の会社の名前を借りず、実力で手に入れる栄光。

私はすでに3日後の世界に想いを馳せている。

私の作った地盤は、神矢悠が好き勝手に動いてもびくともしない程に硬い物だろうか。

私はその地盤をさらに広く、大きくして行かなければならない。

ピアノを弾く悠紫の姿を見ながら、自分のすべき事に誓いを立てた。




結婚式当日

演奏家のパフォーマンスの様子は、世界中にライブ配信された。

トリを飾る神矢悠の姿は、本当に素晴らしかった。

美しく優雅で、唯一無二のピアニストである事を見せつけた。

途中花嫁が涙を拭い、それに気付いた王子が花嫁に穏やかに笑いかけ、2人で微笑み合う姿が映し出された。

その瞬間、私は確信した。


神矢悠は


世界に行くと。




「クリスさん?泣いてるんですか?(笑)」


「だって、素晴らしいじゃないですか(泣)こんなに素晴らしい方だったなんて!(泣)」


「ありがとうございます(笑)」


「一緒にお仕事が出来て、光栄です。」



舞踏会の会場まで送ってもらうための車の中で、クリスと一緒に配信を見ていた。

第三者の感想を間近に聞けて嬉しかった。

そして、鼻が高かった。



「さ、宮廷までお送りしますね。」


「お願いします。」




――――――――――――――――――――

フクロウの「ホー、ホー」という鳴き声が、向こうの方で聞こえる。

夜の光輝く宮廷を、森の様な庭から見ていた。

おとぎ話に出てくるお姫様になった気分だった。

私のすぐ側で、美しい王子様が微笑んでいる。



「私ね…。」


「うん?」


「『夢が叶う。』って、スイッチを入り切りするみたいに、はっきり分かる物だと思ってたんだ。だけど、そうじゃないんだね。さり気なく起こる日常の出来事みたいにしてやってくるんだね(笑)悠紫くんと、再会出来た事も人生の途中に決められてたみたいにあってさ…。結婚だってそう…。悠紫くんの1番の夢も、叶うところまで来てる…。悠紫くんも、わかってるんでしょ?」


「どうかな?(笑)でも…俺の夢は、1人では叶えられない。皆んなが居てくれるから叶えられるんだ。俺の人生ではあるけど、ここまで来れた事に、皆んなに感謝してるよ。」


「悠紫くんが素敵な人で良かった(笑)だから叶うんだよ!」


私が笑うと、悠紫も笑ってくれた。

私はこの笑顔も、一生忘れないだろう。



――ブブッ、ブブッ、ブブッ



「ん?」


ドレスに合わせた持ち慣れないミニバッグから、スマホを取り出すとエマからの着信が入っていた。

この時間に掛かって来るなんて、絶対におかしい。

直ぐに出ると、エマが慌てた様子で捲し立てた。



「杏実!大変なのよ!」


「どうしたんですか?そっちは早朝ですよね?」


「そんな事言ってらんないのよ!とにかく大変なの!!」


「落ち着いて下さい。」



私の言葉だけを聞いて、悠紫は心配そうにしている。

私も状況が掴めず、悠紫と見つめ合う事しか出来なかった。


「いま、どんな状況?すぐにリモート会議をしたいんだけど!」


「いま、お迎えの車を待っている所なんです。」


「部屋に戻ったら直ぐに準備をして連絡してちょうだい!」


「了解です。」




「どうしたの?」


悠紫が心配そうに尋ねた。



「わかんないの。大変だって、それだけ。部屋に戻ったらリモートしたいってさ。」




部屋に戻り、ノートパソコンをセッティングして悠紫と一緒に並んで座った。

事務所の様子が映し出される。

慌しい雰囲気が伝わる。



「お待たせしました。どうしたんですか?」


「いろんな国からメールや電話が殺到してるの!通訳も居なくて、何を言っているのか分からない様な国からの電話もあるの!それの対策と!あとはぁ!あれよ、あれ!その、そ!条件!条件を整えたいのよ!」


「ちょっ、ちょっとエマさん!落ち着いて下さい。なんの話しですか?なんの連絡が来てるんです?」


「各国の有名レコード会社からデビューの話が来てるの!!CDデビューさせたいって!」


「えっ?えっ!?」


「音楽番組や、バラエディー番組にCMに!色んなオファーがあって!杏実抜きには決められないから!」


「待って!待って!エマさん!」


「何よ!?」


「CDデビューって言いました?」


「そうよ!世界デビューの話が来たのよ!」


「うぉ〜!!よっしゃーー!!(笑)」


叫んだ後、思わず悠紫の顔を見た。

悠紫は喜びを噛み締め、心から湧き上がる気持ちを、どう表現すれば良いのかが分からない様だった。

ただ見つめ合い、笑った。



「ふふっ。エマさんって、パニックになると無表情で早口になるの!?(笑)」


「それな!見た事なかったから話し入って来なくてさっ(笑)」


『あははは!(笑)』


「あなた達、日本に帰って来たら覚えてなさいよ。」


「何ですか!?もう(笑)怖いなぁ(笑)でも、ありがとうございます。」


「何がよ。」


「エマさんのおかげで、冷静でいられます(笑)皆んな!側に居ますか!?」



「いまーす!」


亜弥が横から顔だけ出して、笑顔で手を振った。


「俺もいるー。」


神田が手だけを見せた。


「他にもスタッフ、全員居るわよ。」


「よし。では、会議をはじめます。まず、事務所内で外国語の出来る社員を集めて下さい。追々、通訳を雇いましょう。テレビ出演は、日本同様、バラエティはNGにします。各国で、神矢悠の争奪戦になるはずです。契約条件をあらかじめ決めておきましょう。それを軸に交渉します。」



私は、思いつく限りの事を話し続けた。

悠紫はそんな私に飲み物を用意してくれたり、時々意見を述べたりしていた。

会議は、2時間ほどで一旦終了となった。

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