第55話 アーティスト保護
神矢悠を取り巻く環境が急激に変わり、今や時の人となった。
あまりのスピード感に、私は戸惑っている。
手放しで喜べないのは身内だからか、はたまたそういう性格なのか。
自由に飛び回る神矢悠の羽が折れて、墜落してしまわぬ様に援護し
そして今以上に、舞い上がり続けられる様にするには…。
彼の行く手を阻む邪悪なモノを、跳ね除ける術が私には備わっているだろうか。
アーティスト保護というモノについて考えない日は無い。
記者会見の後、フラフラと歩く悠を支配人が抱き抱え、エレベーターに乗り込む姿を数人の記者に目撃されていた。
事務所に問い合わせがあったと、エマから連絡を貰った私は、事務所に戻らず救急病院へ向かった。
お医者さんの見解はやはり、フラッシュの点滅のせいで目眩を起こしたのだろうとの事だった。
数人の記者の憶測で変に噂が立たない様に、私は悠を自宅に送り届け1人で事務所に戻り、SNSやホームページを使い、記者会見後に救急病院で診察を受け診断書を貰った旨を公表した。
テレビで記者会見を見ていたファンも、目眩や頭痛を感じた人が居た様で、同情の声が相次いだ。
中には、
『光の点滅で目眩を起こすなんてピアニストらしい、儚げな
といった声もあって、推しを褒めようと思ったらいくらでも言い様があるのだなぁと、感心してしまった。
あの日から2週間、悠紫の体調に問題は無く順調に練習や準備をする事が出来た。
いよいよ明日、結婚式に向けてイギリスへ発つ。
悠紫は特に緊張する様子もなく、私から見ても順調そうに見える。
私にはそんな悠紫の出鼻を挫かない様に、遂行しなければいけない任務がある。
神矢悠の部署宛に、あるタレコミがあり事実かどうか、自分の目で確かめる必要があった。
もし事実ならば臨機応変に対処せねばならない。
私は密かな戦いに向けて、闘志を燃やしていた。
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午後13時30分
ロンドン・ヒースロー空港に着くと、コーディネーターのクリス西山が出迎えてくれた。
「お疲れ様です。また担当させて頂きます。宜しくお願いします。」
『宜しくお願いします!』
二人の声がハモって、クリスがほんの少し笑った。
「今日からお泊まり頂くホテルは、前回とは違います。またお部屋にピアノはありますのでご安心ください。では参りましょう。」
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今回のホテルは、結婚式に出席する来賓用とあって、今までに見た事も無い程に豪華だった。
ロビーのソファーに座り、クリスからカードキーを受け取った。
「では、スケジュール確認をさせて頂きます。今日はこのままお休み下さい。お食事は8時、12時、19時にルームサービスが参ります。必要のない場合は、1時間前までにドアプレートでお知らせ下さい。その他ご所望でしたらお気軽にご利用下さい。」
「ありがとうございます。」
「明日1日目は、他の演奏家の皆様と顔合わせがあります。2日目は舞踏会の練習、3日目は演奏会の皆さんでリハーサル、4日目が本番です。」
「杏実さんは舞踏会の練習と、舞踏会以外は参加出来ません。私は全てのスケジュールで宮廷の中に入る事が出来ませんが…神矢様、英語は堪能でしたね?」
「日常会話くらいですけど…。困らない位は…(苦笑)」
「では、大丈夫ですね。一応中にも通訳はおりますので。私は宮廷の外でしたら何なりとお申し付け下さい。」
「ありがとうございます。」
「では、明日9時にお迎えに上がります。」
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エレベーターで、10階に向かった。
エレベーターの中も、部屋へと続く絨毯や壁も、置いてある花瓶やドアまで細部に渡り複雑で豪華だった。
アンティーク調なのか、本当にアンティークなのか。
カードキー式のドアである事が、不思議に感じてしまう。
じっくり見て歩く私とは対照的に、悠紫はスタスタとドアの前に立ち、私の到着を冷ややかな目で待っていた。
「鍵、預けるんじゃなかった。」
「ちょっとじゃん!」
「早く開けて。」
「はいはい。」
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「わぁ〜!!」
「ふっ(笑)」
「この部屋すごいね!!こんな豪華な部屋見たことない!!」
「ちょっと笑っちゃうね(笑)」
海外経験の豊富な御曹司の悠紫でさえも、今回の部屋は笑ってしまう程豪華らしい。
悠紫の初めてを一緒に体験出来る事が嬉しい。
明日からの経験も初めての事だらけだ。
「ねぇ、寝室見てよ(笑)」
悠紫に言われて見に行くとあまりの凄さに笑ってしまった。
「あははは!すごい!お姫様のベッドだぁ!こんな高いベッド、転げ落ちたらヤバいね!(笑)」
「今回はダブルベッドだね。」
「え?えぇ?(照)」
悠紫は私にジリジリと近づくと、不意に抱きしめた。
顔を見上げると穏やかな眼差しを私に向けている。
「今日、どこか予約してたりする?」
「ううん。してないよ?」
「じゃあ、ルームサービスで良いよね。ゆっくりしよう。」
「うん…。」
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――――――――――――――――――――
夕食はもちろん、朝食も豪華だった。
非現実的でとても楽しいけど、1週間も居れば日本食が恋しくなりそうだ。
クリスは時間通りに、部屋まで迎えに来てくれた。
悠紫を宮廷に送ったら連絡をくれるという。
豪華な部屋で1人、クリスからの連絡を待った。
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「もしもし。只今、神矢様を送り届けました。」
「ありがとうございます。あのう。クリスさんに連れて行って欲しい所があるんです。ホテルまで来て頂けませんか?」
「良いですよ。直ぐに向かいます。10分程お待ち下さい。」
「じゃあ、ホテルの入り口で待ってます。」
・
・
クリスの車は9分程で、ホテルに着いた。
「ここへ連れて行って欲しいんです。」
車に乗り込み、住所を書いた紙を渡すと
クリスは怪訝そうな顔をした。
「これぇ。あの辺かなぁ…。何があるんです?何もない所ですよ?確か…。」
「ちょっと確認したい事があるんです。とりあえず…行ってみて貰っても良いですか?」
「かしこまりました。参りましょう。」
・
・
そこは石畳みの、いかにもロンドンの郊外といった街並みだった。
絵葉書で見た事のある様な素敵な景色で、観光で来たかったなと思った。
現に、観光客が街並みを写真に撮りながら歩いている。
コイン式の駐車スペースに車を停めて、住所の場所を探す事にした。
「近くまで来ていると思うんですけどね。」
「そうなんですね。 …え?」
微かにピアノの音が聞こえる。
私が聞き間違えるはずはない。
神矢悠のピアノだ。
音の方に走り出すと、クリスも走って着いて来た。
「う、うそでしょ?」
「なんですか!?これ?」
ガラス張りのお店が並ぶ一角に、悠のアルバムの音源が鳴り響き、大小様々の大きさのポスターや写真が貼られている。
全て悠の写真だった。
「すみません。これとかあれとか、なんて書いてるんですか?」
「これは『生徒募集!いま話題の神矢悠が所属していた事務所です!楽器レッスンいたします。第二の神矢悠になりたい方は当教室へ!』それからあれは『神矢悠を育てたプロデューサーが直接コーチ!』って書いてますね。」
事務所に入ったタレコミ
【私はロンドンに住む日本人です。私の住む街に、神矢悠さんの名前を全面に出しているお店(事務所)がありますが公式ですか?公式なら入りたいなと思いますが、違うなら絶対に入りたくありません。非公式でしたら絶対にアウトだと思います。出来れば教えて頂けないでしょうか。】
私はこの方に公式ではない事と、教えてくれた事に対して礼を伝える返事を送った。
教えてくれた事が事実だった…。
(ジェームズだったのか。あの野郎…。)
私の中にメラメラと青い炎が燃え上がる。
ニューヨークでちょっと事務所に所属させていただけのジェームズが、神矢悠の名前を使って商売をしている。
下心があるとは言っていたが、許せない。
「クリスさん。私、ちょっと行ってくるので、待っていてくれますか。」
「分かりました。ここに居ますから、何かあったら直ぐに出て来て下さい。」
「ありがとうございます。」
・
・
――カランカランカラン
ドアを開けると、木で出来たベルの乾いた音がした。
店内には右奥に小さなカウンターと、ピアノやギターやベースが1つずつ。
書籍や楽器用の小物に混じり、神矢悠のプロマイドやアクリルスタンドが並ぶ棚がある。
(よくもまぁ、こんな出来の悪いグッズを売ってんなぁ!!)
その棚の上には小さなモニターが乗っていて、そこには王室に送るために編集した悠のコンサート映像が流れていた。
『sample』の文字もそのままで。
その節操の無さが、恥ずかしかった。
「I'm sorry. We're not open yet.
(ごめんなさい。まだ開店してません。)」
背の高い男性がカウンターの奥から出て来て、私に声を掛けた。
私は今、どんな怖い顔をしているのだろう。
ジェームズは私と目が合うと、腰を抜かしそうなほど驚いた顔を見せた。
「何やってるんですか?」
「あ、あぐ、ぐぐっ。」
「バレないとでも思ったんですか?」
「いや、その、あの…。」
「肖像権の侵害って知ってます?」
「あっと…、それは…。」
「神矢の名前を使って生徒募集したり、無断でコンサート映像を流したり、グッズも沢山!」
「あ、あれ、イテテ…。アイタタタ!急に腹が!」
顔を歪ませ、お腹を痛がる素振りを見せた。
「ちょっと!!出るとこ出ようか!!?」
私が大声を出すと、ジェームズは演技をやめた。
「すみません…。」
次は下を向き、反省する素振りを見せた。
「式に招待された演奏家の中でも、神矢は特に国王に気に入られてるの知ってますか?」
「はい…。」
「国王に、この事がバレたら」
「え??」
「あなた、この国に居られるかしら?」
ジェームズの顔が恐怖で歪んだ。
「いや、どの国にも居場所は無いかもしれませんねぇ。」
「そんな!そんな!待って下さい!!」
「神矢は近い内に世界的に有名になります。だから…、あなたが神矢の汚点になるのは絶対に許しません。」
「…………。」
「今直ぐ、やめて頂けますか?やめてくれたら、あなたの事、事務所の公認にします。もし、この様な事を続けるなら、あなたの事を一切の関わりの無い赤の他人だと公表します。これは、最初で最後の忠告です。どうしますか?」
「あの…すみませんでした。」
「今直ぐ片付けて下さいね。神矢には言わないであげますから。」
「はい…。片付けます。」
「では、次は…、良い形で会いましょう。」
・
・
――カランカランカラン
「お待たせしました。」
「早かったですね。大丈夫でしたか?」
「えぇ(笑)ありがとうございます。じぁあ、ホテルまで送って頂けますか?」
「はい。参りましょう。」
「あ!そうだ、今日のこの事は神矢に言わないで下さいね。事務所の話しですから。」
「本人に知らせなくて良いんですか?」
「自分を恥じて欲しくないので。終わった事です(笑)」
「恥じて欲しく無い?う〜ん。よく分かりませんが、プロデューサーさんがそう仰るのですから、従うまでですよ(笑)」
「ありがとうございます。じゃ、戻りましょう。」
クリスは約束通り、何事も無かったかの様に私に合わせてくれた。
悠紫も怪しむ素振りも見せず、宮廷での話を嬉しそうに聞かせてくれた。
このまま何もなく、無事に本番を迎えられます様に…。
私は心の中で、密かに強く
願っていた。
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